ブレイクスルー2 -8-

 土曜の夜に、手軽く荷物を纏めておれたちは寝た。
 準備しながら、予定がはっきりしてないので、今一つ張り合いがないが原田は今日の休みに何か考えているんだろう。そう言うと、
「おれはマジでバクスイしとった」
と目を閉じ頭を掻きながら言う。
「まさか夕方まで寝とったとは、言わさへんで、」
「3時位に起きて、××行って、ゲームして、服見て、メシ食っとったら、もう遅なったし、お前に怒られんウチに、帰って洗濯しとったよ」
「そー。ありがと。…で、どないすん、」
 おれが少しいらついて言うと、
「なんやお前人のせいにしたらあかんで。お前も行くんやで。あっこ行きたいとか、何したいとかお前も提案せえよ」
とマジで言う。
「おれは今帰って来たとこやんか。お前は1日ヒマやってんから、何か考えてる位 思うやんか。それをそんな、チャリこいで××行って遊んでる場合か。……大体、お前が言うからわざわざ休み貰ったったのに、」
 彼はへしゃげた声で、
「そーでっか。そらすんまへんどしたな」
「……おれら、別れるで。この調子やと」
「おれを強引とか言いながら、それにお任せやったらあかんで。自主性が育たへん」
「自分のいい加減を人のせいにせんよーに」
 ひとしきり言い合うと、おれは本棚から前から持ってる「るるぶ」を出し、
「いっそ温泉にしよ。鄙びた旅館で、旨いもん食うねん」
「また始まったな。いやじゃ。悪ないけど、裏日本は雪のある時でないと、イヤ。お前ん家行きゃええんちゃん、」
と思いついたように人差し指をおれに振る。
「おれはもう飽いたわい。いやじゃ。…せっかくやから、知らんとこ行きたい」
「うーん。飛騨…スキー。あかんやろな。金沢とか、…うーん、迷う…」
「もー行かんとく?家でブラブラしてる?」
 するとしゃっきり背を伸ばし、目をぱっちり見開いて、
「そんなことは、せえへんよ」

 日曜は10時位に起きて、荷物を抱えて原田の家へ車を取りに行った。
 寒いといけないので、原田は珍しくウールのチェックパンツ、白いシャツ、ベージュのカーディガン、黒いウールのハーフコートといういでたち。靴はローファー。
 おれはまじまじと見てしまった。
「何」
 彼はヘンな顔でそんなおれを見る。
 パンツもカーディガンもおれのものだが、何にしても珍しいスタイル。似合ってるけど、彼らしくない。まるでいいとこの、ボンボンみたい。
「いつものガラ悪いお前が、黙ってるとどっか行ってる」
「おれはガラ悪うないで。失礼しちゃう」
「おれのスーツ姿は見せたけど、お前のスーツ姿は見たことないな」
と言えば少し俯き、
「あんま見せたない…でも、カッコええで」
「よう自分で言う」
 彼はそれから顔を上げ、きらきら目を輝かせ、
「そー言えば、学ラン着んのやったな」
 すぐこうなる。
 おれはリーバイスの501、白いTシャツに、黒いモールのカーディガン、原田の濃紺のダッフルコート。
「お前はたいがいカワイイ格好が好きみたいやな」
 そんなおれを見て彼が言う。そうです。おれは何となくカワイイ格好が好きみたいです。ぎゅっと両手で抱えてる割に大きな紙袋を気になる風にちらちら見てる。
 原田の家は、駅から10分位の、公団だ。家族構成は、両親と、彼と、お兄さん1人と、弟1人。
 お兄さんはもう結婚して家を出てるらしい。会ったことは、ない。
 3LDKで、家賃は6、7万位だっけか?やっぱり公団は安い。うちもたいがい安いけど。
 入ると、小さな、少しふくよかな彼のお母さんが、いつものようににこにこと、
「あらいらっしゃい。いつもお世話になってますね。何かあったら叩き出して下さいね」
と声をかけてくれる。
 台所、じゃなくてダイニングでコーヒーをごちそうになってると、彼の弟が起きてやってきた。
 彼の弟は道隆、と言う。確かに似ている。原田より、ワイルドさがない。背も低いし、華奢。今年21で、某賢い大学に通 ってるそうな。原田の最終学歴は、高卒だ。頭が悪くないのだから、大学に行けば良かったのにと言うと、
「うちは金ないし、勉強すんのイヤやったし、」
と言う。
 原田が高校を卒業してからの7年間、ずっと写植ばかりをやっていたワケではない。営業を普通 にやったり、フリーターしたり、…の結果が、手に着く特殊技術(?)の写植なのだ。おれは卒業して直ぐの会社で電算に回されて以来、他のことをやったことがない。今回の転職でも結局こーなったし…
 弟クンは原田を見ると、
「メシでも食いに来たのか。兄キ、車貸してくれへんか」
とのたまう。
 原田は首を振り、
「あかん。もう駐車場も確保したし、使わせへん。使いたかったら、赤んとこまで取りに来い」
と言う。おれはびっくりし、身を乗り出し、
「駐車場取れたん、」
「うん。ウチの下。アスファルトも敷いてへんのに、月一万やで」
「仕事に行くのも電車やのに、ここに置いとけば?金のムダちゃん、」
「夜フラッと遊びに行けるやんか。何処へでも。おれの車やで」
 お母さんが席に座った弟クンにご飯とみそ汁を出しながら、
「勇二、あんた赤城君とこに腰落ち着ける気なん?そのうち邪魔なるで。ほんまにあんたは、よう何処にでも転がり込んで帰ってけーへん子やね」
 原田はお母さんにニヤニヤとした笑顔を向け、
「おれ、来年なったら住民票も移すか知れへんわ」
「そこまでするんか。大層な仲良しやな」
 おれもびっくりした。住民票まで移すってことは、おれと家族にでもなるつもりか。
「兄キ、もう赤城さんと結婚したったら?」
 ぱくぱく食べながら無表情で弟クンが言う。すると原田は、またニヤリとし、
「うん」
 おれはコーヒーを吹きそうになり、弟クンは米粒を飛ばし、お母さんは立ったまま目を丸くし、
「まー」
と言う。
「原田…おれ、そのテの冗談キライ……」
 おれがひくついて言うと、
「おれは本気よ」
とにこにこ言う。家族の前で、ようこんなこと言うな。
 原田はお母さんからバースデー・プレゼントと称して一万せしめると、おれを伴い家を出た。
 弟クンがいやじゃと言うのに、テレビの側にあったハンディカムを持ってくる、原田。
「やっぱり東京行きたい」
 車の中でマップルを広げていると、原田が言う。
「明日は平日やから、いくらかマシやろ」
「……泊まるとこ、ないんちゃん、」
「車でえーやんけ。山の中とかで。ラブホテルでもえーし、また思い出のサウナでも、」
「お前誕生日の朝を、そんなとこで迎えたいん、」
 彼はマップルを持っているおれの手を掴み、
「大事なんは、夜」
 結局おれたちは高速に乗り、関東へ行った。
 交互に運転し、すっかり日も暮れた頃、横浜で降りた。
「前来たときは無かった」
と原田が言うベイブリッジへ行き、見た後、お待ちかねの中華街へ。いっぺん来たきりなので、ワクワクしていたが、夜は食べ物屋しか開いていない。円卓に5品くらい並べて、デザートもタピオカにカステラも載っけ、紹興酒で乾杯する。
 食べるおれを、ハンディカムで撮る原田。落ち着いて食べれやしないし、恥ずかしい。
「ちょっと、味わって食べられへんやないか」
「大根め。ちょっとおれを撮ってみろ」
 ハンディカムを手渡され、原田を撮ると、ヤツは番組のリポーターよろしく、ニッコリ笑って味の説明をする。隣の席の人が目を丸くした後、俯いてプーッと笑った。
 適当なビジネスホテルが取れてたので、チェックインしてその辺をブラつきに行った。
「ここの中華街は、南京街(神戸の中華街)より、めちゃ広いな」
と原田が見回し言う。
 海岸べたまで行き、なんか知らんタワーのあるとこでカップルの間を縫いながら歩いていると、
「煽られる」
と言う。
 木陰で抱き合いキスすると、ビールとおつまみを買い込みホテルへ戻る。
 部屋は、割に綺麗な部屋だった。風呂も付いてるし。部屋に入ってコートを脱ごうとすると、
「ちょっと待って、」
と言う。
「なんで」
「決まったあるやん。撮るから」
 原田はハンディカムを取り出す。おれはコートの前をかき寄せ、
「じょーだん言うな、そんな事するか、んなもん見たない、」
「おれは見たいもん。若いときは、戻らへんのやで。綺麗なウチに、ヌード撮りたいでしょ。現像に出せへんから、ビデオの方が、恥ずかしないでしょ」
 こいつの神経疑う。赤くなりもせず、よく言える。おれはきっと、今真っ赤だぞ。
「動くだけビデオの方が恥ずかしいって。やめてや、」
「じゃ、写真にする?」
「いやや言うてんねん、ヘンタイ。売るつもりちゃうか、お前、」
 彼はぽんと手を叩き、
「そーいう手もあったか。ええこと言うわ」
「マジで受けるなよ、おれは絶対、脱がへんで」
「どーせ脱がされちゃうくせに…。セックスまでは、撮らへんから。撮ってみたいけど」
 恐るべし、原田勇二。
 おれは寄っていって、彼の掴んでいるハンディカムを両手で掴み、
「お願いやからやめて。…愛想つかすぞ、」
「誕生日のプレゼントに、やってよ」
「お前の神経マジで疑うで。君ヘンタイやで」
「別れられるもんなら、別れてみい」
 ふんといった顔で言う彼。ひどい男。
「今すぐ見たりはせえへんよ。10年後くらいにきっと見るから。あ、テープ換えよか」
 少ない荷物の中に入ってる新しいテープのビニールをペリペリと破る彼。おれはそれを掴み、最後の抵抗をする。彼は左手でおれの腰を抱き、口づける。
「お前熱くなっとるな。ほんとはもう大分感じてんちゃん、」
 耳元でささやかれる。実は、そう。おれがこいつから離れられへんのは、やっぱりHのせいだろうか。
「……原田、お前も、脱げよ」
「えっ、いやだ、恥ずかしわー」
 ぶりぶりとして言う。殴ったろか、ほんまに。彼はテープを入れ替え、おれを見て笑うと、
「Tシャツはあんまようない。ちょっと衣装替えしてよ」
 おれは着替えの白い綿シャツを出すと、彼に背を向け急いで着替えた。コートまで着ると、
「男のストリップなんか、楽しいか?マジで」
「お前は、どうなん。おれの裸は、見たないか?」
「……見たいよ」
 彼が、「ハイ」と言う。おれは荒い息を押さえながら、ベッドを背に、正面向く。
「色っぽく、ゆっくりとやってね。モノは見せんでえーから。こないだみたいにね。終わったら、ベッドに寝そべってね。君はほんとに、きれいよ」
 達っちゃんは、おれたちがこんな遊びまでしてるなんて想像つくかな。張さんは。
 そこに思いを至らし、少し冷えた頭でゆっくりとコートを滑らし、床に落とす。
 カーディガンのボタンをいっこに2秒ずつ位かけて外したあと、両手で前を掴み、めくって後ろから袖を引く。それも、ポトリとコートの上に落とす。シャツのボタンを上から片手で外すと、ジーンズから裾を抜き、少しはだけさせ、ジーンズのボタンをためらいつつ外す。
 きわどいところまでボタンを外すと、片手ずつシャツを肩から押し下げ、肘まで下げてやや後ろを向き、ベッドに膝をかけ、靴と靴下を脱いだ。
 そして、ジーンズを脱ぎ始めた。しっかりと感じてる。片足ずつ曲げて脱ぎ去ると、最後にシャツの片手を落とし、片腕だけにひっかけ、後ろ姿を晒した後、残った片手を前に曲げ、シャツで前を隠して正面を向いた。
 そして数秒佇んだ後、残った腕…それは左手なのだけど、をゆっくりと下に向けると、シャツはするすると落ちていく。
 おれは、全裸になった。
 そしてベッドに腰掛け、両足を上げると、彼の側の足の膝を立て、仰向けに横たわる。一つ目を閉じ息付くと、反対側に転がり、腹這いになって肘で支えて少し頭を起こし、彼に顔を向け、目を走らせ、
「……どう?」
 彼はストップを押し、軽く目を閉じ口角を上げ、
「良かったよ」
 そのまま寄って来ると、キスを一つして、おれを仰向けにし、くわえ込んだ。おれは目をつむる。
 感電したみたいな、凄いショック。あっという間に、頂点に昇る。
「才能あるよ、君」
 彼が言う。おれは虚ろな目を開け、息を収め、
「二度とないよ」
 腹這いになるとおれは手を伸ばした。
「さ……原田君。やってみよか」
 彼は渋く笑い、ベッドに腰掛け、
「しゃーないな」
「おちゃらけないでやってね。君はくねくねせんで、男らしゅうやってくれたらいいから」
 床のシャツに手を伸ばし、引っかけてジーンズをはくと、おれはハンディカムを受け取り、立ち上がった。コートとカーディガン、靴と靴下を避けると、充分離れた位置に立つ。
 ファインダーの中の彼が、
「銀の丸盆が欲しいな」
「何で」
「裸踊りにはつきもんやろ」
「おちゃらけるな言うてんねん」
 軽く彼は目を閉じ、こっちを正面切って向いたまま、
「おれはさっさと済ますで」
 おれはいったんハンディカムを顔から離し、
「ベッドに仰向けくらいまでは、してもらおか、」
 おれは構えてスイッチを入れた。
「OK」
 目を開けこっちを見る。ファインダーの中の、切り離された空間の中の彼。主役にふさわしい、吸い込まれるような瞳。色っぽい、唇。
 コートが、床に滑り落ちる。彼はこちらをきっと見据えて、左手でカーディガンのボタンを外していく。速度は、割に普通 。手元が、しっかりとしている。ラムのカーディガンを、ぐいと引っ張りばっとめくって後ろ手に袖をゴムのように伸ばしながら引っ張り脱ぐ。肩が、胸が躍動する。俯き気味に脱ぎ去ると、また上目にこっちに目を走らせ、少し斜めに身体を向けてシャツのボタンを片手で上から外していく。鎖骨が、肩口が、胸元が現れていく。
 白いシャツの合間から、比して濃く沈んで見える、張りつめた、艶やかな身体が姿を現す。
 ぞくぞくする。引っ込んだお腹がのぞける頃、シャツを引っぱり出す。身体は少し前屈み気味だから、胸から腹の曲線が見える。上目に見る目は、片側が前髪に隠れている。微かに開いた唇から、漏れる吐息が聞こえるよう。
 カフスのボタンを外すと、両手でカチャカチャとベルトを外す。大きく、骨っぽい手も、その動きすらセクシーだと思う。チェックパンツのボタンだけ外すと、彼はシャツを掴み、ばっと開いて脱ぎ去った。横顔が、少し息付く。
 彼はそれからベッドに腰掛け、片足ずつ太股にのっけながら靴と靴下を脱いだ。そのままパンツを脱ぐと、彼も勃ててんのが分かる。
 立ち上がり広い背中を見せると、肩胛骨を盛り上げながらトランクスに手をかけ、前屈みに脱ぐ。もう一度立つと、彼は裸の後ろ姿を見せた。締まったヒップが、ピクリと動く。
 そのままベッドに手をつき、上がりそうなのを、
「ダメ!」
と言えば、こっちに面を巡らし、少し笑みを漏らし立ち上がって正面を向いた。
 均整の取れた、程良い力強さの、骨を感じさせる長身の彼がファインダーを越えておれを見つめ、捉える。
 渋い微笑を浮かべると、ベッドに手を付き、おれのように仰向けになり、片足を曲げ、おれを見ると、片手を伸ばし、
「おいで」
 おれは吸い付けられるように、ストップを押し、テーブルにハンディカムを置くと、彼の元に歩み寄り彼の上に馬乗りになり身体を挟むように両手を付いた。
 そのまま暫く見つめ合うと、おれは顔を寄せ唇を塞いだ。彼が腕を回し、抱き寄せた後シャツを押し開きながら脱がせる。彼がボタンのかかってないジーンズを両手で引き下ろすとおれは腰を浮かし、ジーンズを脱いだ。また、乗ると、見つめ合い、
「急に入れたら、痛いかな」
「……試して、みたら?」
 おれはそう言うと自分で押し開き、馴らしてみる。上から彼を見ながら手で導き迎え入れた。
 彼から深い溜息が漏れる。全てを飲み込むと、おれも吐息を漏らす。
 彼がおれの腰を掴み、動かせる。おれも彼の腰に手をつかね、のけぞり、腰を揺らす。
 また一つ、新しいことをやってしまった。
「どう、おれは」
 一回済ませた後、身を繋げたまま彼が訊く。
「まあまあやね」
「欲情しとったくせに」
 それから風呂を使い、ビールで喉を潤した後、改めてベッドに上がった。
「フワフワのベッドなんて、久しぶりやな。一回ラブホテル行ったきりやもんな」
 ラブホテル……。思いの外普通だった。
「なあぁ、お前の弟もおれとあんまし変われへん体格、面構えやん。何でおれは、こんなにまでしたいん、」
「だって何かちゃうもん。色気感じひんし。可愛げないし。……お前こそ、どうなん。おれと似てるやろ、あいつ。お前よりちょっとは背、高いはずやで。……高のうても、良かったよな。達のこともあるし、」
「年下なんて、いややで。でもお前より、セックスが上手かったら、考えてもいい」
「相も変わらず、おれはセックスだけの男か。今に目にもの、見せてやる」
 一体何見させてくれるんでしょ。おちゃらけの他に。
「そうそう。さっき口でしたったん、撮ったったからな」
「何~~~!」
 彼は笑う。あんなに前後もなく、激しく喘いだやつを、撮っただと?
「ウソでしょ、」
「マジ」
 全く、Hに関しては、抜け目ない男。

ふー。前夜祭スタート!ってなもんですか。このくらいのサラサラエロがやっぱ落ち着きますね。それでもやっぱ恥ずかしいけど。P.S.「おいで」ってなんやねん…クサッ!

Copyright 2005 Lovehappy All Rights Reserved.