ブレイクスルー2 -11-

「赤?」
と電話のむ向こうから素っ頓狂な声があがる。
「ほんまに原田お前んとこおるねんな」
 それは吉田だった。
「うん。何か、用……?代わろうか?」
「頼むわ。……久しぶりやな。どう、仕事は」
「まあまあ。休みが少なーて、何かせわしないけど。皆いい人やし。吉田は、元気?」
「それなりに。仕事おもんないけど」
「原田ん家に電話したん?」
「ウン。そしたら赤城サンてとこに転がり込んどるって言われたから。原田のやつ、前の会社からの仲やのに、おれに一言も言わんと……。お前ら、いつの間にそこまで仲良うなってん、」
 彼の言う前の会社、とは皆で居たあの会社でなく、その一個前の会社のことだ。彼らは、少しだけ時期をずらしてあの会社に来たのだ。
「まぁそれは原田君に訊いて…。それじゃ代わるから」
 おれは保留を押し、ゲームに熱中している原田を呼ぶ。「吉田」と言えば、ああ、と何かに気付いたような顔をし、受話器を受け取る。彼は何か言われたであろう後に、いきなり「うん」と言う。きっとまた驚かれてるに違いない。
「えーおれたちめっちゃ仲ええで。……全然。赤は、きっと変わったで。おれはあんまり実感ないけど。おれのおかげやな。……なんでと言われても、まあ色々とワケありで……うん、よう話さへん。……うん、うん。……行ってみたいな。う~ん。……今達っちゃんと険悪やからな。達っちゃんとこ、電話してる?……なんでと言われても、それもちょっとよう話さん。赤がらみは、赤がらみやで。……朱美?そや、お前何で教えてん、…何じゃないわ、ここのことやんか。…知らん?ウソ付け。まあええわ。…おれ?おるわ。いずれ会わしたるわ。きっと驚くわ。あんま会わしたない……そーやねん。なワケあるか。お前もぼーっとしとらんと早よ彼女作れよ。アパレル、販売やったらいくらでも女いてるやろ。……おれが、達っちゃんに電話するわ。じやまた、こっちから電話するわ」
 彼はおれに振り向き、「何か言う?」と訊ねる。おれが首を振ると、電話を切った。
「何て。大体何言うたかは、お前のリアクションで分かるけど」
「何か新しい店行きたいらしいわ。空○庭園の下の。あいつも彼女いてへんからな。来週くらいに、どう?」
「別にええけど……。お前、吉田に話す気なん、おれたちのこと」
「あんま言いたない……あいつの頭では、理解に苦しむどころではないと思う。単純ながらも、エエやつやねんけどな。……でもいずれ、言うんちゃう?」
「あっさり言うな。恐ろしい。……達っちゃんに、電話するんか」
「そーなったな。例の件、持ち出してくるかな」
「達っちゃんと会うといえば、今度うちの会社の人と達っちゃんらとまた飲み行くか知れへんけど、お前も他人じゃないから、来てな」
「忙しいな。他人じゃないて、おれとお前の間柄のこと?」
「あほう。うちの会社にとってやん。おれ抜きでメシ食いに行くくせ、」
 何かまた腹立ってきた。
「ほんでな、柴本さんが、鈴木さん好きなんやと。おれ困ったわ」
「何で困るん。別にええやん誰が誰を好きになろうと」
「よろしくって頼まれてもーてん。おれから頼むわ。原田、よろしく」
 おれの情けない顔に原田はきょとんとした顔を向ける。
「おれ?何で……」
「おれが何かするよりお前がした方が鈴木さんにとってはインパクトあると思う」
「面倒事を押しつけるな。柴本さんもいい年こいて、何やねん、おれは達のことだけで頭が痛いのに、」
 空を睨んで言う。おれはちょっとおかしくなり、少し口元を歪ませた。そんなおれに彼は目を走らす。
「何がおかしいねん」
 おれは首を傾げ、目を見開いて、上目に、
「おれって、可愛い?」
「何イキナリ。……可愛いよ。お前は、きれいとか言うより、可愛いわ。でもあまり、つけ上がらんといてな」
 おれが目を伏せ「ハイハイ」と言うと、頬を挟んでキスをする。そして唇を離し、
「さぁーて達に電話するか」
と手帳をバッグから引っぱり出す。ページを開き、手のひらで押した後、また景気づけのように唇を重ねた。
 原田はオンフックを押し、プッシュホンを叩く。軽快なメロディーを、ダイヤルが奏でる。それがこの場にひどくそぐわない気がする。
 原田は、無表情。鳴り続ける呼び出し音を、無表情で聞いてる。
 誰かが出る。原田は、受話器を取った。
「もしもし……林田さんのお宅ですか……達彦君、いますか。……はい」
 おれに目を走らす。おれもじっと、原田に目を注ぐ。彼は、目を伏せた。
「達っちゃん……おれ。原田。久しぶり…元気?……ほんならええわ。こないだは赤がお世話になりまして……いえいえ、おれたち他人やないから。お前には悪いことしたと思てるけど、どっちみち、こうなったと思うで。悪いけど。いい加減、諦めてくれへん?…そうや。赤は甘えたいヤツやってん。可愛いで。……お前には、赤は背負われへんと思うわ。なんぼ頑張っても。悪いけど、すっぱりと諦めてもろてやな、また友達付き合いしようや。……それでな、また飲み行かへん?」
 彼は「そうだ、」とおれを見た。そして
「赤、いっぺんにせえへん?お前とこと、吉田たちと、ごっちゃで、」
「えーそれはまずいんちゃう?柴本さんが……」
「いっぺんにすまそーや……面倒くさい」
「やめとき。でもおれ思うに、うちでやった後吉田たちと行けば?」
「何で」
「彼」
 おれは受話器を指した。彼は暫く黙り、「フン」と言う。
「達っちゃん……?柴本さんと、来てな。赤とこの飲み会。……なんで。あかんやん。柴本さん1人にしたら。絶対来てな。おれも行くし。……でな、他にもいっこ話あってんけど、それはまたにしとくわ。またおれを殴ってもええから、赤をな、誘わんでくれ。お前もな、一度負けを認めて、きっぱり別 れたんやったら、もう一切、手は出さんといてくれる?……それを言われたら、返す言葉もないけどさ。……それも含めて、今度会ったとき、赤でなく、おれと話しようや。おれはお前にも、2人のことを認めてほしいし、祝福してほしい……身勝手なんは、分かってるけどな。……おれは別 に、おめでたいヤツではないで。……なんか言いたいことある?」
 彼が間を置く。おれも、緊張する。彼はやがてホウと溜息をつき、
「そう。ならええわ……会うたらきっちり、話しようや。んじゃ、赤と代わる……?」
とチラリとおれに目を走らす。彼が無言で受話器を差し出す。おれは受け取る。
「何か……?」
「おれは行かへんで」
「それは困るわ。来て貰わな。おれも是非来てほしい……」
「心から言うてるんか。行ってもおもろないようなところに、誰が行きたがるねん、」
「おれは心から言うてる。お願いだから、来て、……」
と言っていると、原田が後ろから抱きつき、ジーンズの中に右手を突っ込む。おれは思わず、
「あン、」
と言ってしまう。おれは慌てて受話器を押さえ、小声で、
「あほう、また、何すんねん、」
「甘ったるい声出しやがって……また嫉妬してきた、」
「こんな時に……!また火に油注ぐようなことして……!ほんまに来いひんかったら、どないすん、責任取らすで、」
「どうやって、」
「取りあえずは、別居。Hさしたらん、」
「お前、おれと別居してたら、さみしない?」
 想像しただけで、心細くさみしくなってきた。ここに毎日、ポツネンと1人で……。
 あんなに1人の時間が、幾らあっても足りなかったのに。1人の好きな、ヤツだったのに。
 しかも原田が、自宅であれどこか余所で生活してるなんて。おれから離れて、1人自由に。どんなにか心が不安なことだろう。
 でもおれはあえて、冗談込みで、
「ぜーんぜん。少し距離を置いた方が、新鮮ちゃう?こんなべったりしとったら、おれのほんとの良さに気付けへんのちゃん、」
「よく言うな……。おれの良さに気付いてへんのは、お前ちゃん。あっさり、しとって直ぐうっとおしがるくせに。何ならまた、家帰ろか。どーせまた泣きつくに決まってるわ。……ほんまに、そうしたろかな」
 おれは気軽な彼の言葉に、心を震わせる。
「してみれば。他の人とこれで付き合える」
「可愛くない。おれ明日帰るわ」
「やめてよ……!いやや、そんなん、」
 すると彼がぎゅうと抱きしめる。おれははっとし、
「達っちゃん……!」
と言えば、もう既にツーツーと音が。
 受話器を戻しつつ、
「バカ原田、いちゃいちゃするから、達っちゃん怒って切ってもーたやん、」
「喘ぎを聞かすのんよりは、マシやろ。一度おれたちの日常会話を、あいつには聞かしてやりたかったし。お前が、どう可愛いのか……お前が、おれにどの位 惚れているのか……」
「………」
 おれは腕を放し真向かいに座って微笑を浮かべている彼を、じっと見つめる。
 それは、必要かも知れない。おれが一体どれ位原田に惚れているのか、知ってもらうのは。
 やっぱりおれは、この男が好きだ。この男の何もかもが。
「さあて、気分も盛り上がったとこで、寝よか」
 彼が言う。おれは時計に目を走らせる。
「スマン、中国語が済んだらね」
 彼はおもむろに、
「チェッ」
と言う。
 何だかよく分からないけど、おれ自身も妙に燃え立っていて、その夜は久々におれが上になり愛撫を重ねた。そうは言ってもいずれは下に取り込まれ犯されてしまうワケだけど。それだけは、変わらない。おれは、抱かれるのがスキだけどさ。
 しかし、達っちゃんには悪いけど、ほんと彼って、いい起爆剤。
 翌日、おれは宮川さんに達っちゃんらと原田が飲み会をしたがってる旨伝えた。
 その日のお昼、また4人でメシ食って、日取りは12月3日と決めた。4日は、原田が休みだから。何てわがままなヤツ。おれたちは、4日も仕事なのに。鈴木さんは相変わらずのべつ幕なしにタバコを吸う。原田は、我慢してる。鈴木さんが、箱を差し出し、
「今日は吸わへんの?」
と訊けば、原田はわざとらしく咳をし、
「風邪引いて喉痛めとるから」
と言う。吸えばいいのに。おれはもう、大分平気になった。

 原田の誕生日辺りからすっかり冬になり、寒くなった。3日の夜、7時半位に駅前で落ち合い、うちの女の人5人と男が柴本さんに、いやそーな達っちゃん、張さん、原田、おれと5人、総勢10人もの大人数で繁華街まで出た。
 今更ながら、凄いメンバーだ。何か起こらないことを祈る。
 張さんがまた7時頃うちの会社に来て、7時15分頃皆で会社を出たワケだけど、張さんは少しだけにやりとしておれを見、
「今日は原田君、来るんだって?」
「ええ……。達っちゃんも来るし、何か一悶着ありそうで落ち着きませんね」
 おれは暗い顔して言った。
「おれはじっくり、見物さしてもらうわ」
「冗談言わないで下さいよ。張さんには、上手く調停してもらったり、場を取り繕ってもろたりせないかんのですから、そうせな打ち明けた意味がないでしょ、」
 彼はまたくすくす笑い、
「今やってるドラマよりも、もっとナマナマしい、面白いドラマが、おれ1人だけ傍観者で見られるんやな」
と楽しそう。人ごとだからなあ。
 原田は、昼メシの待ち合わせ場所に背を凭れさせていた。そこが、今日の待ち合わせ場所の駅前だから。
 彼を見ると、ほっとするようなざわつくような。ほっとすると言うのはおれの拠り所が常に側に居るという安心感でほっとするのだし、ざわつくのは、三竦みが、少しの舌戦でさえ引き起こさないワケがないという不安感。
 寄っていき「原田」と声をかければ今日初めて見る彼は目を目一杯見開いておれを見る。じっと見るので「何、」と言えば、
「おれ、今日タバコ吸わずにはおられへんと思うわ」
と目を伏せ言う。おれも横に凭れて、コンクリの地面を見ながら、
「ええで。別に。おれは多分、もう平気やし。…その気持ち、分かる。ただ、な……ヘンな事口走ったり、行き過ぎた行動は、絶対せんとってや」
「行き過ぎた行動とは」
「おれが会社辞めなあかんような、恥ずかしいこと」
「フン……」
と、早速、タバコを出す。ピン、と言うような独特の音がして、彼はオイルライターでタバコに火を点ける。
 他の皆も、側に寄ってきて口々に挨拶する。
 張さんが、原田に、
「久しぶり。今日は楽しくやろうな」
と言えば、原田は、「ハイ……」と言下に答えるだけ。張さんは原田の二の腕を叩き、
「何や君らしゅうないな。もっと陽気に、自信たっぷりに、しとったら?」
と言う。おれみたい。
「張さん、おれはいつもアホみたいな陽気な男ちゃいますよ。落ち着いとったら、ヘンですか」
「まあ、心配事は、大丈夫、何もあらへんて。おれが保証するから、」
 原田は上目に張さんを見…2人の身長は同じ位だが、今原田は凭れているので少し低い位 置にいる。
「張さんに保証されてもなあ……」
 おれは小声で、原田に、
「達っちゃんは、お前みたいに恥知らずな、非常識でない、常識人やから、おれも大丈夫やと思うで。お前が挑発さえせえへんかったら、」
と言えば、「こいつ、」と言い彼はおれをポカリと殴った。
「何の相談してるん。こそこそと。何の作戦?」
と目を丸くし、鈴木さんが問う。劉さんたちは、3人でおしゃべりしてる。
「別に。今日はどないやって盛り上げようかなーと、」
「鈴木さん、原田にあまり酒を飲まさんといて下さいね。酒は意外と、弱いですから」
「へぇ~~。……そりゃ意外……。どないなるん、」
「ただでさえ絡むのに、手が付けられんようになります…根っからの絡み野郎で、」
「いいだろ。別に。絡む位。お前がきちんと家まで連れてってくれるやろし、」
「一緒に住んどったら、得やなー」
 鈴木さんが言えば、宮川さんが、
「うちらも一緒に住もか」
「いややわあんたみたいなわがままな子と…絶対けんかするんちゃう?」
「おれは連れて帰ったらへんで。ほって帰る」
「言うたな…知らん間にB-3なんぞ買うて、どうなん、殆どおれの金で生活してんちゃん、お前。ゼイタクさしたらんぞ」
と、おれがぬくぬくと着ているB-3のムートンの衿をつまんで言う。
「あたしもそれ欲しい。後で着さしてね」
と鈴木さん。
 そうしてる間に、商店街の奥から2人がやってくる。少し緊張した笑顔の柴本さんの後ろに、冷たい鋭い目の達っちゃんが。
「来た来た、こんばんはー」
 宮川さんが彼らを見て言う。柴本さんは、「今晩は」と言う。声が少し引きつっている。
 影の主役は、彼のはずだ。はずなんだ。
「柴本さん、久し……。達っちゃんも、」
 達っちゃんは肩を並べて凭れているおれたちに、さっと目を走らし、反らす。
 原田も、取りあえずは目を走らせるだけ。そして壁から背を離し、
「ほんじゃ、行こか」
と言う。
 おれはまず柴本さんの横へ行き、
「柴本さん、言うことは自分で言うてや……。めっちゃ緊張してるやん、ちょっと気楽にしとれば……?」
 前を見ると鈴木さんらと張さんと、原田が話してる。
「原田に声かけてきなよ。……いいきっかけに、なるんちゃう?」
「原田と話、何したらええん、」
「あいつはそんな怖ない、優しいって。上手くフォローしてくれるわ、」
と言うと、柴本さんは睨み、
「お前、言うたな……」
 おれが背を押すと、それでも柴本さんは前へ行った。柴本さんも、偉いなぁ。
 彼1人分の間を空けて、おれは達っちゃんと横に立つ。おれはすすすと側に寄り、
「来てくれてんね。ありがとう、」
「本気で言うとんか。……柴本さんがごねるから、」
「達っちゃん……まず、言いたいことある。達っちゃんもじき目が覚めておれなんかどうでもええようになるとは思てるけど、取りあえず今、言っときたい。おれはやっぱり、原田のことが、誰より好きやわ。愛してる」
「フン……」
 地下鉄の駅の階段を下りながら、2人前を見ながら、
「あんたのことは、友達としてしか見れん。もう結論はとっくに出とる話やけど、あんたに抱かれとったのは、おれの思いやりのはき違え、ってやつやわ。おれはあんたのことが好きやけど、いつまでたっても、友達以上には変われへんかったと思てる。……あれは今思えば、愛なんかじゃなかったと。おれは初めてそーなった時から、女の代わりでええわ、いつ彼女が出来ても、友達に戻れるわと思てたけど、愛じゃなかったからや……。おれは今、原田が鈴木さんとおるのを見ても、落ち着かへん。嫉妬してる。おれはあいつがおれ以外のやつに目を向けるのを、許すことは出来ひん。独占したい……と思てる。おれはな、……」
と言っていると、改札まで行ってしまい、前に追いついたので、話は途切れた。原田がおれを振り返る。そして手を掴みぐいと引っ張る。
 そして手を掴んだまま、原田は達っちゃんに目をくれ、
「達……元気そうやな。何硬くなってんねん。もっとリラックス、スマイルせな女にもてへんぞ」
 なぞと言う。達っちゃんは、何も返事しない。ああ、早々にヤな感じ。
「朱美より始末が悪いよな」
と原田が口走る。それを聞きとがめて、鈴木さん、
「それが彼女の名前?」
「そう。……朱美は朱色、赤は赤か。……意外なとこに共通点があったもんやな。次ははいからさんかな」
「何、それ……。ふっるー。そう言えば、朱美さん就職はどうなってんやろ、」
「さあな、知らん。今度小山にでも訊いてみるか、」
「辻褄の合わない会話しとるなあ……あんたら」
 鈴木さんが言う。原田はにやりとし、
「オレ達秘密が多いもんですから」
と。
「そういえば赤よー。前の飲み会ん時、彼女おるて言うてたけど、あれ誰や。おれ聞いてへんぞ、」
と電車の中で柴本さんが。何もこんな時に言わなくてもいいのに。しかしまぁ、ライバルを減らしとこうという、予防線なんだろう。おれ、原田、張さんはこれで除外になるからな。
「おれです」
と原田が……。おれは頭を一つはつった。
「いらんこと言うな。……彼女ってのは、オンナだろ、女。お前は、男やろ」
「ぼく赤城君のためやったら性転換でもするわ」
としなを作る。
「気色悪い……していらんわ。そんなゴツい女、怖いだけじゃ」
 こんな話のために、飲むんじゃないぞ。柴本さんと話そう。
「柴本さん、今日は仕事中寝えへんかった?」
「いーや……な、達っちゃん」
 達っちゃんは少し目線をくれ、
「朝から張り切ってコーフンしとったからな。眠気どころでは、なかったんちゃう?」
「赤こそ、寝てへんのか」
「おれ?おれは眠くなるような仕事ちゃうもん。お陰様で」
「こいつんとこ電話してみい。気色いでー。こいつの口から、『おはようございます、○○です』とか『お世話になっております』とか言われたら、今でも吹くで」
と原田がおれを指す。
「原田こそ……気っ色悪いよな。あんだけ嫌がっとったくせして、チーフ、とか呼ばれると結構エラソウにしちゃって……高階クンなんか、ニヤニヤして呼んどるから、冷やかされとるだけやで」
「あのクソガキは、一度性根叩き直したらなあかん。お前みたいにな」
「柴本さんよ、おれは昔と変わってへんよな」
「赤城君は、最近生意気になったよ」
 ニヤニヤと鈴木さんが言った。
「そーやねえ……生意気にも三連休するし、」
 宮川さんまで……
「あっ、まだネに持ってるんですか…執念深いなあ」
「ホラ、反省の色が全然ない」
 鈴木さんが指さし言う。
「それは鈴木さんに対する自己防衛でしょ、」
と言うと、
「あたしはそんな怖い女か」
「そう思うわ。第一女捨てとるし。年増で、オバハンやし、」
 宮川さんが言う。すると柴本さんが
「でも、鈴木さんはそれだからいいと思いますよ」
と言う。宮川さんが肘で鈴木さんをつつく。鈴木さんは、しかし、
「それって、やっぱり私がオバハンってこと?」

 居酒屋は、金曜の夜で賑わっていた。奥の座敷に通されると、原田が一番隅に座って、隣におれ、横に劉さん、李さん、黄さん、向かいに原田の前が宮川さん、鈴木さん、柴本さん、達っちゃん、張さんという具合。
「原田君、チーフになったん?」
と鈴木さんがビールを注ぎながら言う。原田は礼をし、
「はぁ、お陰様で。今日はこんな盛大な会を催して頂いて……」
と言うのを、
「誰もお前のために祝ってへんて、」
と横から突っ込んでおく。
「まあ取りあえず祝っとこか。可哀想やし、」
と宮川さん。
「取りあえずとはなんですか宮川さん。君たち皆ヒラでしょ。ヒラには言って欲しないなあ。なぁ赤城君」
「手が付けられん。……いいんですよ、本当に。祝わんでも、」
「ではぼくの昇進を祝って。カンパイ!」
 おれの言うことなぞ聞いちゃいない。皆で「カンパーイ」とやる。
「でもさ~、原田よ、…やっぱ、祝われへんな。おれは」
と言うと、顔を寄せ、
「何で。やっぱ差ぁ付いて、くやしい?」
と言う。その顔を手で押しやり、
「あほか。……実質、給料下がったようなもんやったやんか。固定でさ……で、仕事は増えてよ、…」
「寂しくさせちゃってごめんね」
 飛ばしてくるなあ。ヒヤヒヤしてきた。皆はまだ受けてるけど。

実はこの話の、地下鉄の駅で原田が手を掴みぐっと引っ張るところで一旦止まり、1年半ほど続き書くのに空いてます。理由は、前回書いたのも少々、でも一番の理由はこの大人数飲み会を書ききる頭がなかったためです。点として書きたい、書くべきシーンはあるんですけど、上手く繋げれない。で、ほっといた。でもそれで良かったと思ってます。その間に震災含め色んなこと経験したし、続きが浮かんだとき、自分では納得行くものが、すらすらと書けたから。
で、その続き書き始めた日付が「悪魔」と一緒。1日にかなりの量を書いたもよう。

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