ブレイクスルー -9-

 おれは、チャンスをものにするタイプだという。
 前の会社で、雑誌のチャートの仕事をしたとき、校正がてら自分でもやってみたらそこへ行った。
 状況を冷静に判断、分析し計画を立て、計算に裏付けされた握力によってチャンスを掴む。ここぞという時は自分をアピールし、売り込む。
 しかし、ムリと判断すると、放棄する。
 結構当たっていると思う。
 おれは今まで、そうやって物を手に入れてきたからだ。
 前の会社で、ちょっと気に入りそうな、ルックスもそう悪くない女の子がいた。
 趣味も結構あいそうだった。彼女も、なんとなく気にかけてくれている風だった。
 おれは彼女に「釣られろ」という思いを込め、挨拶し、目を見交わし、意識した。
 その頃おれは、本当のところ違うヤツに、どうしようもない位強く惹かれていた。
 しゃべりたい、見ていたい、……おしゃべりの好きな、楽しい子だった。
 薄い色の、少しくせの入った柔らかそうな髪。白い白い外人のような肌。大きな目。桜色の唇。ルックスもおれの好みで、二人になるといつも、思わず抱き締め、口付けたくなるような衝動を抑えるのに苦労した。誰とも気安い子だった。
 唯一の欠点は、仕事はあんまり出来なく、失敗ばかりしていた。
 でも素直そうで、やっぱりほっとする子だった。
 ある時、彼女のデスクに仕事で用があって行った時、彼女はふざけて猫の真似をし、机に上半身を仰向けに預けて笑いかけた。おれは息が止まりそうになり、……その目に吸い込まれそうになり、…口付けて、今すぐ衣服をはぎ取って犯したくなってしまった。一瞬仕事のことも何もかも吹っ飛んでしまっていた。
 おれは彼女が好きで、彼女が欲しくて仕方がないのだということを、この時強く自覚した。
 しかし、おれは彼女と普通に接し続けた。彼女を観察していて、彼女が、原田を好いているらしいとおれは判断したからだ。
 おれは、毎日毎晩彼女を夢見ながら、もう諦めていた。原田は、別れた例の彼女が居たのだが、それでもおれは、振り向かそうなど思いもしなかった。
 そして例の子にはモーションをかけ続けた。おれの好きだった子は退社していった。
 例の子は、おれに誘いをかけるようになった。
 しかし、おれは、……やっぱりそんなに好きではなかったのだ。
 また、社内で噂の立つのを恐れ、冷たくなった。
 それでも、あのことがなければ、付き合っていたかも知れない。
 そんなある日、おれは柴本さんからその子が好きだということ、フラれたことを聞いてしまって、気兼ねしだし、ますますぎこちなくなり、冷たくなった。
 自分で気のあるそぶりを見せていたくせに、いい加減なヤツ。
 おれはただ、ゲームをしていたに過ぎなかった。
 後悔しない訳ではない。本当に欲しいものを、分が悪いからといって諦める。努力しない。
 手の届く範囲で手を打とうとして、出来ない。
 しかし、全て計算で出した答は、間違っていると思えない。そんなことはないかも知れないと思いながらも、冷めている。
 好きな想いは、間違いなかったのに……。
 それは全て過去のことだ。今はもう、思い出すことも余りない。
 ただ、おれは達っちゃんをも、そうやって得たという思いがあるだけだ。
 「逃さない」と思った時から、おれは彼を狩っていった。
 それは別に、友人のつもりだったけど、最も親しい位置を手に入れようとした。
 勿論彼は大好きだった。こんな人、そうそういない。のめり込み、手応えを感じると、少しずつ押し引きし、釣っていったような気がする。
 恋の駆け引きなんて、そういうものかも知れない。けど、何か違う。
 同性だからか。そうじゃない。
 よく、判らない……。
 ただ判るのは、同性とか異性とかは、おれにとって全く意味のないことだということ。同性だろうが異性だろうが、いや同性により、おれは強く惹かれてきたという気がする。その全てを得たいと。同化したいと。
 そして、だましながら…。彼は、おれの幻を見ているのではないだろうか。
 彼が、そんなおれの本質に思い至る日はいつだろう。来るだろうか。
 彼は、平凡に幸せを見いだすタイプだ。おれはそういう人を尊敬している。
 でも、おれは、…いけない。自己評価で全てを見てしまっては。
 自己完結は、やめなければならない。
 他人も自分も、騙したくはない。

 次の日、原田がやってきた。
「何、平日に」
 おれが驚くと、
「病欠」
「あきれたヤツだ」
 取りあえず入れる。
 彼は雑然とした室内を見回し、おれを見て
「男の匂いがする」
「何言ってんの。当たり前だよ……。おれの家なんだから」
「荷物ちょっと増えたな。このシマシマパンツは、達の?」
 洗濯しようと置いておいた籐のランドリーから、トランクスをつまみ上げる原田。
 おれはひったくり、ランドリーを抱えベランダへ行った。
 原田は四畳半から六畳間へ入り、開けた押入や、布団、散っている雑誌やCDを立ったまま見回す。
「今日は、何しに?」
「最後の休日を、思い出作りに費やそう」
「思い出…?悪い思い出にならなきゃいいけど」
 おれは全自動洗濯機を回すと、六畳間に入った。彼は布団に座っていた。
「おれ、石原さんのこと思い出してた」
 散らかってる物を拾い、押入に入れながらおれは言った。
「何で。もしかして、好きだった?」
「うん」
 後ろでふーっと息を吐く音がする。タバコを吸っているな。
「おれカンはいい方だと思ってたけど、全然判らなかった…」
「おれ、隠すの得意だもの」
「だったら何で…好きだったら何で意思表示しなかったんだ。…残業にかこつけて、送別会にも行かなかったよな」
「彼女は、お前のことが好きなんだと思ってた」
「………」
「いいんだ……。言い訳だし、済んだことさ。ただ、……もうあんなことは、止しにしたい」
「あんなこと?」
「自己完結。…世の中は、おれが思ってるように回ってる訳じゃない。おれはお前がおれを欲しがるなんて、思いもしなかった」
「お前は、観察力は、優れている方だと思うよ…それは、当たり。でも、おれは彼女を受け入れなかったから、彼女は離れて行った」
「あんなに可愛い子だったのに」
「……。でも彼女は、おれじゃない。おれでなくてもいい」
「勝手なことを」
「おれは、恋人として、彼女を見れないよ。……分かるでしょ」
「分かんないよ。お前はおれの計算外の産物だもの」
「何だそりゃ」
「おれは世の中を、計算尽くで動いてる。出来ないことは、しないタチ」
「発展性のないヤツだ」
「そういうおれを、原田は知ってるんじゃなかったのか。…そんな、ずるいおれを」
「お前は最近、おれに気を持たせるつもりにしたらしい…でも達との安穏な暮らしが手放せない。あとは…そーだな。内にためるタチ。外面は素っ気ない。でもほんとは熱いし、短気で堪え性がなくはっきりしたヤツ。…ハデ好きで…というのは見たまんまか」
「でも、おれそこまで思う存分好きなカッコしてないぜ。性格間違われそうで、」
「バカだな。それがお前だろ。…あんまヘンなカッコされても困るけど。お前の女みたいな色っぽいカッコ、おれ好きだぜ」
「ああ…シルクとか花柄のこと?」
「丈の短いおヘソが見えるTシャツとか。…前、イキナリ来た時の。あん時のお前は、全然回りを気にしてなかったよな。それでお前が、掴めたよ。しなってて、ちょっとゾクゾクしたけどさ…。人目を気にして、ネコ被ってる、つもりだろ。だから、言いたいことも言えず内に貯まっていくんだ。外面はいじまえよ」
「原田さんは偉い…。でもおれが、皮を剥いだらドロドロの化け物が現れるぜ」
「まさか。誰だってそうだろ。お前が思ってる程、グロいものじゃないはずだ。…気にせず、その化けの皮をはいでみな。Hしよか」
「また、そういう、……」
「偏見捨てろよ。お前はHの時だけは、正直者だ。いつも固めている外面がはげて…。おれといると、安心するだろ」
「さあ……」
「昨日みたいに、憮然としてないだろ」
「……そうだよ。安心する。……あんたになら、何をさらけても大丈夫だと思ってる。受け止めてくれる気がする」
「達は」
「夢を見させてくれる。幸せを分けてくれる。……でもおれは、彼を騙してる」
「騙してる?」
「騙してる。原田のことも、何もかも…。おれは、あるべき人物を想定して、演技してる。賢く、素直で、可愛くて、冷静なヤツをさ、……」
「なんじゃそりゃ。賢く素直で可愛くて、はともかく、何で冷静が可愛いんだ」
「だってそうなんだもの。クール、って言えばいいのか。クールだけど、達っちゃんにだけは素直に可愛く応えるヤツ。でいいのかな」
「……それ、夜のこと……?」
 少し抑えた口調で言う。おれは途中からサッシ際に座って外を見ながらしゃべってた。日差しの中の木々の緑を。ただ、原田を見るのが恐かっただけだ。
 その引きつるような声に、初めておれは彼を見た。恐いくらい険しい表情。鋭いきつい目。
 今にも飛びかかるような、狩猟動物の射るような目。ゾッ…と背筋を寒気が走る。
 おれはあえて、笑った。そして、首を振る。
「何も出してなかったな…何か飲む?ジュースでも」
「別にいいよ…」
「おれ、ジュース飲みたいわ。……いらない?」
「口移しなら、飲んでもいい」
「バカだな。……する訳ないだろ」
 おれは視線を感じながら立ち上がり、1リットルパックのジュースを取ってき、また元の所に座って飲んだ。一息つくと、
「いやらしい性格……。ほんとにおれは、歪んでるよ。でももうおれは、自分のありのままの思考や行動がよく判らないんだ。常に、人を見てしまうクセがついてるんだ。…常識が全てさ。そんな自分が自分でキライだから、お前がよく判らない。オレを好きと言ってのけるお前が」
「達は」
 ブッキラボーな口調。
「彼は…おれに幻惑されてる。騙されてる」
「お前があやつってるとでも言うつもりか。…思い上がりだな」
「そうかな」
「おれはどう思う、」
「……分からないって、言ってるじゃないか。おれのどこが好きなのか」
「どこと言われても、ちょっと困るんだ」
「身体だけだろ。男の身体の何が楽しいのかねえ」
「……そう。ということにしとくかな。今すぐ奪いたくなりそうだから」
 目の端でちらりと見ると、彼は少し渋い笑を作る。
 洗濯機がピーピー鳴ったので、おれは外に出て干した。
「今日は、何する?あんまり、ハイじゃないけど……」
「おれの前で、取り繕うのはよせよ…おれも充分、暗くなったけど。…海に行こうか」
「釣り?」
「いや、遊園地にしようかな?…恐怖が愛を盛り上げる」
「男二人で、遊園地だなんて…カッコワルイ」
「今日は運転させてやるぞ」
 おれは少し心が弾み、彼を笑って見ると、彼も笑う。
 おれは立ち、着替えを探し始めた。すると後ろから、
「今日はパンツを、はくなよ」
 と言う。
「……!(赤面していたな)カンケイないだろう、する訳じゃなし……!」
 無言で煙をふかす彼。原田の言ってたTシャツに、手が止まる。だけど避けて、長袖の白いTシャツに、Gジャンにストレートを着ることにした。
 原田は、チノのカバーオールに縞のシャツ、ジーンズだ。おれが振り返り、
「見ないでよ」
 というと、彼は、
「男同士じゃないか」
 だと。都合のいいヤツだ。
 おれはそそくさと四畳半へ行き、着替えた。下着は…付けなかった。
「あんまり優しくしないでくれ……おれはどんどん、つけ上がるよ」
「もう暫くしたら、怒ってやる」
「もう暫く?」
「お前がおれに、ゾッコンになった頃に」
 原田はニヤニヤと笑った。
「その方が、いいかな」
 急に言うので、「何が」と問うと、
「今からでも、矯正してやる。……仕事は、まあいいか。まだ怒る理由が見つからないな。…こっち、来いよ」
 布団の上に座ったまま、手招きする。おれは、吸い付けられたように寄って行く。
 抱き締められて、キスをする。何という心地よさだろう。そのまま布団に寝かされ、覆い被さられキスを続ける。おれは、背に手を回す。このまま強く、狂おしく愛されたい。確かめたい。
 だけど、すぐに放し、立ち上がる。きちんと戸締まりをして、出かけた。
 おれはなかなか浮上できなかったが、彼は気にしなかった。でも、色々と話題を振ってくる。おれも次第に調子を出し、港に着くころには大分ハイになってきた。
 空は底抜けに明るく、海は空の青を映し、濃く、青くきらめく。岸近くの海は汚いが…。
 原田は車を止め、おれを見る。おれも見つめ返す。原田はキィを抜き、おれの前にぶら下げる。おれが取ろうとすると、引っ込める。だんだんムキになって、彼の肩を掴み奪おうとする。彼はおれを膝の上に抱き取ろうとする。
 そっちに気を取られたすきを狙い、おれはキィを取った。
「いただき」
 おれはさっと身を引き、外へ出た。運転席側に行き、ドアを開けても原田はステアリングに腕をかけ、座ってる。
「どけよ」
「やだ」
 腕を掴み引っ張り出そうとすると、彼もおれを引き寄せる。彼が力をゆるめおれがよろけたのを、抱き寄せる。おれもこの手を使おうとさっきから思っていたのだが、こっちは立ってて、向こうは座ってる。分が悪いので、使いあぐねているうちに……。
 おれは耳や鼻を引っ張り、抵抗した。
「放せ。どけ。おれが運転する」
 彼はやだ、やだとぐずりながらドライバーズシートをおれに明け渡した。
「壊すなよ」
「おれの車じゃないから、手荒に扱ってやる」
「一ヶ所ごとに、一回、襲うぞー」
 うらめしげにせまる彼。おれはキィを差し込み、エンジンを入れ、クラッチと……。これはマニュアル車だ。ブレーキを踏み、サイドブレーキを下げ、ギヤを掴み…だよな。
 後ろを確認の後に、きちんとウィンカーを着け、アクセルを踏み込む。1速、2速、…久しぶりでも、意外とクラッチワークは上手くいくものだな。真っ直ぐな道を、70km位で走る。カーブで少しふくらむ。原田はビビってる。
「ゲームとは、違うな」
 おれが言うと、「当たり前だ」と。広い駐車場を蛇行したり、急ブレーキをかけたりする度に、「気持ちわるい」と、さも気持ち悪そうに言う。
 そのまま街に出て、食事をした後、また海岸線に沿って車を走らせた。
 だんだんと日暮れ、じゃない、こういうときは日没だな…が、せまる。
「おおー、きれい。今日は雲がないから、日没がきれいだなァ」
 原田が言う。「どれ、」と脇見しようとすると、「お前は見るな」と腕を伸ばし頭を戻す。
 急に、「路肩に止めろ、」と言うから、止める。ガードレールに接近しすぎて、ぶつけそうになった。
「バカヤロウ。くっつきすぎだぞ」
「悪い悪い。ちょっと前に出そうか」
「やめとけ。ぶつけたら困る」
 車の中から日没を眺める。太陽は、上空にある間はその動きを感じさせないが、水平線に近寄り、赤味を増すほどに急速に落ちていく。
 まるで、海に吸い寄せられるように……。全てが朱に染まる一瞬。
 そして、薄墨が広がり、闇が始まる。
「太陽は赤く燃え、海に吸い寄せられ、飲み込まれた」
「何かの一節か?」
「いいや。おれ。文学青年だろ」
「ありきたりだな。でも太陽はお前、海がおれだな」
「ううん……太陽はお前、海がおれさ」
「おれがお前に飲み込まれるってのか……そうだな」
「またHに持っていくだろ。違うよ……!」
 おれの昏い部分に、飲み込まれるのさ。
「さぁーて。どけ。ここからの発車は、絶対お前にさせん」
 おれは素直に外へ出た。原田も出て来、おれが奥の助手席へ行く。
「今日、達は?」
 ステアリングを握りしめ、原田が言う。
「飲みに行くって。おれも誘われたけど断った」
 またニヤニヤするので、
「冷めてないよ……!残念ながら、」
「今日は帰したくない」
「は?」
「このままどっかで、夜を明かそう」
「それは困るよ。常識がないな」
 原田が車を出す。
「どこへ……?」
「海岸。浜辺」
「寒いし、暗いし、何が楽しい」
「何でも楽しいだろ。相手次第で」
「お前絶対風邪引く。明日はほんとに病欠だぞ」
「そんなヤワじゃないって」
 砂浜へ車を乗り入れる。
「ねえ、波打ち際を走らないの、車で」
「そんなことせんよ。サビる」
 けっこー車に甘いヤツだな……と思い、外に出る。寒い……風が、吹きすさぶ!
 波は暗く打ち寄せる。今夜は月のない夜だ。
「ああー。つまんねえ。寒い、寒い!」
 おれが両手で身体を抱き言うと、原田はおれを波打ち際へ引きずって行く。おれがちょっと押すと、ヤツは波に足を踏み入れた。「冷たい!」と騒ぐヤツ。ざまぁ見ろ。
 原田はおれを海にたたき込もうとする。モロチン、おれも。足がもつれて、二人とも海に倒れ込んでしまった。冷たさは、格別!服が濡れて気持ち悪い。濡れついでに、暴れ、泳ぐまでは…出来なかった。波にさらわれそうだった。こんな所で、ニュース種になるわけにはいかん。たしか2、3日前、そういうニュースがあったばかりだ。
 暴れている間は良かったが、上がると風に吹きまくられて、歯の根が合わない。
 原田さん、くしゃみしてらっしゃる。だから言ったのに。
「服、乾かさないと……」
「おお、」
 おれを脱がそうとする。潮がベタつく。おれは払いのけ、
「ダメだって、……まだ9時前だ。街へ行こう」
「行ってどうする」
「服買って着替えようかなーと」
「ベタベタしたまま、車に乗る気か。おれの可愛い、ファミリアに」
「しょうがないだろ、風邪引いちゃう」
「この砂浜で二人、夜を明かすのは?」
「却下。身も心も冷え冷えしそう」
「サウナがあったな。コインランドリーもあればいいけど」
「じゃあ行こう」
 車に入ろうとすると、引き戻す。
「しょうがないだろ、お前が悪いんだぞ」
 とおれが言うと、抱き締め、唇を塞ぐヤツ。そのまま砂の上に、寝かされる。
「全く……!」
「一通りのことはやりたいもんで」
「マニュアル君め。うれしがり」
 首筋にキスを受ける。ちょっとその気。だけど、おれはいやだな。こんな所で。
「砂がつく。はいお終い」
 手の平でヤツの唇を塞ぐ。ヤツは身を起こし、手を差し出しておれを立たす。砂をはたくが、濡れているので余り落ちない。髪の中もざらざら。
「お前アホなヤツだなあ。ますます車が、汚れるぞ」
「もう一度入ってこい。海の中に。おれが許す」
「バカヤロ、」
 おれは海へとって返す。砂を落としていると、ムラムラきたのか、原田もやってき、海の中へ押し倒す。キスをしていると、原田はくしゃみのため、身を離した。
 おれは立ち、車の方へ歩いて行く。素足にデッキシューズで良かった。おれは靴を脱ぎ、ひっくり返すが水は余り落ちない。
 Gジャンを脱いで絞っていると、原田が寒そうに戻って来る。
 乗り込むと、原田は、
「さて、カーセックスしよか」
「………。車汚れても、かまわないのか」
「寒くて死にそう。今すぐ暖まらないと」
 言いながら覆い被さって来る。そのままシートを倒し、自分のシートも倒し、抱き締める。
 口付ける。原田は上着だけ脱ぐと、喉の奥深く舌を絡めてキスをし、……おれの表現って月並みだな。でも、書くだけでも気恥ずかしいからカンベンして欲しい。
 原田はそれからおれのジーンズに両手をかけ、引きずり下ろすと、舌を這わしてくる。
 先端をくわえ、舌を尖らせ、割れ目を押し開くように…一気に体中の力が抜ける。舐め上げ、すっぽりとくわえられ…さざ波のように、快感が押し寄せる。
 おれは微かに声を漏らし、息を震わす。
「久しぶりだ…いい声だ。女のように、甘ったるくない所がいい」
「ん……」
 どんどんとたかまっていく。熱い……。脳裏に瞬く光彩。
 おれは喉を大きくのけぞらせ、身体を強ばらせる。腰が浮く。原田は腰を抱え上げ、強く吸う。声が…出る。
 原田はジーンズを脱がせ切り、濡れて張り付いたTシャツをじわじわとめくりながら、舌を丹念にはわし、上ってくる。おれの上に、上ってくる。
「何一つ、抵抗の言葉も、漏らさないな…」
 喉元にまで上って来、袖を抜きながら言う。
「……」
 抵抗してもムダだ、と思ってる訳じゃない。抱いて欲しいのだ、と身体が、心が言っている。原田が「欲しい」のだと……。
 おれは視点の今一つ定まらない目を開け、口を開く。
「舌を差し出してごらん」
 おれは目を閉じ、言われた通りにする。原田は、その舌を、くわえ、自分の舌をこすりつけ、少し噛んだ後絡めて口を塞ぐ。おれは、濡れた木綿のシャツ越しに、熱く燃えている原田の身体を抱き締める。
 濃厚なキスや、その合間に受ける顔や喉元への愛撫が再びそこを堅くさせる。
 激しく、濃厚な原田との時間。しかしおれは、突然ぞくりと身を震わす。
 こんな激しいときは、長続きしやしない。烈火の如く燃え上がり、あっという間に燃やし尽くす。おく火だけを残し、燃えかすを残し。くすぶるだけだ。
 諸行無常…おれたちは、空しさしか残せないのではないだろうか。
 怖い。この快感が、去ってしまうのが。
 何も考えたくはない。考えさせないで欲しい。
 原田は、両足を広げてかかげ、穴に愛撫を加える。やがておれの中に侵入してくる。
 全てが吹っ飛ぶ一瞬。
 その動きに合わせ、おれは喘ぎを漏らす。すがりつかずにいられない。
 彼の動きが激しくなり、おれにも快感が押し寄せる。原田が放つ。身体が震える。強くすがりつくおれの腕を、彼が外す。じっと見交わす。薄暗闇の中で。
 目が、微かな光を反射し、濡れてきらめく。
「原田……勇二……」
 おれは彼のフルネームを呼んだ。呼びたかった。
「赤……好きだ……」
 抱き合う。甘い、痺れるような感覚。おれはその手を彼の胸元に当て、膝を折り、ずり下がりながら、彼の身体の線に沿って手を滑らす。
 原田は仰向けに寝ると、おれを見てニヤつく。
「やって」
 おれは少し彼のその表情に目を走らせ、痺れた頭の芯をもって口を開け、先だけをくわえ、舌を這わす。充分漲っているそれを愛する。
 なんとも言えない、ヘンな味。ふっと、「拭けば良かった」と脳裏で思う。
 でももう、いいや…。おれは目を閉じ、喉の奥深く飲み込む。舌をこすりつけるように這わす。この硬いような、硬くないような、張りつめた感触は、悪くない。
「いいよ。なかなか……」
 原田がうっとりと言う。だるそうにか。震えてはいない。
 吸いながら唇を離し、裏を下から舐め上げる。あとは…?原田の真似をしようか。いや、もっと直裁に、まだ飲み込みたい。くわえたい。
 髪を掻き上げ、口全体でくわえようとすると、
「お前、覆い被さってこい。69しよう」
 と少し弾む息で言う。げ……、それはちょっと、……恥ずかしい。
「そんな……」
 おれの声は、結構甘ったるくなっている。「いいから、」と足首を掴まれる。股を開き、太股を掴まれ、舌でなぶられる。自分の痴態が恥ずかしい。それだけで硬く勃ってくる。熱く湿った口にくわえられ、更に身体が、脳がじんじんと麻痺してゆく。おれは、目の前にそそり立つものを吸い付くようにくわえる。頭を上下させ、奥深く滑らせ、舌でなぞり、……口の中にも、快感だ。
 下半身に加えられる刺激と、自分から求めていく快感で、頭の中は真っ白状態。原田がぴったりと吸い付く。腰を強く掴まれる。
 蠕動が始まり、彼はおれの口内に放つ。おれは、飲もうと思ったけど、受け止めるだけで飲めなかった。ダッシュボックスの上のティッシュを抜き取り、口の回りにあてがい、こぼすと、まだ緊張してるそれの先端だけに口をつけ強く握った。ティッシュをまた取り、拭い上げるようにする。シートの下にある、コンビニの袋にティッシュを捨てる。
 口内の残るものを嚥下する。味…独特の。
 射精の間口を離し休めていた彼は、荒く息をつくと、再びくわえこみ、口全体で刺激を与えてくる。おれは、彼の上に身を預け、頭を折り、息を吐き緊張に堪える。出る。
 寒くなんか、ない。熱い。おれは横になる。
 原田が這い上るようにやってくる。
「もう……もう終わりにしよう」
 おれは息を弾ませ言う。彼の顔。目の前に浮いている。目に…吸い寄せられる。
 なんて蠱惑的な顔。長い首筋。広い、胸…。
 おれはのめり込みそうだ。このままでは。
「何言ってるんだ」
「やめないと…愛してしまう。愛しすぎてしまう」
「愛しすぎる、大いに結構じゃないか、」
「終わりが来てしまう…空しさだけが残るよ…」
「まだ来やしない、」
「来る……。こんなに激しければ、おれは…怖い」
 こんなにも原田を欲してる自分が。もっと、もっと愛したい。おれは彼の喉に舌を這わし、シャツのボタンを外し両手で押し開くと、胸に口付けを繰り返した。潮の味がする。張りつめた胸の筋肉が、安心感を与える。
 やめたい…と思いながらも、愛撫は止まない。彼の裸が、見たくてたまらない。男らしいその身体が。
 おれはシャツの下から彼の背中に左手を回し、右手でシャツを肩口から滑らせていった。鎖骨が、丸い肩が現れる。きれいだ…と思う。
 力強い肩が、官能的だ。原田が、袖を抜こうとする。
「脱がないで…おれが、抜く」
 片手ずつ浮かす腕から、袖を抜く。すべらかな身体に抱き締められ、口付ける。
 欲しい。この身体が。
「やめ……もう、お終い」
 口ではそう言いながらも、両手で彼の身体をくまなく撫でるおれ。
 今度があったら…先に愛撫を始めるのはおれかも知れない。
 だけど…何か危うい。おれは、満たされ過ぎている。彼は……?
 失いたくない、と思っている。この情熱を。彼の愛を。
 未練を振り切り、両手を撤退させる。見上げる。彼も見下ろしている。
「おれのこと、愛したか」
「存分に…怖い」
「何が怖いんだ。達か。愛することか」
「失うことが…こんなに、欲しくてたまらないのに」
「欲しければ、求めろよ」
「のめり込んでいって、…追いすがる」
「悲観的なヤツだな。やっと自分から動き出したと思えば、」
「とにかく、今日はここまで…絶対に。もう身体も温もったし、早く、離れて…」
 彼を見上げる。
「色っぽい…そうだな。手応えを得たことだし、この辺で、お預けにするか」
 反対側に移動する彼に、抱きつきたくなる。抱きついちゃ、いけない。
「色っぽいのは、お前……。官能的な身体してる」
「お前はおれに、ゾッコンだ」
「どう。あんたはおれを、釣り上げたよ」
「満足感だ」
「寂寞感は、ない?」
 おれは刺すような目で、彼を見据える。
「ふざけるな。お前のこと、放さないぞ。おれは」
 おれは髪を掻き上げ、腹這いになり、くすくす笑う。
「おれのタバコ、取って…」
「ダッシュボードに、おれのがあるだろ」
 おれは腕を伸ばし、ダッシュボードからタバコを出す。ラッキーストライク。ライターはZippo。
 独特の音を立て、火を点ける。
 一口吸って、喉の奥深く煙を染み渡らせ、ふーっと絞り出すように吐く。
「結構軽いな。これ。あんまり味を感じない」
「お前のキャスターよか、ニコチン、タールは多いぜ」
「でも軽い。…お前、そっくりかも」
 俯き、口の端を上げたあと、しっかりと目を見交わす。切ない思いが広がる。切なく、息苦しい。
 おれは左手を伸ばし、じっとしている彼の鼻を掴んだ。
 彼はぎょっとしてる。頬の肉を、今度は思いっきり引っ張る。
「な、何すんだ、」
「こんな顔なんて、…こうしてやる」
 灰皿に吸い殻を揉み消し、両手で彼の魅力溢れる顔を歪ます。
「全く、訳の分からん…歪んでるぞ」
「お前の顔が?」
「おれの顔が歪んでたまるか。お前だ、お前」
「好きな子は、いじめたくなる」
「ガキだな。おれならこうしてやる」
 彼はおれをぐいと引き寄せ、おれの敏感な首の付け根をきつく吸う。痺れが体中を走る。
「ああっ……」
 それだけで、息が激しくなる。
「その声…!たまらんぜ」
 肩で少し息し、服に手を伸ばす。ゴワゴワした、ジーンズ。
「着たくないな。こんなの、」
 おれが言うと、
「裸でいれば。きれいだよ」
「ふざけるな。猥褻物陳列罪でタイホされちゃうぞ。お前も早く、気持ち悪くても着るんだ」
「余韻もへったくれもないヤツだな、お前は…。また、早く帰りたい、か?」
「当たり前。もうサウナなんて行かず、とっとと帰ろう」
 気色悪い、冷たくゴワゴワしたジーンズに足を入れていると、原田はおれを両手で後ろから抱き寄せる。耳元で息をつき、
「達は…達はお前をどんな風に抱く。この身体を、どんな風に……」
 熱くなってる。彼は今、嫉妬にさいなまれているらしい。おれはぞくり、と身を震わす。
 何故かは、判らない。
「普通…普通だよ」
「お前はそれに、応えるのか。あの声で…あの表情で、……」
「原田…お前、そんなに熱くなるなよ、」
「ならずにいられるか、」
 口付けられる。熱くならないで…もっと落ち着いてくれ。全てをからめ取るような、そんなキスをしないでくれ。そういう思いを込め、腕を強く掴む。
 やっと解放されると、おれはジーンズをはきおえる。原田が後ろから手を這わせ、忍び込ませる。
「原田…!目を、覚ませよ、そんなに、怖い目をしないで…!」
「帰さない。絶対に」
「目を覚ませ…!その感情は、嫉妬故だ、愛じゃない、おれを、見ろよ…」
「見てる。見据えてる」
 おれは彼の頭を抱え、キスした。
「満たされない。おれは満たされねえよ…」
「原田…殴っていいよ。おれはまだ、どちらも選べない」
 強く抱き締められる。
「間違いなく、愛してるよ。お前を…それは疑いない。こんな下らないおれがさ…本当に。怖いほど、お前を」
 原田は黙っておれを放す。おれはTシャツを着、まだ険しい顔してる原田のシャツを掴んで…少し困った顔をし、すぐ笑顔を作り、
「原田…らしくねえぞ。いつものお前は、どうした」
 と肩にシャツをかける。
「全く、ほら、達っちゃんのことは、忘れて」
「お前も忘れて、二人で朝まで何かしよう」
「だだっ子みたいなことを言ってくれるなよ。暫く待つの暫くは、こんなにちょっとだったのか?」
 原田はむっつりしたままだ。こいつは、ちょっとやそっとじゃ、元に戻りそうもない。
 おれ如きに、冷静になって欲しい。でも、冷静になりすぎて、愛を失いたくもない。
「ねえ、着て…!街へ出たら、家に電話するよ。そして…くしゅん、」
 おれがくしゃみすると、彼は目が覚めたような顔をし、
「寒いのか、」
「お前も風邪引くぞ。お前は引きやすいからな。サウナか、ホテルに行ってさ…、やっぱ、あんま良くないな。服だけが問題だもの。ローソンに、バスタオル置いてたっけ」
「あったら、」
「コインランドリーで、乾かそう」
「なかったら、」
「帰る」
 彼もぶるっと身を震わし、
「しょうがないな…ありますように、」
 と言いながらシャツをはらりと落とし、タバコに手を伸ばす。
「着ないの」
「よけー寒い。お前も脱げ」
 おれは少し胸元に手を上げ、ためらったのち、Tシャツを脱いだ。
 タバコを取ろうとすると、吸いかけを口の前にかざす。一口吸って、返す。
「原田。元気出しなよ。出してよ…。自信満々のお前が、好きだよ」
「自信なんて…あってなきが如しさ。おれはそれほど、楽天家じゃない」
「なっちまえば。充分そう見えるけど」
「まだおれを見誤ってるな」
「そうかなあ」
 おれがにやりと笑うと、彼はやっと吹っ切ったような顔で、
「まあいいか。お前達のも、舐めたか」
「また、そんな…!彼は、そんなこと欲しない。おれがリードするのも、きっと好きじゃない…」
「もっと色々、やろうな」
「あほう、まだ何かあるのか、充分だろ、」
「そうだ、馬乗りになってもらって、縄でくくって、…ローソクたらして…」
 おれは引きつる。彼はくっくっと笑い、
「可愛いつらだねえ。そそるなァ、ほんとに、」
「身体ばかりが、目当てなんだろ、本当に、」
「だめだ…本当に、本当に帰したくない。達のところになんか…」
 原田が覆い被さる。おれはほっぺたをひっばり、
「女々しいぞ、」
「何とでも言え」
「電話して、友達んとこ泊まるって、言うよ…。それでいいだろ?」
 彼を抱き寄せる。身を起こし、頭を抱く。暫くそうしていると、
「いや、帰れ…」
「帰らない」
「せっかくおれが…、」
「じゃ、帰る」
 笑みをこらえ、彼を見ると、
「こいつ……!」
 と殴られる。軽く。
「ひどい、愛する人に手をあげるなんて、」
「きさまなんぞ、こうだ」
 おれのように、顔を引っ張り歪めさせ、くすぐって押し倒す。おれは笑ってしまう。
 その手を止めると、少し見つめ合い、キスを交わす。
 腹這いになって、タバコを吸いながら、
「ねえ、何でラッキーなんだ?」
 と聞けば、原田はニヤつき、
「おれの人生哲学にピッタリの名前だろ。絡め手は使わず、直球勝負だ。そしてラッキーを取る」
 おれを人差し指で、銃で撃つように指す。
「成る程ね。いかにも。でもこの意味、原爆って知ってた?」
 とおれもニヤつき彼の指を彼の方にむき直すと、彼はフンと言った表情で、
「そんなこたぁ~おれにはカンケイねー。大体デザイン気に入ってるし、味気に入ってるから、いいんだ」
 と開き直る。そして彼は俯き、長い前髪が、横顔の目を隠す。彼は今、どんな目をしているだろう。
 おれはふっと時間が気になり、時計を見た。10時半近い。
 シートを上げ、おれは運転席にいたので、エンジンをかけ、
「さぁ、ローソン行こうぜ」
 と車を出した。夜の道は、空いている。真っ直ぐな道を走らせていると、原田が助手席から手を伸ばし、チャチャを入れる。危うく蛇行しそうになる。
「危ないな、お前となんて、心中しないぞ、」
「おれは、いいかもよ」
「ふざけるな。おれはまだまだ死にたくないし、痛いのはキライです」
「軟弱者」
 おれはわざとハンドルを回し、ぶつけようとする。原田はぎゃっと叫び、
「ヘタクソ!」と怒鳴る。その焦った顔が、面白い。
「ホラ見ろ、お前だって、死にたくないくせに…カッコウつけやがって」
「お前と一緒に、居たいよ…生きたい」
 抑揚のない声で原田が言う。彼の顔に目を走らせると、彼は微かに笑った。苦み走った…って言うんだろうな。こういう男の、こういう表情を。
「原田勇二君。君はちょっと、変わったね」
「クサイか。女々しくなったか。…何とでも言え」
「おれに飲み込まれた」
「……。お前は、おれに、のめってくれたんだろ」
「さてね…。じゃ、見て来るよ」
 郊外型のローソンの、駐車場に車を止めると、おれは未だに湿っているTシャツを被り、サイフを掴んで外へ出た。
 おれはコンビニで、雑誌や食い物程度しか買ったことがない。
 HanesのTシャツと、柄物のトランクスを買い込み、戻って行く。濡れた服のおれを、店員はちらちらと好奇の目で見ていた。
 外の自販機で、ホットコーヒーを1本買う。
 原田のやつ、ちゃっかりと運転席に座ってる。缶コーヒーを差し出しすと、「アチィ」と言いながらプルタブを引く。喉を鳴らして彼が飲む。
「一人で全部飲むなよ」
 と言えば、「策士」と言って一口飲む。
「何で」
 彼はおれの顔を引き寄せ、口付けて嚥下させる。ぬるくなった甘い液体が喉を滑っていく。まぁおれも、ちょっと考えないでもなかったが……。コーヒーそっちのけで、キスにのめり込む。
 はた……と気付く。店員に見えてないよな…。
 住宅街の商店街の24時間のコインランドリーを見つけ、おれが乾燥だけと言い張り、やつが洗濯もと言うのを、ムリから乾燥機に上着を突っ込む。
 明るい蛍光灯の、静かな店内で、黙って服を脱ぐおれたち。原田の身体が露わになる。眩しい。彼は背を向け、服を放りこむ。
 均整の取れた、広い背中に、堅く締まった、エクボ、というには大きなくぼみを持つ筋肉質の彼のお尻。その下の、長い、足。
 彼は振り返る。どきっとする。おれはジーンズのボタンを掴んだまま、顔を反らす。
「脱がせてやろうか」
「いいよ、」
 超恥ずかしい。おれのなよっちい身体を、こんないい男の前で、明々としたこんな所で晒すなんて。潮が白く浮きかけたジーンズを、彼に背を向け脱ぎ去る。原田はじっと見てる。視線を感じる。どうして着替えを着ないんだ…焦りを覚える。
 おれはベンチに座り、ビニールをびりびりと破り、Tシャツを出そうとすると、ヤツが…来た。背後から抱きつき、手を、あそこへ伝わせていく。
「原田…!やだって、こんな所で…!」
 コインランドリーの乾燥機は、店の奥の方に並んでいて、ベンチがその前に一個だけある。ここから入り口まで、洗濯機が店の中央に2列に並んでいるとはいえ、入り口は、間口いっぱいのサッシ、素通  しだ。おれは、身を捩り、抵抗する。彼の手は、おれのものを、しごき続ける。息が荒くなってきた。羞恥心とない交ぜの、身体を突き崩すような激しい快感が、おれを襲う。もう、だめだ。痙攣が始まる。
「ああ……っ」
 彼の手に放つ。彼の手を零れて、ローソンの袋の中に滴り落ちていく。
 パサリ、パサリと袋が音を立てている。音が止むと、彼はおれをベンチの上に仰向けにし、ひざを立てさせ、舌でぬぐい取る。
 おれは激しく胸を上下させながら、目の前の、青白い蛍光灯を睨んでいる。
 また…欲望が兆す。
「原田、ちょっと、ちょっと、」
 彼も頭を起こす。おれは身を起こし、腰を引き、
「目的を見失ってる。早く乾かそう」
「10分やそこいら、着替えるまでもねえ、1回分だ」
「誰か来たらみっともないだろ……。早く着てよ」
 原田は渋々と白いTシャツを被り、トランクスを出し、
「ヘンな柄」
 茶色系統のペイズリーが、気に入らないのか。しかしはく。
「おれの初プレゼント」
 おれが立て膝を抱き、上目遣いに言うと、
「いきなりパンツか。スケベったらしいお前にピッタリだ」
 とすまして言う。ふざけやがって…。スケベは、貴様だ。
 あっ、と気付く。電話をしなくちゃ。今日が終わってしまう。
 おれは急いで着替えを着、乾燥機を回すと、そのまま店内にある公衆電話にカードを入れた。呼び出し音が鳴る。出ない。ガチャッと音がする。留守録だ。慌てて切る。
 まだ帰ってないのか。どうしよう…。帰ろうか、帰るまいか。
 原田は、置いてあるマンガ雑誌をめくってる。こいつ、明日は仕事という自覚アリかな。
 おれが横に座ると、雑誌に目を落としたまま、
「出ねえのか」
「まだみたいだ」
「とっとと別れちまえ。今夜は、ホテルだ」
「こっぱずかしい。まだサウナの方が、なんぼかマシだ」
「じゃ、これからサウナな」
 頑とした口調で言い切る。乾燥機が止まる。フタを開けると、熱気が押し寄せてくる。熱くまだ湿り気のあるジーンズを、はく。
「潮臭い。だから洗濯したかったのに。おれは明日仕事なのに」
「なんだ……。忘れてた訳じゃ、なかったのか」
 原田が洗い直そうと言うので、言うことに従う。自販機で洗剤を買って、洗濯機を回す。洗剤のいい香りが立ち上る。
 おれはもう一度電話した。もう、午前になっていた。「友達のとこに泊まるから、今日は帰らない」とメッセージを残して、切る。
 一人暮らしとおぼしき若い男が、黒いゴミ袋に洗濯物を一杯詰め込んでカラカラとサッシを開け入ってきた。ベンチに座ってマンガを読む下着姿のおれたちに、一瞬びびる。そそくさと洗濯物を放り込み、持参の洗剤を入れ、洗濯機を回すと出て行った。
 40分後、ぷんぷんと石鹸の香りのする衣類を身につけ、おれたちはやっとコインランドリーを出た。1時間位いたはずだ。
 ほかほかとして湿り気のある服が、冷えた身体を温める。今日は、冷えたり、熱くなったり、寒暖の差が激しい。原田のやつ、調子崩さないかな。
 これからサウナでお湯三昧、疲れも吹っ飛ぶか。
 サウナに着くと、フロントでガウンとバスタオルをもらう。
「マッサージは、なさいますか」
 とフロントのおじさんが言う。おれたちは見交わし、
「いいです」
 ロッカールームへ行き、ガウンに着替える。中年オヤジ、きっと飲みに行ったか残業かで家に帰るのをやめたやつ、やどういうワケだか年金で暮らしてるに違いない枯れたジイサンが居る。おれたちみたいな、若いヤツも。
 まず、普通の浴場へ行く。若い兄ちゃんが3人、おじさんが2人。湯船や洗い場に居る。脱衣場で洗い用タオルを取り、腰に巻く。原田は、
「女みたいなことすんなよ」
 と言う。くもりガラスのサッシをカラカラと開け、割に冷たいタイルに足を踏み出す。
 原田はいきなり湯船に浸かる。熱くないんだろうか。両手を縁にかけ、気持ち良さそう。おれは洗い場でぬる湯のシャワーを被り、髪や身体をざっと洗う。ばりばりとしていた髪や肌に気持ちいい。おれが湯船に入る頃、ヤツは汗を滴らせていた。
「ゆでダコ」
 と言うと、ヤツは潜り腰にしがみつく。
 おれは暴れてやる。鼻と口を押さえると、ヤツは息苦しくなって顔を上げる。
 おれが放さないので、おれの頭を湯の中に叩き込まれる。
 こんなに騒いでいるのは、おれたちだけだ…おれはすすすと離れ、奥の打たせ湯の方に逃げ、タオルを弄びながら澄まして座る。
 原田が寄ってくる。
「洗ったら」と言ったら「洗いっこしよ」ときた。
「それって……」
「シャボン一杯くっつけて、ソープみたいにさ、やってよ」
「い・や・だ。おれはもう洗ったもん。背中くらいは、流してやるさ」
 原田のヤツは、腰掛けに座ると何もしない。おれだって、隅々まで洗ってやる気は毛頭ない。黙って後ろに座っていると、
「早くサービスしてくれよ」
「おれがサービスなんぞ、すると思ってるのか」
 おれはシャワーを取り、ちょっと熱めに、強く水力を調整して頭からかけてやった。原田は狼狽し、混合栓の水を回す。おれは湯をひねる。
「お客さん、お湯加減はいかがですか」
「熱いよ。おれの柔肌が、」
「厚いくせに…面の皮が」
 おれは湯を抑え、ぬるめにして暫くかける。湯を切り、水だけにしてみる。
 原田はひええと叫び、目を丸くする。ざまあみろ。
 おれは洗面器に湯を張り、タオルを絞って石鹸をこすりつけた。
「さあ、洗いますよ」
 おれはタオルを顔にまんべんなく押しつける。原田はおれの腕を掴み、タオルを取り、おれの顔を押さえ込む。
「もう、いい。お前はクビだ」
「ありがたや」
 顔の泡を洗面器の湯で落とす。少し…ざらつく。伸びてきたかな。ヒゲがさ。
 自分で洗う原田がまんべんなくタオルで泡を付けていくのをじっと横で見る。おれをチラと見、「スケベ」と言う。そのくせ、「ホラ」と言いつつ、大事なとこを洗うのを、わざわざ見せる。フンだもんね。おれは顔色一つ変えるものか。
 背中だけ、両手で力込めてごしごしこすってやる。
 原田は髪も洗い、流してしまうと、おれを見て「お礼に、」と手を伸ばす。
 洗ってなんか、欲しくない。おれは立ってジャグジーに入る。泡が気持ちいい。原田は電気風呂を好奇の目で見下ろしている。おれは寄っていき、原田の手を掴み入れてみる。「うわ、」とヤツは言う。
「どう?」
「人で実験するな」
 原田はおれを脇の下に腕を差し込み、抱え上げ、叩き込む。成る程、ぴりぴりして…気持ちよくない。
「いい気持ち。お前も来いよ」
「それが気持ちのいいつらか。じゃあな」
 原田のヤツ、後ろを向いて去りかける。めっちゃハラが立つ。
 原田を水風呂に叩き込んで頭を打たせた後、いい加減上がる。
 疲れた。疲れを取るつもりだったのに。
 白いタオル地のガウンに着替え、椅子やなんかのある、カーペットの敷いてある、寝るとこでゴロリと横になる。原田はおれをゆさぶり、
「ゲームしよう、ビール飲もう、」
 と言う。おれは目を遣り、
「ビールはいいけど、ゲームなんて真っ平。眠くないのか、お前は」
「お前を見てるだけで、アドレナリンが回るからな。特にガウン姿ときちゃ、」
 と回りかまわずおれのガウンの裾をぴらりとめくる。ま、悪い冗談と受け取るよな。近くのオヤジの背中が、ゆっさゆっさと揺れてる。
 ビールを1本だけ買って、交互に飲む。それが終わると、今度は
「サウナ」
 と言う。おれは下がる瞼で、
「ねーちょっと寝ようよ」
「それも、いいね……」
 こいつ勘違いしてら。しっしっと近寄るヤツを追い払い、毛布をひっかけ横になる。原田は、おれより先に寝てしまった。
 こういうとこでは、余り熟睡できない。2、3時間で目が覚める。
 5時か6時位だな。横を見ると、安らかな顔でよく寝てる。
 回りも皆、寝静まってる。起きているのは、まるでおれ一人。
 じっと原田を見つめ、髪に手を伸ばし、撫でていると、腕を掴まれた。
 起きていたのか…とびっくりする間に、目をゆっくりと開け、身を起こす。
 抱き寄せ、顔を寄せようとするので、「イヤ」と胸に頭をつく。
「何で」
「ザラつく。ヒゲが、伸びてきたろ」
 原田もしんとした周りを見回し、
「もう一度風呂に入ろう」
「何で。またソープごっこでも、するつもり?」
「あたぁりぃ。カミソリ買って、な?」
 フロントまで行き、カミソリと磨き粉付き歯ブラシを買うと、また浴場へ行く。
 今はガランとして、誰もいない。
 原田が先にヒゲを剃り、あごをさする。おれはカミソリを受け取り、ヒゲを剃る。
 あぶくを流すと、原田は、「よし、」と言いながら抱きつく。おれをタイルに寝かせると、軽く口付けをし、原田は身を起こし、せっせとタオルに泡を立てている。
 おれが上体を起こそうとするのを、肩を掴んで押し戻し、胸にタオルを当て、円を描いて洗い始める。こすられて、ヘンな気持ちになってくる。乳首が立ってきて、タオルにこすられるたびに、痛くなる。原田は後頭部に左手を差し込み、首を持ち上げ喉元まで洗う。それが済むと、腕1本ずつ取って指の先や、指の股まで丹念に洗う。腋の下、脇腹、へその回り、へその中…
 中心は飛ばして、足の先に行く。足の指も手のように、1本1本、丁寧にこすっている。これが…結構感じる。足の裏もこすられ、くすぐったさに少し足を引く。その足首を掴まれ、足の甲などを洗い、足首までいくと、足だけ湯をかけてあぶくを流し、原田は足の指をくわえて愛撫する。
 足の先から電流のような感覚が走り、背筋を貫く。
 おれが感じたのを見て取り、足を下から上へと泡をなでつけてくる。
 足の付け根や内股の際どいところを熱心に洗い、いよいよ、タマをタオルで掴み、揉み洗う。力が抜けそう。そして、モノを掴み、せっせせっせとタオルを上下に走らせる。おれは少し、眉根を寄せ、身をくねらせる。
「そんなに、熱心に、しなくていいから、」
 また身を起こそうとするおれを制するように、股を割らせ、尻の割れ目に沿って何度もタオルを走らせる。穴の周りをタオルで数回なぞった後、指でヒダの一枚も忘れない位  、抜き差ししながら穴を洗う。否が応にも、感じてしまう。少し喉がのけぞり、熱い息を吐く。
「したくなっちゃったな」
 原田が言う。冗談じゃない。いつ誰が来るか判らない。
「キケンすぎるよ」
「でもお前も、感じ始めてるぜ」
 おれの芯を持ち始めたそれを、掴まれる。
「イヤだ。絶対に。ぜ~~ったいに」
 原田がおれの腰を掴んだその時に、脱衣場から賑やかしいかしましい声が聞こえてきた。朝帰りの、夜のお勤めの人達だ。
 おれは慌てて身を起こし、シャワーをかけた。
 やがて入ってきたその人達は、程度の差こそあれ、殆どアンドロギニュス。
 オカマの人達だった。ニューハーフか。
 おれはぎょ、とする。原田はまじろぎもせず見てる。5人のアンドロギニュスは、おれや原田を見、特に原田のいい男ぶりが気に入ったらしく、きゃあきゃあと寄って来る。スッピンでも女に見えるヤツも居れば、怖い素顔のヤツも居る。
 気持ち悪い…なんて思っちゃいけない。よくよく考えたら、おれとこの人達とどれ程の違いがあるってんだ。
「お兄さん、どこから来たの?」
「しょっちゅう来てるの?」
 お姉さん(?)たちが原田に訊ねる。おれはあんまり、好みじゃないみたい。さっきからチラチラと品定めされてる。
「お姉さんたち、レディースサウナは、あっちですよ」
 原田がどこやらを指さし言う。「きゃあ」と彼らは喜び、
「お姉さんだって、お姉さんだって、」
「かわい~い。ステキな声」
「ね~~、ここいつも来るの?」
 と鈴なり。原田はニコニコしながら、
「殆ど毎日、来てます」
 ウソばっかり…と睨むと、原田はおれに気付き、耳元に顔を寄せ、
「ここが繁盛する手助けだよ。一日一善」
「勝手にするさ」
 おれは湯船に行こうと立ち上がる。何となく、タオルを腰に巻く。
 原田もおれに付いてくる。さすがにヤツも気になるのか、タオルで隠してる。おれの横に原田が浸かると、お姉さんたちも向かいに座る。
「この子、弟?」
 おれを指す。弟…?おれは原田より、年下に見えるってのか!
「異母兄弟です」
 また、こいつ…知らん。とそっぽを向いていると、原田のやつ、
「実はこいつ、今無職でね、そのケがあるんでゲイバーづとめしたいって言ってるんですけど、どうでしょうね」
 だと!おれは原田に向き直り、
「いい加減なこと言うな!おれがいつ、そんなことを言った!」
「弟よ。兄さんは本当は悲しいよ。でもお前、本当の自分を隠して生きるのはつらい。それに、写植なんかじゃ、手に入らないような大金が手に入るよ」
「ば……!」
「お兄ちゃん、それは間違いよォ」
 一人のお姉さんが手を振りくねくねしながら言う。
「なかなか金がかかるのよ、あたしたち。手術代に薬代、」
「クスリ代?」
 原田が問う。
「ホルモン注射とかね。それに化粧代もバカにならないし、服代と、」
 と指折り数える。
「でもこの子、なかなか可愛いわよね」
「ちょっととうが立ってるけどね」
「ウリセンの方が向いてるんじゃない?」
 おネーサンたち、おれをちらちらと見ながら言う。いい加減にしてくれ……。
「お兄さん、じゃおれ、ウリセンになるよ」
 おれはふてくされて言う。原田はにたつき、
「おれはヒモに、なってやる」
「そこまで言うなら、ほんとになってやら。エイズになって、脂の浮いたハゲじじいの相手して、金は残さず使い切り、若死にしてやる」
「分け前は、7:3な」
 と7を自分に、3をおれに振る。まるで本気のように見える。こいつって……。
 達っちゃんは、絶対そんなこと言わないぞ。
「兄さんには保険も残さないよ。うだつの上がらんヒモはいらん。…兄さんがホストクラブにでも勤めたら?さっきの応対、なかなか良かったよ」
 おネーサンたち、少しムッとしてる。でも勧めてる。
「そうか。適性あるのか。考えようかなー」
 とあごを掴み、原田は言う。
「好きにしなさい。君の人生だから。じゃあおれは上がるから」
 おれが湯船を上がると、原田もそそくさと上がってくる。おネーサンたちは別れを惜しむ。
「…ったく…!いい加減なことばかり、ペラペラと…!」
 脱衣場で身体を拭きながら、おれは文句言う。原田は難しい顔で、
「もうちょっとだったのに、残念だった」
「は?」
「せっかく出来そーだったのに…あのおネーサンたちの前でなら、ナマ板ショーやっても良かったな」
「一人でストリップでもやってろよ」
 おれはガウンを着ると、ジュースを買いに行った。
 椅子に座ってジュースを飲んでいると、原田が来て横に座る。
「お前の方が、ずっときれいだ」
 おれは目で「?」と問う。
「肌もピチピチしてるし…白いし、自然体で…」
 抱きつき肩に顔を埋められる。おれは慌てて、周りを見回す。
「いいとこ見つけたよ。ちょっと行こう」
 原田がおれの手を掴み立つ。寝ていたところを越えて、鏡台や体重計のあるところを過ぎ、着いたところは、何のことはない、トイレ。
「また、トイレ……?」
「車椅子用のだけ、全く独立してるんだ。広いぜ」
「いやだ、トイレなんて、」
「せっかくおれが、ピカピカにしたのに、」
「便所?」
「お前。ガウンのお前と、やりたいなー」
「お前コスプレ好きだろ」
「今度学ランでやってみよか」
 やりかねない。こいつは絶対に。
 結局あとじさるおれの腰を掴み、トイレに二人入る。後ろ手にカチャリと音がする、カギが生々しい。
「もーイヤ、おれは」
 おれが言うのも委細構わず、立ったまま抱き合い、まさぐられながら口付ける。
 便器でなく、パイプの手すりにおれを腰掛けさせ、股を押し開くように両腕でパイプを掴んで原田は立ったままキスを続ける。体中に、甘い蜜が巡る。
 おれは彼の肩に、腕を回す。
 彼は唇を離しておれを一瞥してくすりと笑い、
「思った通りの、ワイセツさ」
 おれはかあっと熱くなる。胸元はくつろげ、裾は大きく割れて、マタの間は、さらけてる。原田は胸元をちょっと愛撫して、腕を持ち替え股間に顔を埋める。性器から袋から穴に至るまで、偏りなくなめ回される。特に、穴の中に何度も舌を差し入れる。尖った舌が、押し開く、入り口。硬くなってきたそれをくわえながら、指を差し入れてくる。おれは身体を強ばらせ、突き上げる。原田は吸い上げず、口に受け止め指にそれを絡ませ、穴に差し入れる。せわしく出し入れし、2本にしておれの身体の中を探り、もう片方の手で口から精液を出し、自分のものに彼はからませる。
 彼は立ち上がり、もう一度片手でパイプを掴み、おれの中にゆっくりと入れてくる。
 かなり押し込まれた後、もう片方の手、右手がパイプを掴み、大きくマタを開かせられる。
 おれははあはあ喘ぎながら腕を回す。少し腰が浮く。重力が、彼をおれの奥深く迎えさす。
 立ったままというのは、余程来るのか、原田の眉間に皺が寄る。
 割と早めに、彼ががくがくと身を震わし絶頂を極める。
 タイルの壁に身を預け、二人身体を重ねて息を切らす。
「お前って、意外と元気、丈夫だな」
 おれが息つぎながら言う。
「ん?何で……?」
「風邪も引かないし、睡眠不足もこたえない、」
「仕事の合間に寝るさ」
「昨日休んだから、山積みじゃないのか」
「そんな無粋な話、いらないよ…」
 彼が耳の下や裏を舐める。
「原田……」
「赤……ア・イ・シ・テ・ル…。愛してる」
 長い長い一日が終わる。夜明けと共に。他の何者も介在しない二人だけの時は終わる。長い夜は、おれたちを近づけこそすれ、遠ざけはしなかった。
 昨日よりも、別のところへ来たような癒着を感じる。
 だけど、家へ帰れば、どうか判らない。
 達っちゃんは、昨夜帰ったのだろうか……。
 おれが肩に回す腕を外すと、原田も身を離す。
「風呂にもう一度入って、お別れだ」
 おれが言う。彼は頬や口元に口付けし、
「離れない…放さないよ。達になんか、負けやしない」

サウナは一度名古屋で泊まったことがある経験を元に書きましたが、この話の私の想定する街にあるかどうかは知りません…。フィクションです!あくまでも!しかし長かったですね。なんかメロドラマですね。それから原田君のフルネームが出てきますが、書いた時それまで彼の下の名前はなかったんですね。で、このとき唐突に名前が浮かびました。私にとって、原田君がそれまでどの程度のものだったか分かりますねー。しかし神の啓示のように、浮かんだのです!
1と2は全体的に恥ずかしくて通しで読むのが耐えられない部分があるのですが、ここは今見てもこんなの書けそうにないなーと思ってしまう。この話のヤマであり、創作においてもターニングポイントだった回です。

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