ブレイクスルー2 -5-

 夜っぴて愛され、おれは眠くて車に乗っている間寝てしまっていた。
「着いたで」
 会社の前で起こされる。
「早よ行かな遅刻するで。少し混んどったからな……」
 舌打ちしながら原田が言う。おれはドアを開けながら、振り向き、
「今日、お昼……、」
「分かった、いつものとこで、」
 手を振って言う原田。おれはそれから焦って出社する。
「赤城さん、初遅刻ー」
 劉さんがほうき手に言う。おれは焦り、
「えっ?もうダメ?」
「になりますよ。早よせな。あと1分」
 おれはタイムレコーダーに慌ててカードを押し込む。ほーっと息つく。
「優秀優秀。大分心入れ替えたみたいやね」
 鈴木さんが後ろに立っていて、言う。今日もジーンズの、ユニセックスな彼女。
「皆さん、おれを監視してますね……」
「そら、貴重な珍種、オトコやもの」
 鈴木さんが、目を輝かせ、今にも笑いそうに言う。そして手にしている湯沸かしポットを前に差しだし、「はい」と言う。
「は?」
「赤城君にも掃除当番お茶くみ当番、頼むわ。昨日決めたさかい、」
「貴重なオトコでしょ、」
「その貴重な労働力は、いかんなく使わな。はい」
 ニッコリ、というよりニヤニヤという形容がピッタリの笑顔。誰かを思い出す。
 この人は、要注意だ。
「しゃーないですね。でもおれは、きゃしゃなんで、」
「言ってなさい」

「なあぁ、赤城君らいつもお昼どこ行ってんの?」
 仕事中、宮川さんが伝票を書きながら訊ねてきた。
 あんま教えたくない…と思いつつ、3、4軒あるいつもの店を教える。
「今日も行くん?」
「まぁ、」
「あたしと鈴木さんと、一緒に行ったらあかん?」
 え……今日は、早くあの話が聞きたいのに。でも「いやじゃ」と言ってもいいかな。
「あ…今日は大事な話あるんで、」
「なんや別れ話かいな」
 いつの間にやら鈴木さんが…怖い女。
「そんなんちゃいますけど、相談で、」
「一緒に住んでんやろ、なんかいやらしいな。そんな話家に帰ってしたらいいやんか」
 はっきり言うなあ。ポンポンと。でも悪気がないのは、見てて分かる。
「鈴木、あんたエライきついな。そんな言わんでも、…赤城君、気にしないでね。邪魔なら邪魔と、言ってね」
 宮川さんが優しい笑顔で言う。ファッションも何もかも違うこの2人、大層仲良いらしいのが、不思議だ。でも本当は、宮川さんもはっきりした人なのは、もう分かってる。
「イエ…本当その通りですから。一緒に行きましょか。人数多い方が楽しいし、」
 おれは少し笑みを向け言う。2人は「きゃあ」と手を合わす。
 李さんがこっちを見て劉さんにひじ鉄かましてる。あの子らは、弁当組のはずだけど……。
 李さんが立って来た。茶色いボブに、黒いタートルが良く似合う。なんて思ってる場合じゃない。
「何か?」
「今日は私ら弁当なんですけど、明日一緒に食べません?」
「じゃ、原田によく言っときます」
「よろしく」
 可愛く笑って去って行く。やれやれ……。
 昨日も今朝も聞き損ね、夜まで待たなきゃならない。
 おれがいつもの待ち合わせ場所に行くと、下を向いて壁にもたれていた原田は大きく目を見開いた。くわえていたタバコが、ポロリと落ちそう。
「何やお前女従えて」
「うちの会社の人。一緒に食べたいって」
 そして2人を紹介すると、原田は愛想よく笑う。
「じゃ今日は何にしよ、」
 原田が訊ねる。
「おれは中華がいいんだけど、お姉様方は?」
「おネーさんじゃなく、お嬢さんと呼ぶのが大人やで」
 鈴木さんが言ってくれる。原田は笑い、
「そーなんですわ。こいつまだまだケツが青いさかい、よう教育したって下さいね」
 まずい展開…。唯一の救いは、宮川さんだ。
「まーしゃーないって。私らの方が年増やし。他に何があったっけ」
 おれはほっとする。
「中華でええやん。宮川も別に食いたいもんないのやろ?あたしも何でもいいし、」
 それから毎度の中華へ行く。日替わり定食4つ。
 原田のやつ、いきなりタバコを出す。2人の時は吸わないくせに。
「あら、原田君もラッキーストライク」
「そうですよ。おれは5年来ずっとそうです」
「ウソばっかり、もう10年位吸ってるんちゃう、」
と鈴木さん。原田は渋く笑い、
「大当たり。12年位?」
「あたしも15年くらいは吸ってるわ」
「20年ちゃうかったん」
と宮川さん。
「あんた私いくつやと思てんの」
と彼女もサムタイムを出す。
「いややなあ、ここに壁付けて欲しいわ。なぁ赤城君」
「ほーんと。…吸っちゃおかな」
「あ、裏切り者、」
「お前は、吸うな。よく見て耐えろ」
 おれに見せつけるようにして吸う原田。
「いい友達やねえ。赤城君」
「こんな奴友達ちゃうわ、」
「愛人やもんな」
 また、こいつは……。
「わーやーらしー。……なぁ、宮川」
「でも、今流行ってるやん。映画でもテレビでも、見てみたいなあ」
「マジで見たないわ、映画は思わず見てもーたけど、」
「スゴイよなー」
 やだな、こんな話。
「実演しましょうか」
 原田のやつニコニコと……。おれは茶をずず…とすする。
「おれはいらん。気色悪い」
「ノリが悪いぞ、赤」
「お前とは、話したくない。…いかん、マジで吸いたくなった、」
「これ吸ってみる?こっちの方が、軽いんちゃう?」
 鈴木さんが、箱を差し出す。すると原田が、残り少ないタバコを抜き、
「ごちそうさま、いただきます」
と吸う。
「原田ー。ずうずうしいぞ」
「それがこのタバコに秘めた、おれの生き方やんか」
と印籠のようにラッキーストライクの箱を差し出す。
「ずうずうしい…何かよう分かるわ」
 鈴木さんがくすくすと受けてる。「吸わして」と原田から一本貰ってる。
 原田は細身のサムタイムを眉間にしわ寄せ一服し、吐くと、
「メンソールか……。おれはメンソールは好きやない。タバコの味が、濁る」
とほざく。
「言うなあ、原田君。…ラッキーストライク、結構旨いな」
 鈴木さんも原田のラッキーストライク教に洗脳されるのかな。
「吸いたくないんなら、おれが貰うわ、」
 おれは原田から吸いかけのサムタイムをもぎ取る。成る程、へんな味。
 原田は肘をつき、おれを見、
「吸ったな」
 おれは原田の顔に煙を吹き付け、
「吸ったよ」
「あたし吸ったことないから、ちっとも分からへんわ、何がええんか、」
と宮川さん。おれはスパスパと急いで根元まで吸い、灰皿に押しつぶし、
「鈴木のおネーさんは女捨ててはるみたいやからいいけど、宮川さんは吸わんでいいと、いや吸わんがいいと思いますよ」
とニヤニヤして言う。鈴木さんはちょっと睨み、
「赤城君も、ほんとは言うなあ」
「実はきつい子やったりして、」
と宮川さんも笑う。
「うちで働いとったら、いやでもなるな」
と2人で笑う。
「おネーさん方、オトコ関係は?」
 原田が訊く。食事が来たので、食べ始める。
「この年やで。何もないと思う?」
と鈴木さん。原田が、
「何もないこた、ないでしょね」
と言えば、彼女は笑い、
「何もないねん」
「赤城君1人やったら、しんどいよな」
「皆で日替わりに回す訳にもいかんし、」
 怖い話してるなあ……。
「でも皆さん、可愛いですよ」
とニコニコして原田。上手い男だ。鈴木さんは溜息つき、
「でもあんたら彼女おってやろ、そんなん言われてもなあ、」
「……そんなこと、言うたんか?」
「ん……訊かれたから」
「ま…しゃーないな。おれは別れたくないし、美人のオネーサンらにちょっかい出さんとこ」
「上手いわ」
 書いてるときりがない。とにかく結構話は弾んだのだ。
 おれたち2人の職場は、どんどんクロスしていく。
「原田君て、えーわ」
 鈴木さんはすっかり原田が気に入ったようだ。怖い取り合わせ。
 戻って仕事しながら、
「なあ、原田君の彼女ってどんな人?」
と鈴木さん。おれはどっきりしながら、
「さあ…知らんのです。見たことない。好みもはっきり聞いたことないし、」
と前の彼女を想定しつつ答える。
「へー。一緒に住んでるのに?見たことないん、」
「家には来ませんから。おれのおる間は」
 彼女はへーを連発する。
「おれとあいつが一緒に住み始めたのは、つい最近のことですよ」
 すると彼女はまた、
「へー」

 その日はもう帰りに電話する気も失せて、おれは8時位に真っ直ぐ家に帰った。
 食事してテレビを見ていると、チャイムが鳴った。
 原田かな…と思いつつ、ドアに寄り、
「どちら様?」
「新聞の集金です」
と言われれば、思わず開ける。
 立っていたのは、同い年位の若い女だった。彼女はさっと入って来ると、後ろ手にドアを閉める。おれは、じっと彼女と見つめ合ったままだ。
「ちょっと、あなた、何?」
 結構丸顔の猫目の可愛い女の子だ。少し明るくした肩までのソバージュに、あか抜けた格好。彼女はきょろきょろし、
「ここ、あなたの家?」
「そうですよ、で、あなたは何なんです」
「原田勇二君、居るでしょ。呼んで」
 おれはくらっとした。もしかして、この気の強そうな、きつそうな女が、元彼女?
「あなた何ですか、急に人の家に上がり込んで、」
「勇二、呼んで。…女の家かと思ったら、男の家やないの。女は、どこにおんのやろ。あんた知ってる?」
「え…知りません。そういうことは一切。原田は、今日は来てませんけど?」
「来るはずやわ。絶対に……。あたし、上がって待たせてもらうわ。いい?」
「困ります、」
 彼女はさっさと上がり込むと、こたつに入った。しょうがなくお茶を出す。
「あなた、彼の……?」
「彼女よ。聞いてない?岡本朱美って言うの。……あいつ、好きな子おるって……」
 唇を噛みしめる。
「納得ずくで、別れたんちゃうかったんですか」
「あいつはどうか知らんけど、あたしはまた戻ってくるつもりやってん。なのに、帰らなあかんように決まったら、この際もう別れようって…遠距離恋愛は、長続きせえへんからって…あたしは一休みのつもりやったのに、ひどいわ……」
「でも、連絡も途絶えていたんでしょ?」
「電話はしとったで。あんまりおらへんかったけど。…そりゃ、一応の別れ話はしたし、それなりに覚悟はしとったけど、イヤになって別れた訳じゃないし、アタシは諦めきれへんかってん、」
 彼女、なんだか泣きそう。
「……で、就職は決まったの……?」
「分からへんわ。一昨日と昨日に、ばーっと面接してん、」
 成る程、それで……。
「今日は……?」
「今日は本当は、帰ってる日」
 何か分かってきたぞ。
「何処に、泊まってたんですか?」
「友達とこ」
「昨日、夜中に原田をつけましたか?」
 すると彼女は顔を赤くして睨み、
「そこまではせえへんわ、…何、あいつそこまであたしのこと警戒してる?…吉田君に教えて貰ったの」
 そしてさっと目を外す。
「どっちにしても、もう原田はあなたから心が離れてるんでしょ。…あきらめたら?」
 何かまたタバコが吸いたい。
 彼女はきつく睨み、
「そんなん分からへん、女がおれへんのやったら、あたしにもまだ可能性ある、そうやろ?」
「いてなくても、対象外、ってのがあるでしょ」
 おれは今、多分ニヒルな笑みを浮かべてる。彼女は更にかっとなったようだった。
「あたしが対象外になると思てんの……?あんた、何でそんなひどいこと言うの。あたしたちは、4、5年から付き合ってんねんで」
 おれは顔が引きつる。身体がびくっとする。おれたちは、たかだか一ヶ月だ。
 黙っていると、鍵がカチャリと回る音がした。2人してはっと振り向く。
「赤ー。今日のタバコの罰金……」
と言いながら入って来ると、靴脱ぎでピタリと止まる。大きく見開かれていた目が、だんだんと細く険しくなっていく。その一片の甘さもない原田の素の顔は、凄みがあった。
「勇二!」
 彼女が立ち上がる。原田は彼女から目を外し、
「どちら様……?」
「何言うてんの、あたしやんか!…ウソつき、」
「原田、大体の話は聞いたよ。もう分かった」
 原田はその無表情で上がってくると、
「もう話はついてるやろ。早く諦めて帰れ」
 彼女は縋り付く。
「いやや…いやや。諦めへん。新しい女の、顔を見るまでは……!」
「見ても意味ない。見せたくない。お前は怖い女やから、」
 彼女はなかなか凄い笑顔を作ると、
「あたしがそんな怖い女と知っとって、こういうことするん…?隠しても、ムダ、探り当ててみせる」
「やめろ。おれはもうお前を好いとらんのじゃ。嫌いになってひっぱたかんうちに、帰れ」
 おれはただ、呆気に取られて目の前で繰り広げられるドラマに見入ってしまっていた。自分がそこに一役買っていることなどきれいさっぱり忘れてただの観客になっていた。
 原田はそんなおれを見、
「赤、おれはこいつを駅まで引きずって行ってくるわ。迷惑かけたな」
 そして腕を掴むと外へ出ようとする。彼女は腰を落とし、体重をかけ、抵抗する。
 原田のやつ、ついに女に手を挙げかけた。するとその空いた懐に彼女が飛び込む。
「朱美、往生際悪いぞ、」
「何とでも言って、勇二好きや」
 その一言で、さすがにおれもムラムラと嫉妬の炎が燃え始めるのを感じた。
「うちで暴れないで。賃貸なんだから。外行って話してくれる?」
 おれの険しいだろう顔を原田は見、彼女の背に腕を回し、
「来い、」
 彼女はつんのめるように引っ張られ、外に引きずり出された。カンカンと、階段を下りていく音がする。こたつのハタには、彼女のハンドバッグが。
 おれはドアを閉め、風呂場に回って外を見る。
 うちの下にある駐車場で、2人、立ち尽くしてる。彼女が抱きついてる。
 原田は、何か言ってるんだろう。彼女は泣いている。
 ほんのちょっとだけ、彼女が可哀想と思えるものの、おれは彼女を凄く憎んでる。早く帰って欲しい。と思っている自分を冷たい奴と思いつつも、止まらない。
 あ、彼女はキスをせがんでる。原田……したら許さないぞ。
 と嫉妬しながら、ふとそんな自分を客観視する。
 おれの、この嫉妬はどうだろう。
 今まで自分がこんなに嫉妬できる人間と思ったことがなかった。
 実はおれは、こういうではないにしても、原田と彼女の再会をシミュレーションしたことがある。彼女がしおらしく忘れられないと泣けば、おれは彼女に同情してしまい、キスの1つくらいしてあげなよと言うんじゃないかというのがいつもの結論だったのだが、現実は全然違っていた。おれは何一つ許せない。早く帰って、会わないで欲しい。
 彼女が確かに、しおらしく可哀想でなく、何か底知れない力を持ってそうなのが、益々そうさせるのかも知れない。
 彼女が痛々しいまでの女の子なら、おれは油断してしまうのかも知れない。
 やっぱり、女は守るものだから。
 おれは、拳を握りしめた。強く。力の入れすぎで、腕が震える。
 やったな……。それは、背の低い彼女が背伸びして、首をかき寄せ奪ったんだけど、2人はキスした。その事実は、事実だ。許せない……という思いで、全身が燃える。
 また、頭が冷える。
 原田もそうだったんだろうか。おれと達っちゃんを見ながら、おれの背後にある達っちゃんの影を見ながら、本当は何一つ許せないと…。
 いや、あいつは自信家だ。そんなことはないだろう。…そんなことは、なかったな。
 会う度に、あいつは激しくなっていった。
 おれを愛していってくれたから。
 おれは…もう達っちゃんに会うのはやめよう。これは報いだ。
だから早く、離れてくれ…。原田を放してくれ。
 おれは風呂場を出て、彼女のバッグを掴むと外へ出た。
 音を立てて階段を駆け下り、2人の前に立つ。
「バッグ、忘れてんで」
 おれの口調って、冷たい。叩き付けるようだ。
「朱美、」
「帰らへん、泊まらしてもらうわ」
「困ります、」
 彼女は声を上げて泣き出した。何かが崩れて行くように。
 おれの中の何かにも、彼女の涙が降りかかり、冷めていき、崩れていきそうだった。
「朱美、頼むわ、…もう話はついてるんやんか、おれは、よりは戻さへん、一度そう言うたら、おれがきかん男なんは、知っとるやろ…」
「信じられへん、あたし、」
「信じろ。…さ、早う帰るで。電車なくなる、」
「あんなに…あんなに長いこと一緒におったのに。何であたしを忘れたん?諦めきれたん?話してよ……」
 か細い声でしゃくり上げながら彼女が訴える。
「お前より、好きなヤツに会うたんや…。本当に好きなヤツに」
「誰よ」
「それは…教えん。朱美…な、帰れ。男なんぞいくらでもおるがな」
「あんたみたいな男は、ちょっとおらん、」
「赤。すまんな。今日は車置いてきたから、急いで送ってくるわ」
 原田はおれの手からバッグを取ると、歩き出した。
 彼女は泣いた顔を押さえながら引きずられて行く。
 さっきまでの怖い女のイメージは消え去り、傷付きやすいデリケートな女がそこにいた。胸が掻きむしられる。おれは少し、彼女に同情している。いや、40~50%くらいは、もう充分している。0~20%だったのが。
 おれは引き返し、こたつの側に横になる。物凄い緊張だった。かなりの興奮状態だ。早く、原田をこの腕の中に掴みたい。
 20分位して、原田が1人で戻ってきた。溜息をつく。
「帰った……?」
「電車に乗せたから」
「もう新幹線ないんちゃん、」
「友達とこ行くやろ」
「原田……」
 おれは身を起こし抱きついた。原田の身体に縋り付く。
「……キス、したね。……」
「やっぱり、見とったか」
「おれが、好き?愛してる……?」
「いつも、言うてるやろ…お前だけを」
 おれは我慢出来ず唇を塞いだ。聞きたいことはいくらもあるのに、そんなことより早く原田が欲しかった。おれのものだということを確かめたかった。
「抱いて…早く。早く抱いて……」
「赤……。今すぐ、愛してやる」
 もどかしく互いの胸元をはだけ、そこに転がり込み、抱き合う。全身の神経はとっくに逆立ってるので、感じるのにいくらもかからない。直ぐイッてしまいそう。
 おれはこんなに、原田を本当に愛している。
 声が出る…と思った頃だった。チャイムが鳴る。さっと冷水を浴びせられたような心地で、2人目を見開きあう。
 2人半裸で凍り付いていると、またチャイムが鳴る。
「来た……?んちゃう?」
 彼は眉を寄せ口をきゅっと真一文字に締めると、
「ほっとけ。甘いところを見せたら、あかん」
「あんたは、はっきりしてるな…好きな女、やってんやろ?」
「だから余計や。徹底的にやらな、縁は切られへん…。お前もよう、覚えとけ」
「………。それは、何のために?達っちゃんのこと?それとも……」
「考えるな」
 チャイムは執拗になる。回りに迷惑だ。
「しようがない、出ようか」
 少し身を起こし言う。彼はおれを抱き締め、
「入れたらあかんで。その前に、罰金1」
 おれは彼の顎を掴み口付ける。
 ビックリして収縮したものをジーンズに押し込み、互いに服を着ると、おれは玄関に寄っていった。
「誰……?」
「入れて」
「帰って下さい」
「入れてくれへんのやったら、うちここで待つで。いくらでも」
 おれは後ろを振り向く。彼も苦々しい顔してる。
「お前と同じ戦法だな。お前より手強そう」
 彼は立って来、外に向かって、
「お前何考えてんねん。男2人の家に、よう泊まる気になるな」
「してもええで。思うツボやから」
「指一本触れへんわ」
「………。入れてよ。もう電車もなくなるし、」
 おれは原田を見た。彼はじっとドアを見てる。
「原田……どうしよう。入れる……?」
「そこで頭冷やせ」
 そう言うと原田はおれを掴み六畳間へ行った。何か落ち着かない。
「Hどころじゃないよ、気になってたたん、」
 布団に倒れ込み、覆い被さられながら、おれは言った。
「クソ……。朱美もたいがいのやつやからな…」
「凄い根性の持ち主。…あんなんが、お前の好みやったんか?おれとはえらい違いやん。…きちんと、別 れへんかったん?」
「あの気の強いとこが、なかなか可愛かったし。…おれはな、頭のそれなりにええヤツしか、好きになられへんねん。お前もな…お前みたいな男を選ぶおれが、可愛いだけの女を好きになると思うか…?手応えのないヤツを。あいつは絶対、手強いわ」
 おれはもう一度訊いた。
「きちんと、別れへんかったん…?」
 彼は身を離し、布団の横の壁にもたれ、
「別れたよ…少なくとも、おれはそのつもりや。一昨日も、昨日も話したし。…ここを知られたく、なかったのに」
「それで家に帰ったんだ…」
「あいつには頭下がるわ。どないして知ってんやろ。いっぺん電話してきたんは、家が教えよったみたいやけど」
「それ、こないだの間違い…?」
「あの日の昼に、会社に一度電話してきよってん。行くから、言うて。もう一度話し合いたい言うて。…もっとあっさり、行くと思っとったのに」
 天井を見て彼が息をつく。
「吉田に聞いたって、言うとったぜ。…」
「あいつ…。吉田は口止め忘れとったな…朱美とおれの共通の友達には、お前のこと知ってるやつなんか、おらんから。吉田なんて、1回会うたくらいやのに、」
「何で、言うてくれへんかってん。そない、こそこそと…。そら、おれに出来ることは何ひとつないけど、あんな不安な思いする位やったら…。隠し事は、なしにしてよ。別れた時は、まだあの子が好きやったん?それとも、もう……」
「お前に気持ちが傾いとった。傾いとるくらいやけどな。いい機会やったし。ここに来たときは、別れた方がいいか悩んでる頃やってん。長距離なんか、自信ないからな。…結婚、ていうのも、なんかピンとけえへんかったし。…おれはな、いつも一緒に居たい男やねん。だからきっと、お前も田舎帰る言うたらバイバイな」
 おれはかっとなり彼をひっぱたいた。
「…そんな、ものなん?お前にとって…。お前の愛って、そんな程度の。あんな思いして、選んだのに。おれはあの子の気持ち、よう分かるわ……」
「おれはお前を帰すつもりはないで。帰さへん。お前ん家とケンカしてもええと思てる。黙っとったんは、悪かった。簡単に済むと思とったし、いらん心配かけたなかったし、…嫌われたく、なかったし。……それに、お前、」
 彼はおれに意味ありげな笑みを向け、
「お前かておれに、隠してることの1つや2つ、あるやろ……」
 おれはぐっと身につまされる。
「……あったよ。達っちゃんに、キスされた」
「何で隠しとった。おれが妬いて腹立てると思たからやろ。…同じことや。おれにとっては、朱美は大した問題やない、しつこい以外は。でも相手にとっては、そんな訳にいかんのや」
「おれは、もう達っちゃんには会わへん、お前抜きでは」
 彼はまた、引きつったような笑みを浮かべ、
「やっと、分かってくれたか」
「お前は、あの子と寝てない?」
「下らんこといいなや。別れたいヤツと寝てどないすん。一昨日は、ちょっとデートしてメシ、昨日はただその辺でメシ食うて、ひたすら話して、終わりや。もう泥仕合になってきたから、あいつには残飯も食わさへん」
「凄いこと、言うね……。好きだった女なのに。お前が分からない……」
「分からんか。おれもよう分からん。ただ、早く帰したい。そのためなら何でもしたい。…お前に嫌われんうちに、早くケリをつけたい。朱美を嫌いではないけど、すっぱりと諦めて欲しい。憎まれても。お前が好きやから、」
 おれをちらりと見、優しく笑う。
「原田…おれもお前を放したくない。何でもする。…で、あの子に、適当な女の子を見せたら……?」
「金でも払って」
「そんな大層なことせんでも、」
「1日2日はあいつにマークされるで。きっと嫌がらせするわ。バカじゃないから本物か偽物かすぐ見破るやろし、ちょっと調べなあいつよう諦めんやろ。値踏みは得意やし、その分物分かりもええ筈やねんけど、あいつもおれに似たとこあるから、やるとこまでやるで」
「……まだ、居るかな」
「そらいてるやろ」
「入れてあげても、いい?」
「優しいな。相変わらず。恩をアダで返されると、思わんのか?」
「前例があるしな。…お前という」
「後悔してるか?」
「してへん」
 彼は立ち上がり、自分のバッグの中から手帳を出すと、何処へやら電話をかけた。
「おれ、原田。…済まんけど、今言うとこまで車で来てくれへん?ほんで朱美を、戸川さんとこまで送ったってくれへん?…ん、家やない、友達んとこ。お前の知らんやつ。…悪いな。住所は、…」
 彼はおれの住所を言い、目印などを交えて道を教えると切った。
「これで、大丈夫やろ」
 そして玄関へ行き、
「朱美、まだいてるか…?今から小山君来るから、乗って帰れよ」
 外からは、何のリアクションもない。
「ほんまにこれで、さようならやで」
 風呂場に回って、居るかどうか確かめようと思ったけど、何となくためらわれてしなかった。そう言えば、今日はこのままじゃ風呂に入れない。
「風呂に入りたかったのに、」
 原田が舌打ちする。おれはおかしくなった。
「何や。何がおかしい」
 彼がおれをいぶかしむ。
「同じこと考えてたからさ…風呂に入れない、って」
「おれたちって、怖いくらいやな」
 彼はファンヒーターの前に陣取り、付け、
「早く心身共に暖まりたい」
「お前…さ、寝不足ちゃう?風邪、ひくで」
「風邪ひきさんは、朱美さんやってん。よう貰っとったわけ」
「フ…ン。そう」
「でも早く寝たい。風呂にも入りたい」
 20分位した頃、チャイムが鳴った。原田が寄っていき、訊ねる。
「誰?」
「おれ」
「済まへんな。ドア開けられへんねん。そこに朱美いてるやろ。連れてったってくれへん?」
「おらへんで」
「何?」
 原田は鍵を開け、そっと、少しずつドアを開けた。いかにも彼の友達らしい、体格のいい男がそこにいた。学生の時かなんかの友達なんだろう。
「マジか」
「何処にもおらんで。…帰ったんちゃう?」
「そっか…もう帰るか?遅いけど、上がってく?」
「じゃ、ちょっとだけ。…今晩は」
 彼はおれを見て頭を下げて笑みを見せる。
「赤。おれのダチ。小山君でえーわ。こいつはこの家の主、赤城耕作さん」
 おれも頭を下げる。原田はこたつを勧める。そしておれを振り向き、
「赤、悪ィけど、風呂沸かしてくれる?」
 おれは昨日のまだきれいな残り湯に水を足し、外に回って火を点けた。
「風呂が沸いたら、帰ってね」
「イキナリやな。……変わったとこに、転がりこんどるな」
 小山さんは、うちを見回し言う。
「この建物、気に入ってるらしーわ。角部屋で窓も多いし」
「そういう問題とちゃう、男のとこかいな」
「……男同士も、悪ないで。気楽やし」
 おれは台所に立ち、
「何か飲む?まさか酒飲んだりはせえへんよな」
「早よ帰ってもらわなあかんからな」
「お前ら、こんな時間に人呼びつけて、ようそんなこというな」
 呆けた顔で言う彼に笑いが出る。いい友達みたい。
「おれ、コーヒーちょーだい」
 原田が言う。
「小山さんは?」
「何があるん、」
 お茶、ココア、コーヒー、カルピス、オレンジジュースの中から彼が選んだのは、ホットカルピスだった。
「赤はさぶても、オレジューな」
 おれを指さし言う。
「今日は目一杯飲んでもらわな困るで……小山君、タバコは吸わんといてや」
 ポケットに行きかけてた小山さんの手が止まる。原田を丸い目で見、
「なんやお前今更禁煙か」
「健康のため、ええで禁煙は」
 よく言うよこの男は。
 おれと原田の関係(色事抜き)や原田と小山さんの関係などを話した。小山さんは、高校の時からの友達だそうだ。スキーに行くのは、この人らとが多いらしい。あと、釣り。
「朱美ちゃんとは、ほんまに別れたんか」
 小山さんが訊ねる。原田は少し険しい顔で、
「うん。お前欲しかったら持ってってええで」
「よう言う。朱美ちゃんええ子やったやんか…。あんなに仲良かったのに?ケンカする程仲ええいうヤツやったけどな」
「もちっと貞淑なんが好みやったわ。楚々として。でも芯があって、普段は色気も出さんようにしてるけどホンマは凄い寒気するほど色気あるみたいな、」
「……そら、凄いわ。レディの何とかにピッタリのタイプやん」
「昼は淑女、夜は娼婦」
「そんなやつ、おるんか」
 原田は頷いた。

へへ…今回のメインエベントその1、「昔の女」の登場でっいす…。昔の彼女vs赤城君。コレ。 いやー、楽しいっす!
メンソールの件ですが、あんなことほざいておきながら、当時私が愛煙してるのは、メンソールだったりします。でも、ラッキーのメンソール。オイシイよ。それかアメスピメンソール。サムタイムとかの軽いタバコは相変わらず味がないので好きじゃないです。吸いごたえがない…メンソールでも味がしっかりしてたら、…あとすっきり味が好きです。

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