ブレイクスルー2 -2-

 次の日、会社へ行くと、劉さんはちょっとぎこちなかった。
 おれは不安になる。まさか昨日、見られたんじゃないだろうか。たった一度しただけの、キスを。やっぱり原田には、来て欲しくない。
「赤城君、張さんとこに、説明行ってくれへん?」
 宮川さんが原稿手に寄ってくる。
「私、××に打ち合わせに行って来るから、頼むわ。…これ、佐藤さんに貰ってんけど、詳しいこと良く分かれへんから、佐藤さんに聞いて」
 そして彼女はあたふたと出て行く。佐藤さんとは、うらぶれた43才という、おれたちの上司だ。
「もうお昼やから、そのまま休んで来てええで、」
 説明後、佐藤さんが言った。
 おれは原稿袋持ってそのまま出て行く。昼メシは、原田と一緒に食うことが多いが、毎日、というワケじゃない。
 張さん宅で、彼の書斎らしき部屋で説明を終わると、
「ちょっときついと思いますけど、お願いします。…」
と彼を見て付け加えた。張さんは、ひょろーっとした、青白い感じの32才の男だ。いつも忙しいんだろう。
 左手の薬指に、指輪が光ってる。一体どんな奥さんなんだろう。
「分かりました。……ところで、お昼でしょ。食べて行きませんか」
「え、そんな……いいですよ、」
 驚いて言うと、彼は人なつっこく笑い、
「遠慮せずに。折角だから。ゆっくり話してみたいし。おれも1人じゃ味気ないからさ、」
 おれもつられて笑い、
「じゃ、御馳走になります。……奥さんの、料理ですか?」
「はは……奥さんは、仕事。料理は、おれの仕事。中国の家庭料理なんて、珍しいやろ?」
「張さんは、ずっと日本に居るのと違うんですか?」
 張さん宅は、狭いながらも一軒家だ。
「ここ、貸し家やで」
 向かい合って座っているソファから立ちながら彼が言う。おれも立ち、台所に着いて行き、手伝う。
「張さんはどこの人なんですか?」
「生粋の北京。ちょっと日本人の口には合わへんかも知れへん」
「感(から下の心を取った字。塩辛いの意…だったかな(汗))、なんですよね」
「そうそう。よう知ってるやん。さすが…どう?色々読んでる?」
「最近はちっとも。忙しくてそれどころじゃないです」
「あのな、今度の日曜、おれの知り合いのとこで法事あんねんけど、興味ある?神戸やねんけど、行く?」
「え…行ってもいいんですか?それは、凄く見てみたいですけど」
 やったぜ。冠婚葬祭関係は、凄く興味ある。いい人だなあ、張さんは。
 出来上がったメニューは、野菜の辛い味噌炒めと、水ギョーザ。キッチンの横のダイニングテーブルで、向かい合って食う。
「どう、味は」
「辛いけど、旨いです」
 それから道について色々訊く。本を読むより、ずっといい。
「赤城君は、どこに住んでるの」
「あ、じゃ住所教えます、」
 彼はそれじゃ、と手帳を出す。おれは書く。
「家に電話してもいい?」
「どうぞ。いつでも待ってます」
「何や君は、変わった子やなあ…外見見たら、バンドでもしてそうな子やのに、道、やもんな」
「おれ、運動神経悪いですし、典型的文系なんです。…良く、変わってる、て言われますけど、好きなこと我慢したくないですし、」
「彼女おれへんの」
「の、ようなものはいてます」
「そんじゃ忙しいな。そら読まれへんな。…」
 彼が微笑みおれを見る。おれは時計に目を落とし、
「あ、……帰らないと」
 なんだか惜しい気がする。狭くて、古い一軒家だけど、もっとここに居たい、という妙に居心地の良い空間だ。張さん自身も、そういう居心地の良さを感じさせる。
 立ち上がり食器を重ねる。張さんはいいよ、と制止する。
 会社に帰ると、女の子が、
「赤城さんに、電話あったで。いつもの、人」
「ありがと。何か言うとった?」
「別に。おらん言うたら切りはった」
 全く、アツアツの新婚夫婦じゃあるまいし…そんなものか。今が一番熱いか。と分析してしまうおれ。
 その日、大した残業もなく、真っ直ぐ家に帰ると、原田がもう帰ってた。
 ニヤニヤしてる。中に入ると、ニヤニヤしながら何か差し出す。一通の封筒。
 おれはカッとなりひったくる。
「お前懲りずに履歴書出してんねんな。何それ、編集?」
「うるさい、おれのプライベートに口出すな」
 手で封を切り、返されたと知ると、流し場でライターを出し、燃やす。
「おれを全然信用してへんな。その行為。…別に、読んだりせえへんやん、恥ずかしく、ないやん。……」
「メシ、もう食った?」
「まだ。何かしてくれる?」
「甘い。自分で何とかしろ。おれは女じゃない。おれはレトルトの、カレー食う……」
「お前冷たいぞ。それとも怒ってんのか。…昼も、おれへんし……」
「昼は仕事のついでに食うてん。…何か、作るよ。ヘンなものでも。座ってて」
 彼はこたつに座って、ゲームしてる。原田とゲームを始めると、大変長引く。彼は達っちゃんのようには、ねじ伏せられない。
「今度の日曜、な……」
 彼が食事しながら言いかける。おれはすかさず、
「おれ用事ある」
「何……どんな」
「神戸行って、中国人の法事見に行くねんけど、…一緒に、行く?」
「法事…何じゃそりゃ。会社の人の?」
「いや、張さんと。…あんまり興味ないと思うけど、どうする?」
 彼は渋面を作り、
「うー。京都行きたかったのに。…いい、行く。張のつらを拝んでやる」
「何。その言い方は…彼は奥さんいてるで」
「まあいいや。じゃ夜は××にでも行って……」
「そんなとこだな」
 食べ終わると、ジャンケンで洗い物係を決める。勝った。原田が洗う。
 その間おれは風呂を沸かす。
「あ、……電話あった」
 原田が思いだしたように言う。
「誰、」
「柴本さん…なんか、びびっとった。おれが誰か分かれへんかったみたいやけど」
 げー。おれは慌てて電話する。
「なんか、知らんヤツが出たけど、あれ、誰?達っちゃんちゃうもんな」
 電話の向こうで不思議そうに柴本さんが言う。
「達っちゃん何か、おれのこと言うとった?」
 柴本さんと達っちゃんは、今もあの会社に残ってる。
「別に……何かケンカしたらしいやん。珍し…で、あれ、誰。親でも兄弟でもちゃうもんな」
 どうしよう。本当のことを言うべきか。言うべきだろうな。
「あれ、原田。…ほら、うち辞めた、」
 未だに前の会社のことをうちと言ってしまうのもどうかと、言ってから思う。
「原田ァ?何で原田が、お前のとこおんねん、」
「何か知らんけど、居候……痛、」
 いつの間にか原田が後ろに立ってて、こづかれる。
「おれは金払ってるやんか。折半で。そーや、一万返せ」
「悪い悪い、柴本さん、実はおれたち同棲してるんです」
「あはは、気持ちわるー。吐くで」
「ウソです。実は原田勘当されてもて、行くとこなくて、……」
 今度は首を絞められる。
「ははは、そう。今時そんなやつおるか。遊びに来てんちゃん?」
「いや、……えと、」
 受話器を塞ぎ、原田に振り向き、
「何て言おう」
「何を」
「お前のこと。また電話して来たとき出えへんかったら遊びに来てるで済ますけど…」
「あほらし。一緒に住んどったらあかんのか」
「だって、達っちゃんと住んどったこと、知ってはんねんで。…おかしいと思われへん?」
「ちょっと電話貸して」
 彼が受話器をもぎ取る。
「もしもし。お久しぶりです。原田です。…いえいえ、こちらこそ……。今?そうです。そうなんです。意外とおれたち仲良かったんです。意外でしょ。……別 に。こいつん家の方が交通の便ええし、ここ結構広いし。皆たいがいワンルームですやん。それでまぁ、ここに……。安上がるから、ヤツも喜んでますわ。……はい、はい、また。いつでも来て下さいね……」
 彼はポイと受話器を返す。
「もしもし、柴本さん?」
「あーびっくりした。お前そんなに安上げたいんか。何でおれに言うてくれへんかってん?」
「いや、まあ…こいつは押し掛けだから。何か用あったんちゃん」
「あ、日曜来てくれへん?」
「ダメ。用ある」
「原田と?」
「ううん。別……ごめん、その次ならええわ。土曜は休みちゃうし、…」
「そーかぁ。じゃええわ。また電話するわ。会社近いんやろ?いっぺん帰りに飲もな」
 何と思ったろう。ヒヤヒヤしつつ、電話を切る。
「お前もそれなりに忙しいな。ホラ、やっぱり会う時間少ななるやんか」
「………」
「もっともっと早いとこ、無職のうちに付き合えば良かった。……お前の就職と一緒やもんな」
「達っちゃんは、来えへんかったで。忙しいからいうて」
「あいつはそこがアホやねん。おれやったら、即座に上がりこんどったわ」
「前の彼女も、一人暮らしやってんやろ。やっぱり、転がりこんどったん?」
「殆ど行ってたな。住んじゃおらんかったけど。…風呂、沸いてない?」
 おれは慌てて火を止めた。
「柴本さんもお前のこと好きかな?」
 原田が風呂の中で抱きながら訊く。
「そんなこと絶対ないと思う」
「そんなん分からへんで。……お前、ホンマに達が初めてなん?」
「…初めて。女とも、したことない……」
「信じられへん。まーとっつきにくいヤツやったからな。…こんなに、可愛いヤツなのに…」
 おれは思い出す。中学、高校と付き合いそうで合わなかった女のこととか、こっちへ来て一緒に住んでた友達のこととか。彼はもう結婚してる。今も付き合いはある。でも彼もおれを、何となく女のように扱ってた…。おれも彼に彼女が居ない頃、付き合ってやりたいと思ったことがある。女だったら。
 そういう素養はあったワケだ。

 日曜は三宮で待ち合わせて法事にくっついて行く。
 おれたちは原田の車で行った。おれが駅の中に入って行って、張さんを呼んでくる。原田のことは言ってあったので、2人を紹介する。
「友達も道や中国に興味あるの?」
 張さんが訊く。原田は運転しながら、
「別に…あなたに興味あったんで」
「はぁ?」
 おれはぎょっとする。このいらんこと言いが…。
「赤から色々聞いてますからね。どんな人か見てみたかったんですよ」
「フーン。で、どう」
「まだ分かりません」
「赤、って呼んでるのか。なかなかいいな」
「張さんも呼んでいいですよ」
 おれが言う。張さんは笑って、
「でも何か、呼びにくいな。赤城君でいいよ。もっと仲良くなったら、ね」
「あまし仲良うなりすぎて貰っても困りますけどね」
 原田のヤツ……。
「すいません、こいつちょっと口悪いし冗談もきついんです。流してやって下さいね」
「よっぽど仲良いんだね」
「おれより仲良いヤツは、おらんと思います」
「彼女は?」
 張さんがおれに訊く。
「おらんわな」
 原田が言う。
「君じゃない、赤城君彼女いるんだろ?」
 原田が睨む。おれは見返し、ちょっと手をかざし謝ると、
「彼女は、また別ですよ…男では、ってことで、な、原田」
「そういうことに、しといたるわ」
「面白い人だね、彼」
 張さんは受けてる。原田は受けようと言ったワケじゃない。本気で言ってるだけだ。

 日が暮れてベイサイドの、ちょっといい店で3人で食事をする。
 それから張さんを家まで送る。別れ際、彼が車から降りたのを見計らい、
「今日はどうも、有り難うございました。…また何かあったら、言って下さいね」
「うん。じゃまた。…原田君、おれはどう、」
「いい人です。またおれも付いて行かしてもらいますよ。邪魔しに」
「ほんま邪魔やけどな」
「張さんもそんなこと言うとったらあきませんやん、」
「冗談冗談。それじゃ」
 張さんが手を振り家の中に入っていく。
「それじゃ今日は、ラブホテルにでも行こうか」
 2人になった車内で、原田が言う。
「いやだ」
「このまま帰るのは勿体ない。…夜景見に、行こうか」
「遅くなるぜ。……」
「何処に行っても、やることは同じだしな」
 おれは頭を抱える。
「張さん、いい人やん。マジで」
「でしょう……」
 原田の家まで車を持っていって、わざわざ電車で帰る。今、家の側で駐車場を探してるが、なかなか空きはない。うちの回り、無断駐車できるような場所は全然ない。
 それからの一週間はこともなく過ぎていった。
 あ、水曜に原田の会社の人と飲みに行ったんだった。電算の人と、営業の子と。
 でも初めてじゃない。二度目だ。しかし、この分だと忘年会や新年会まで呼ばれるワケない…よな。いや分からんぞ。まるでおれは、外注さんだ。
 土曜が原田が休みだったので、車で迎えに来て貰って前の会社にワープロを貰いにいった。モチロン時間外に。
 チャンと時間内に電話して部長にハナシはつけてある。いきなり部長を呼べないので、柴本さんを呼んでもらい部長に回してもらった。
 柴本さんのいる土曜日は、達っちゃんのいない土曜日だ。おれはほっとした。
 会社へ3、いや4ヶ月ぶりに足を踏み入れる。前の会社も雑居ビルの1フロアー。結構皆残業している。
 皆して、おれに挨拶する。
「もう就職してんて?」
 営業のヤツが言う。
「うん。ぎりぎりまで保険使った」
「いいなー。おれも休みたいわ」
「よー言うわ。だったら早よ辞めえ。こんな会社」
「原田さんと2人なんて、変わった取り合わせですね」
 他の、後輩のヤツが言う。
「そう……?こいつ車持ってるから」
「何や知らんヤツがおるな」
 原田がフロアを見回し言う。
「当たり前。お前が辞めたの、いつだよ」
 ひとしきり営業コーナーで話して、電算の方へ行く。おれはぎょっとして足が一瞬止まる。
 達っちゃんの後ろ姿を見た途端、足が進まなくなる。彼は、デスクに座って、仕事をしている。達っちゃんが休出してるのか、柴本さんが休出してるのか……?そんなことはどっちでもいい、問題は、どう声をかけるか、だ。
 原田が、足の止まったおれの背中を支える。
「何事もなく、行きゃいいんだ」
「お前先行って…」
「おれが用あるワケちゃうもん。お前が、行くんや」
 ネルのチェックのシャツの背中は、動かない。電算のコーナーの前で立ち尽くしていると、柴本さんがおれに気付く。手で招くので、手を振って応える。
 柴本さんが部長を呼びに行く。電算で残ってるのは、彼ら2人。
 おれは足を踏み出し、彼の横に立った。
「今晩は、」
 彼はおれを見上げ、後ろに居る原田に目を走らせ、
「ああ……」
と素っ気なく言う。
「休出……?」
「うん。……今日中、なんだ」
「そう。……」
 原田は、タバコに火を点けた。
 部長が奥からふうふう、といった感じでやってくる。50前後の、今の会社の佐藤さんとはまた違った感じの不健康そうなタイプ。ちょっと小太り。
「あら、原田君も、来たの」
「ご無沙汰してます」
「早く帰ってよ。みっともないから」
「そりゃきついわ、」
 皆で笑う。達っちゃんだけは、仕事してる。
「達っちゃん、ちょっと手ェ休めたら?せっかく来てんのに」
 柴本さんが自分の席に座って言う。
「時給2,000円くれたら、手伝ったってもいいですよ」
 原田が言う。部長が、
「300円ならいいけど」
「安すぎる。出来へん」
「よく言う。おれなんかタダ働きさせられてんのに……」
「その分こうしてアッシー君になっとるやないか」
 言ってはっとし、達っちゃんを見る。彼は無表情。
「何それ、赤、原田の手伝いしてんの、」
 柴本さんが目を丸くする。
「ん……、割と」
「赤城君チェック荒いから、余計まずいんちゃう?」
 部長が言う。
「そんなことないですよ。早いし。……おれは、こいつを、おれの会社に入れようと思ってるんです。もうおれの会社に馴染んでますよ」
 原田はゆっくりと、押すように言った。
「原田……!」
「いいだろ、別に……」
「赤城君、遅刻、欠勤はなくなったん?」
 部長もタバコに火を点ける。
「0ですよ。今のとこ」
 原田が即答する。おれは彼の太股をつねる。
「あ……らしいです」
「君たち、そんなに仲良かったっけ」
「良かったよ。なっ。ここ辞めても、皆で付き合いあったもんな」
 と原田がおれに言う。今度は、柴本さんが気になる。いや、彼は知ってるけどさ。皆で飲みに行ってたことも、皆が家に来たりしたことも。
 おれがしゃべってたから。
 原田は達っちゃんの横に座った。
「元気?……ほんとに、手伝おうか?何やってんの」
「いい。初校目だから。人の触ったデータは後でやりづらい。気にしないで」
「また、何処か行こうや。…何、したい?」
「おれはいい。何もしたくない」
「付き合い悪いな……まだ、怒ってる…?」
 達っちゃんは顔を上げ、原田を見た。
「早く帰れば?ワープロ持って、2人で」
 あー、まずい。下手な会話はやめてくれ。ギャラリー2人は、訳が分からなくて目を点にしてるぞ。
「原田、邪魔だよ、早く帰ろう」
 おれは彼を手招きした。
「達……あんましいじけるなよ」
「おれはいじけてへん、忙しいだけや」
 おれは部長に言って、貰えるワープロをばらし始めた。
「原田、手伝ってくれ、早く、」
 しかし原田は、席を立たず2本目のタバコに火を点ける。
「原田……!タバコなんか、吸ってる場合か、とっとと帰るぞ、」
 おれは寄っていき彼の襟を掴む。彼はそのおれの腕を掴む。
「達……大人気ないぞ。その態度は」
「大人気ないのは、どっちだよ……早く帰れ!」
「原田、いい加減にしろ、こんなところで、ケンカするな、」
「いい機会や。達、よく見つめてくれ。この現実をな……」
 掴む腕に力を込める。達っちゃんは、引きつった顔でおれたちを見る。
「原田、もういいだろ、早く帰るぞ、」
 おれは腕をふりほどく。2人は見つめ合ったままだ。ガンをつけてる、というやつだ。
「また電話するからな。おれへんかったら、承知せえへんぞ」
 原田はやっと席を立つ。
「部長、おれたちその内独立しますから割のいい仕事回して下さいね」
「へーっ。そんなこと考えてんの。接待頼むわ。料亭にしてな。そしたら○○辺りを回すから」
 ○○とは、忌み嫌われる定期物だ。大きい仕事なので、良く知られたとこのなので、名は秘す。実はおれがやってたやつだ。
「○○はやめて下さいよ。めっちゃ訂正多いし、しつこいし、ちっとも終われへんし、納期きついし、あんなんいらん。コストが安なる。××がいいわ、」
 ××とは、超ラクな定期物のことである。納期は充分、文字さえ打てばあとは見出しが1種類、本文が1種類、表組みも毎度の、あっという間に出来る素敵な仕事だ。原稿も最初っからほぼ完璧で、訂正もほとんどない。これもおれが担当してた。
「あれ、来えへんようになってん」
「逃げられたんですか」
「はっきり言って、そう」
「もー。原田。ムダ話してないで、早く帰るぜ、」
「ああ、……部長、今夜奢って下さいよ」
 部長はよく、こう言うと奢ってくれる優しい、親しみ易い人だった。
「奢ってやりたいけど、達っちゃんらの仕事が終わらへんし、金が全然ないねん」
 部長は外人のように肩をすくめ手を広げる。
「おれのことは、いいですよ別に。行って来はったら、」
 イライラした口調で、達っちゃんが言う。
「達っちゃん、ごめん、原田を許してやってくれ……、」
「何を」
「このずうずうしさ」
「お前もずうずうしくなったんちゃうか」
 そしておれを見る。口元が引きつる。目が細まる。そして直ぐ目を反らす。
「早く、皆で帰りなよ……」
「原田、帰るぞ、」
 まだ部長と話してる原田を引きずる。
 原田が本体とプリンタ、おれがモニターとキーボードを抱える。
 そして部長に一礼する。
「達、またな。……柴本さんも。どっか行きましょね」
 エレベーターに乗り込み、溜息をつく。
「達っちゃんが居たなんて……」
「あいつ全然傷癒えてへんな」
「その傷を広げるようなこと、するなよ」
「しゃーないわ。誰もおれへんかったら、目の前でキスしてやるとこやったわ」
「お前、」
 すると彼は目を閉じ、微かな笑みを漏らす。ドキッとするような表情。
「……ああ、早くその時が、来ないかな」
「何言うてるん、お前」
「ヒミツ……」
 自動ドアの外に出ると、とてつもなく寒い。吐く息が、白い気がする。
「クリスマスは、何処に行く……?」
 先に立ち歩きながら、原田が言う。
「ホテルのつもり?」
「当たり前。恋人達の、クリスマスだぜ」
「行きたいとこある。おれ。…家に帰って、教える」
 おれはビルの間の、星のない空を見上げた。
「柴本さんと部長は、おれたち3人にどんな確執があると思ったろう」
「まさか愛情のもつれとは、思えへんやろな」
「仲直りしたい。……彼と」

このパートには、設定の都合上、中国人がたくさん出てきますが、私に中国人の知り合いは、いません!イヤ、昔、絵を習ってた先生が中国人でしたけど、それも昔…。超フィクションです。言葉も、思考も行動も、日本人、名前だけ中国人と思って下さい。ウソだらけですよー!
この頃の中国は地味すぎて神秘の国で日本から位置的にも心理的にも関わり的にも遠い国でよかったですな。近寄りすぎるとろくなことがないw

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