ブレイクスルー2 -3-

 11月は深まっていき、もうすぐ原田の誕生日がやって来る。やっとおれと同じ年になるのだ。
「21、22、23…なあ、22日、休まれへん?」
 壁にかかったカレンダーを立ち尽くし、見ながら原田が言う。
「まだ有休ない」
「3日休みあったら何処でも行けるで。淡路島でもいいし、伊勢志摩でもいいし、初スキーでもいいな」
「多いんちゃう。そういうヤツ。どこでも混んでるんちゃう」
「ディズニーランド行こか」
「男2人で、行きたないて、」
「あっこはええで。よし決まりー。車でディズニーランド」
「休まれへん言うてるやろ、」
「おれの誕生日だぞ…休んでよ」
 彼はこたつの中のおれを振り向く。
「プレゼントも、弾んでね」
「一番大切なもの上げる。あ・た・し……」
「もう手ズレしとるやんか。新しいもんちょーだい」
 手ズレ……おれはごろりと横になる。
「新しい…パンツとか」
「またパンツか。お前は芸がない」
「おれは欲しいもん言うとくわ。一眼レフ。クリスマスでいいから、」
「あかん。クリスマスは、もう決めてる。……」
「何に。じゃお年玉で、」
「お年玉なんかやるか。金が勿体ない。…お前、田舎帰んの」
「……お前は、どうする?」
「お前次第。初日の出を、見に行きたい」
「んじゃ、帰らない」
「親泣くぞ。…来年、じゃなかった、再来年は、一緒に帰ったるよ」
「凄いな。再来年のことまで……」
 こいつのこの自信は、一体どこから来るのだろう。あと1年後まだ付き合ってるなんてどうして思えるんだろう。
 彼が肩を震わせ身体をかき寄せる。
「寒……」
「文化は、気密性に欠けるからな。…暖めて、あげようか」
 彼が、おれを見下ろす。おれも少し虚ろ気味の目を彼に向け、左手で、シャツのボタンを上から1つずつ、ゆっくりと外していく。もうおれの身体は、熱く汗ばんできている。少し肌寒いはずなのに、外気が全然寒くない。
 彼はじっと立ち尽くして見ている。
 おれは目線を外さず、ボタンを外し終わったシャツをジーンズから抜き、上着ごとゆっくりと、滑らすように肘まではだけ、ジーンズのボタンを外す。
「来て……。脱がして、あげる」
 彼は喉を鳴らすと、おれから目を外さず寄ってきてかき抱く。
「……すげー。たまんねー、」
「黙って……」
 抱き取られながら彼のシャツのボタンを外す。外し終わり、ジーンズから抜き、押し開きながら、脱がせる。袖を抜かせ、一回強く抱き締め合い、おれは喉に舌を這わし、指先で彼の肌を感じながらTシャツをたくし上げていく。
 左手を、熱い彼の背中に回し右手でTシャツを押し上げながら、抜く。これからは…ちょっと指先が震える。
 彼はもうビンビンに突っ張ってるんだもの。それでも息を整えながら、ボタンに手をかけた。
 彼がぎゅっと抱き締める。
「あっ、」
 唇を塞がれる。
「ここまで……?」
「何で、……」
「ペースが落ちてる」
「そんなこと……、」
「無理するな……もう十分だ。あせらんでも、いつか出来るって。……すげー、色っぽかったぞ……」
「原田……」
 静かな秋の夜を、おれたちの交わす口付けの音が震わす。
 彼の右手がジーンズに忍び込む。おれはまだまだ、直にはいてる。
 愛されながら、声を震わせていると、電話が鳴った。
 彼ははっと目を見張り、さっと身を離すと、妙に引き締まった表情で受話器を掴む。おれはそんな彼を、ぐったりとしたまま見上げてる。
「はい……」
 彼が出る。低い、渋い声。
「は……?どちらにお掛けですか?うちはそんな名前ちゃいますけど」
 軽く目を閉じ彼が言う。
「違います。それじゃ」
 彼は苦々しげに切るとおれを見る。
「間違い……?」
「そう。水を差しやがって」
 そしておれに覆い被さり、無言でおれを熱く愛する。
 容赦なくおれを責め立てる。
「は、……原田、」
「愛してる…愛してるよ。お前だけを」
 おれは腰が砕けふらふらになる。彼は何かに衝かれたように、激しかった。
「絶対……離さへん……」
 次の朝、いつものようにおれは彼の寝顔を見ながら起き、出かける間際に彼を蹴って起こし、出て行った。
 出かける時、彼が布団の中から声をかけた。
「赤……」
「うん?」
「今日、遅くなるかも知らんわ。……」
「そう」
「相変わらずあっさりしとるな」
「他にどうせいっつうの。ひどーい、とか言ってなじられたいんか?」
「いや、全然」
 彼は微笑を浮かべて片手で支えた頭をおれに向けた。

「赤城君、今日飲みに行かへん?」
 宮川さんがニコニコと寄ってくる。いつもこのanan系の多い業界に珍しくツーピースやOL風のファッションでいる。今日も大ぶりのゴールドのイヤリングにもやもやとした柄のジョーゼットのツーピースを着ている。
「皆結構早く終わりそうやし、張さんも呼んでんで。あのお友達さんにも会いたいし、」
「あいつ何か今日は用あるみたいですけど」
「あらそう残念」
 そんなに残念か。そんなに会いたいか。あの男に。彼女は本当に残念そうに眉を下げ言った。
 おれはちょっと一計を思いついた。
「待ってください。他の友達なら来るか知れませんけど」
「男の人?」
「おれが女の子呼ぶように見えます?」
「うん。あの友達と2人で帰り遊び倒してるように見える」
 おれはくすりと笑い手帳をバッグから出す。出して、出す必要のなかったことを思い出す。遅刻や欠勤で、前の会社の番号は指が覚えているからだ。
「おれは全然、女の子に縁がありませんよ」
「これだけ女に囲まれとってそんなこと言うの?ひっどー。……彼女、おったんちゃう?」
「ああ……そうか」
「何じゃそりゃ」
 おれは前の会社に電話する。もうおれと分かっても、すぐ達っちゃんに取り次いだりはしないようだ。皆知ってるんだろうか。ケンカした、って。
「柴本さん?…おれ。言わんでも分かるって?……今日、飲みに行かへん?ん…忙しい?……そう。達っちゃん、呼んで…。ん、じゃまた終わって電話するから……」
「忙しいの?」
 宮川さんが、肩から髪をこぼしながら顔を寄せ、訊く。ふわりと化粧の匂いが鼻をくすぐる。
「今の分じゃいいと思うけど、どーなるか分かれへんでしょ、この仕事。だから…」
 電話の向こうで達っちゃんが出たのに気付き、慌てて電話に戻る。
「赤城です……」
「分かってる」
 憮然とした声。
「こないだは、ごめん。神経逆撫でするようなことして……」
「別に謝らんでもいい。謝っても、どうかなるもんちゃうし、」
「達っちゃん……、まだ、気持ち変わらない?」
「変わらへん。…変わってると、思うか?」
「……。とにかく、ごめん。…皆も、ヘンに思ったんちゃう?迷惑かけたよね」
「ええわ。今更迷惑の1つや2つ、大したことない」
「……。おれ、嫌いになった……?もう、会いたくない?…よね」
「嫌いになれたら、楽やけどな。……」
「……ごめんなさい。また、電話する。じゃあ、また…」
 受話器をそっと置く。暗い気分で。ふと横を見ると、宮川さんが立っていた。
「何?彼女?ケンカでもしたん?」
「いや、友達…怒らせちゃって。おれが悪いんだけど、」
「仲直りしたいんだ」
「そう。……それで今日来て欲しいなと思って」
「成る程な」
 7時半位に上がったので、元の会社に電話する。柴本さんは来ると言った。達っちゃんも引っ張って来るというので、よくよく頼んでおく。原田は来ないからと付け加える。7時45分に、JR駅の改札の前で待ち合わせ、と決める。
 やがて会社に張さんがにこにことやってくる。黒いジャケットに、細身を際だたせる細身のジーンズ。すっかり帰り支度の済んでるおれの横に座る。
「今日は原田君も、来るんだって?」
「いや、あいつは用あって来られません。他の子が来ますけど」
「女?」
「ちゃいますよ……」
 化粧直しやら、女の人たちの準備が済んだので、立ち上がる。
 ショートカットの劉さんと、明るい茶色のボブの李春麗さん。劉さんは、劉国華、がフルネーム。もう1人のオペレーターが西安の人、黄芳園さん。
 劉さんもきゅっとした顔で、なかなか可愛いが、李さんが一番可愛い、というのは万人共通 じゃないだろうか。しっかりと日本人の彼氏を掴まえているらしいが。白い顎のとがった丸顔で、猫みたいな大きなつり目、桜桃のような唇ってこの子のようなことを言うんだな~と見るたび思う。黄さんはまぁ、十人並みといったところか…。なんて言っちゃいかんな。
 そして宮川春恵さん。もう1人の進行の子が、子じゃないな、お姉さんがショートボブのソバージュのananな鈴木時子さん。結構ハズレのない職場だ。原田さえいなければ、誰かにちょっかいかけたかも…てのは、ありえないか。
 劉さんらは、殆ど留学生だったので、どうかすると中国語でわーっとしゃべり出す。張さんも交ざると、何言ってるか全然分からない。もっと分からないのは、劉さんと李さんの上海コンビだ。
 商店街のJRの高架下に柴本さんと達っちゃんは立っていた。達っちゃんは……相変わらず憮然としてるぜ。
「柴本さん、達っちゃん、…待った?」
「ちょっとだけ。な、達っちゃん、」
「ちょっと人数多いけど、いいだろ?男2人だと、心許なくて、」
「なんか合コンみたいやな。ちょっとびびるわ」
 おれは振り向き、宮川さんに、
「で、何処に行くんですか?」
「そこ」
 彼女はJRの駅の横を指す。それじゃ、とぞろぞろ合流して駅の横を歩いていると、張さんが、
「あれ、原田君ちゃう?」
 と言う。実はおれも直ぐ分かったのだが、達っちゃんの手前、知らん振りしていたのだ。この際だ、言っておくか……。ヤツは、改札の横で、タバコをふかしてる。
 着ている皮のコートも、中の綿シャツも、おれの物だ。
「ちょっと言ってきます」
 おれは改札の方に寄って行った。ヤツはおれに気付き、
「何してんねん、こんなとこで」
「あれ」
 おれは親指で後ろを指す。原田も張さんらに手を振る。
「悪さするなよ。……今日じゃなかったら、行けたのに」
「お前こそ何してんねん。誰かと待ち合わせ?」
「うん。……あのな、今日行かへんかも知れへんわ。家帰るかも」
と、目を落とし言う。おれは腹をつつきながら、
「とか何とか言いながら、実は女としけこむんちゃう?」
「ばれたか」
 渋く笑う原田。
「どうでもいいけど、人のおニュー着るなよ」
「お前かておれのよう着てるやん。おニューとかにこだわるなよ、女々しい」
 呆れ顔でタバコに火を点ける原田。そしておれの後ろに一瞬目を遣り、
「早く行ったら……?」
「じゃあ、」
 おれは背を向ける。
「赤……」
 振り向くと、ニヤニヤしながら、
「愛してる」
 皆がキャーッと黄色い声を上げる。おれは絶対に赤くなってる。
「あほー。ヘンなこと言うな、変人!」
 原田のヤツ、肩を震わせ笑ってる。許せないヤツ。
「許さへん、あいつ、」
 頭から湯気を立てつつ、皆のところに行く。ちらと達っちゃんに目を走らせると、ムッツリしてる。
「原田君て相変わらずだね」
 張さんが笑いながら言う。
「本当に……。どうしようもないヤツで、」
「縁切れば?」
 吐き捨てるように達っちゃんが言う。
「達っちゃん……」
「何があったか知らんけど、そない言わんでもいいんちゃう?達っちゃん最近おかしいで」
 柴本さんが言う。柴本さんがどんな人か、書いたことなかったな。何か特徴のない人なのだ。メガネをしていて、ちょっとやせてて、真面目っぽいという位だ。余りおしゃれにも気を遣ってない。年は30。達っちゃんは、これで結構今時のヤツなだけあっておしゃれにはそれなりに敏感だから、あか抜けてるぜ。
「悪いのは、おれなんだ。達っちゃん、今日は怒りを、おさめてよ……」
「別に怒ってなんか……」
 目を閉じ彼が言う。いかにもな赤地に筆文字の店名の書かれた看板の居酒屋に入る。どうぞと座敷に通される。
「宮川さん、予約入れてたんですか?」
「うん。あれがウワサの、原田君、やってんね。めっちゃかっこいいやん」
「すいませんねおれカッコわるうて、」
 張さんが言う。宮川さんと鈴木さんは笑い、
「あらー、そんなこと、……あるかも(と爆笑)、うそうそ、張さんはうちのアイドルですやんか」
「まじで言うとんか。おだてたって、その手には乗らへんで」
「仕事は出来るし、仕事は出来るし、仕事は出来るし……」
と指を折る宮川さん。
「おれは仕事だけの男か」
「奥さんに言いつけますよ。モテたがってたって」
 鈴木さんが指さし言う。張さんは飄々と、
「ええわ、うち倦怠期やし、」
 張さんて、好きだなあ。
 ついでに言うと、張さん決してカッコ悪くはない。まあ、目立ってカッコイイわけでもないけど。
 座敷に上がると、何となく男と女に別れて向かい合わせに座ってしまう。おれは達っちゃんと張さんの間だ。前には劉さんが。目が合うと、彼女は微笑む。
 飲み物が来ると、なぜか「お疲れさまでしたー」と乾杯する。なんでだろ。
 同業種のよしみもあって、この仕事の因果さに話が沸く。そしてなぜか、なぜかじゃないな、おれ1人が共通項なんだからしょうがないんだろうけど、おれや原田の話になる。
「赤はホンマに、休んだり遅刻ばっかりしとったんですよ。原田もたいがいやったけどな。な、達っちゃん」
 とか柴本さんに言われて辟易する。
「うるさいなー。そんな昔のことはどうでもいいやん、」
「赤かあ。赤なんて言うたら訂正思い出して気分悪うなるわ」
 李さんが色素の薄い茶色い目をくりくりさせて言う。
 訂正は赤ペンで書き入れるのが原則だから、訂正のことを、朱書き、とか赤、とか言う。おれはずっと、訂正、か朱、または朱書きで通 してる。
 おれは李さんを軽く睨み、
「李さん、君けっこうやなこと言うね」
 すると彼女はけらけらと笑う。劉さんが横から、
「でもなんかカッコいいわ。私たちは呼ばれへんけど」
「で、赤は結構ようキレるから、気をつけた方がいいですよ」
 おれははーと息つく。
「キレることに関しちゃ、柴本さんには負けとったと思うけど…?」
「原田はあんましキレへんかったな。文句はばんばん言うとったけど」
「あいつは堪え性ないから。ため込めへんし」
「原田君て彼女いてんの?」
と宮川さん。おれは達っちゃんに目を走らせ、
「それは……えと、おるみたいです」
「2人しておるのに、一緒に住んどったら大変ちゃう、」
「え、一緒に住んでんの?」
 李さんが可愛く小首を傾げ、顔を突き出す。李さんて、結構、なんていうか、好奇心旺盛。
 おもわず見つめてしまいながら、
「え……うん」
 暫く飲んでいると、柴本さんがおやと言う顔で、
「赤、タバコ吸わへんの」
「うん。……やめてる。どうにか吸わんと持ってる」
 すると宮川さんが、
「そういえば初日は吸ってたよね。ラッキーストライク」
「そこまで見てましたか宮川さん」
「何や、どないしてん。お前ちゃうの吸うとったやんか。また何でやめてん。ガンでも気になったん?」
「それは……、」
「お肌のため、だよな」
 ぽんと達っちゃんが言う。皆受けまくり。
「赤城君きれいな肌しとるから吸わん方がええと思うわ、」
 張さんもニヤニヤ言う。女の子たちが、お肌の品評会を始める。
「悪いけど吸わさして貰うわ。もうとっくに曲がってるし」
 鈴木さんがごそごそとバッグからタバコを出す。彼女はサムタイム。
「ビタミンCが、いいらしいですよ」
と、また達っちゃんが。鈴木さんは笑って「ありがと」と言った。

 それから1時間くらいしてカラオケに行く。
 女の人たちは、ドリカム、ザード、工藤静香が人気だ。
 じゃんじゃん入れて歌いまくる彼女らを後目に、
「達っちゃん、何にする……?」
 リストを広げ、隣の彼に言えば、彼はリストに目を落としたまま、
「お前は?」
「決めてない」
「女の歌歌えよ。お前にピッタリのやつリクエストしてやる。『わたしは、ナイフ』」
「そんなの恥ずかしくて歌えないよ、」
「スゴイ、歌って、」
 鈴木さんがさっさと入れてしまう。ついでに自分のも何やら入れてる。
 おれの番が来てしまった。何が悲しくて、こんな歌を歌わにゃならんのだ。
 傷だらけになっても、愛したい…
 優しいだけでは、愛せない…
 達っちゃんが気になる。何か入れてる。
 鈴木さんは…意外だったな。「オレンジの河」だと。もっとマニアックなもん歌うと思ってたぜ。
 達っちゃんが入れたのは、チャゲアスの「YAH YAH YAH」だった。殴りたいのは、おれか、原田か。
 李さんが歌ってる時、おれはトイレに立った。トイレには誰も居ず、済ませて手を洗ってると、達っちゃんが来た。険しい顔。
「あ、…お先、」
「待てよ、」
 おれの二の腕を掴む。なんかさーっと血の気が引く。
「放して…殴って、いいから。話だったら、尚いいけど、」
「お前を殴って済むんやったら、楽でええけどな、」
 おれを掴み、すぐ側にある個室に押し込む。おれはそのまま、フタの上に尻をつく。彼はただパタンと閉めただけで、おれの上に乗る。
「やめてくれ……!もう、こんなことしないはずじゃ、」
「誰がいつそんなことを言った、お前こそ、もう会わないんじゃなかったのか、」
 おれは目一杯暴れる。達っちゃんもさすがに、簡単にはねじ伏せられないようだ。
「うっ、」
 鳩尾を殴られる。そして固めたように抱き締められる。
「顔は殴りたくないからな…。赤、きれいになったやんか」
「男に向かって言うセリフやない、達っちゃん、おれは女の子に会わせたかってん、」
「お前が一番、好みや。危険で、甘ったるくなく……」
「早よ目ぇ覚ましてや。劉さんあたり、好みやろ、」
「あの子はお前が好きなんちゃうか…可哀想やな。お前は、男にいいようにされてるようなヤツやのに、」
 達っちゃんがおれの唇を塞ぐ。唇を割り、舌が、閉じてる歯や歯茎を撫で回す。執拗に割られ、舌が侵入してくる。噛んでしまおうか……
 おれはぎょっとした。達っちゃんは、気付かない。背を向けているから。
 ドアが少し開き、目を見開いているのは、張さんだ。おれはもう一度、達っちゃんを剥がそうとする。張さんはそっとドアを閉めた。
 おれは彼の舌に歯を立てた。唇が解放され、見つめられる。
「もう…やめて、早く帰らないと、」
「ヘンに思われてもええ、お前が欲しい、」
「いや、」
 どうにか突き飛ばし、ドアを開け彼を見る。後ろを向き、そのまま部屋に戻る。
 中は、盛り上がっていた。張さんも戻ってる。おれは目を外し、彼の横に座る。
「張さん、あの……」
「じゃ、おれはトイレに行ってくるわ、」
 ニコニコとしながら彼が立つ。おれは溜息つく。
 これじゃまるで、原田の時の反対だ……。いつも、トイレ。
「長いんちゃうか。べんぴ?」
 柴本さんめ。
「そう」
「赤城さんデュエットしません?」
 劉さんが言う。
「あーずっこい。あたしも歌いたい」
 宮川さんが言う。有り難い、おれって結構モテてる?男少ないからなー。
「あんたら2人が赤城君やったら、後は人数合うな。…ほんじゃ柴本さん、何か歌います?」
 鈴木さんプカプカ煙吐きながらリストを見せる。
 おれが劉さんとデュエットしてる頃、達っちゃんと張さんが戻ってきた。
 張さんが先に立ち、くすぶってる達っちゃんを引きずってる。
 蛇足ながら付け加えると、鈴木さんと柴本さん、達っちゃんと李さん、張さんと黄さんがデュエットしてた。
 カラオケが済むと、殆ど皆地下鉄なので、JRを素通りし、それより遠い地下鉄の駅までぞろぞろ歩く。
 達っちゃんは、もうおれを見ようともしない。
「赤城さん、××線?」
「うん」
「じゃ、一緒ですね」
と、劉さんが。
「劉、やるな」
 李さんが不敵な笑みを浮かべる。
 地下鉄の乗り換えのところで散り散りになり、私鉄の改札を過ぎて達っちゃんと別れると、同じ路線はおれと劉さんの二人きり。互いに普通しか停車しない駅なので、空いてる普通に座って、出るのを待つ。この時間が、結構長い。
「あの……さ、こんなん言うたら失礼かも知れへんけど、」
「いいんです、別に。彼女いはるの知ってますし。ただ、仲良くなりたいだけですから」
 心持ち作った笑顔で手を振る彼女。心が痛い。
「劉さんて、いい子だな。マジで。……あいつさえ、おらへんかったらなー」
「あっ、こんなこと言うてる。…赤城さん、結構口上手いんちゃいます?」
「おれウソは言わへんよ。素直やから」
 彼女を見ながら言うと、彼女は笑う。
「李さんて、なんていうか、ぐいぐい人の中に入ってくる子やなー」
「チュンなー。あいつ馴れ馴れしいてゆうか、遠慮がないというか、はっきり言うし。でもかわいいから得してるわ」
「君もかわいいよ」
 すると顔を赤くし、
「あら、やだ、」
 それを見て、おれも顔が熱く、多分赤くなってる。ぽろっと出たとはいえ、何言ってんだ…
「それに、皆面白いわ、あそこの人。…おれ以外は、」
「赤城さんこそ、謎の人物ですよ。あんなヘンな会社に来たりして、」
「君らもそのヘンな会社にいてんのやんか」
「そうか、」
 彼女の瞳が動く。黒く、丸い瞳が。
「でも若い男がおるのとおらんのでは張り合いが違うわ。宮川さんもなんか最近リキ入ってるし、黄さんもこぎれいになった」
「それは良かった…かな?今度は原田も呼ぶよ」
「楽しみやわー」
 彼女は楽しそうに笑った。
 おれが先に電車を降りた。彼女は、この2つ先と言った。
 家には灯りが点いてなかった。12時ちょっと過ぎ、帰ってなくても、おかしくない。鍵を開け、中に入る。静けさが、身に染みる。
 騒いだ後は、特にそうだ。
 おれは四畳半を抜け六畳間の灯りを点け、布団に倒れ込んだ。
 達っちゃんの心を取り戻すのは、とても難しい。いや、放させるのが難しいのだ。そして、張さんに見られてしまった…。
 劉さんはいずれ諦めてくれるだろう。いい友達として……。
 布団の上で身を投げ出していると、眠くなる。本当に、今日はもうここに帰らないんだろう。家に行ったのか……。
 と考えて、はっとする。今までこんなことはなかった。
 そりゃ、友達と遊びに行ったり、飲んで朝までとかあったけど、誰だとか、何処へ行くとか言わないことはなかった。
 おれが訊き忘れてただけだ。帰って来たら、原田に訊こう。

 目が覚めたら、おれは服のまま電気をつけっぱなしで寝ていた。
 横を見なくても、独り寝なのは分かってる。何かが足りないような心地で、起きる。
 今日も眩しいくらいのいい天気だ。

まーあまり言うことはありません…攻守入れ替えた達っちゃんと原田、がやっぱ書きたいよねェ~てなもんですね。女の子と赤城君(笑)、みたいのも書いてみたかったし、私的にはとっても新鮮で楽しくって仕方ないんですけど、読んでる方にはどうなんでしょ~ね。女、イラン。て感じだろうか…
 原田君の誕生日って、書いた年、書いた通りに3連休になるんだったんですよね。日~火ですけどね。まさかテキトーに決めたその日が、あんなヤヤコシイ日とは、この頃思いもしませんで…ええ。
それから、さすがに割愛した方がイイ、と思いながらも、割と普遍的な文だから、載せてもいい?とばかり、歌詞が…悩んだんですよ!J○SRACに見つかりませんように…

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