ブレイクスルー -6-

 白いシャツを着る。Y'sの、襟の狭いシンプルながらシルエットの気に入ってるシャツ。
 ハンガーから、黒と見まがう濃紺の、ポリエステルのようにスムースなクールウールのスーツを取る。タケオ・キクチ。おれの一張羅だ。
 スラックスをはくと、達っちゃんが言う。
「下着をはくんだな」
「こういうのは、洗濯が大変だからね。一々クリーニングに出すワケにはいかないし」
 ジャケットを羽織り、マリー・クレールの細身のネクタイを締める(※そういう時代ですからね)。姿見を見る。
「そういうカッコウ、初めて見るな。別人みたいだ」
「カッコイイ?」
「似合ってる」
 髪をさっとくしけずり、黒いソックスを履くと、カバンの中身を点検した。
 印鑑よし、サイフよし。職安を通してないから、職安関係のものは何もいらんと。
「じゃ、行って来る」
「頑張って」
「……どっかで、待ち合わせでも、する?」
「家で食おうぜ。金がないんだから。駅まで迎えに行くよ」
「じゃ、終わったら電話するよ」
 軽く口付けを交わすと、おれは家を出た。
 今日は版下の会社の面接だ。1時からだが、11時に家を出る。
 途中で1回地下鉄に乗り換えて、最寄りの駅まで行くと、改札の外で原田が腕を組み壁にもたれて立っている。
 今朝、電話があったのだ。何時からと訊くので、1時というと、12時から1時が昼時だから会おうという。
 それでおれは、こういうことになっている。
「おお、よそよそしい格好してるな。別人みてーじゃん」
「達っちゃんにも言われたよ」
「そういうのも、いいな。……なんかコーフンする。1枚1枚脱がしたくなった」
「お前って、すぐそれだな」
「こっち来いよ」
 ヤツは腕を掴み、人通りの少ない突き当たりに引っ張って行くと、ゴミ箱におれを押しつけ唇を重ねてくる。
「原田。……今日は、こんなことしねーと思ってたのに……」
「ウソつくな。おれのこと分かってるだろ」
 地上に上がり、側の定食屋に入る。
「ここ、定食旨いぜ。お前何にする」
「……あんまり、ハラ減ってないし、」
「ハラが鳴ったらみっともねーぞ。おごりだ」
「じゃ、うな重定に……牛鍋定にしようかな」
 あほう、と言いながらヤツはおれが見ていたメニューを奪った。
「おれはハンバーグ定。お前は」
「じゃ、おれもそれ。それがお薦めなんだな」
 まーね、と答え原田はおばちゃんにオーダーした。
 Gジャン、Tシャツにジーンズというラフな格好で、Gジャンのポケットから原田はタバコを出す。銘柄はラッキーストライク。
「会社、どの辺なの」
 原田が問う。おざなりに場所を答えると、
「ふーん。……で、受かったら、どうするの。着物は」
「うーん。……やっぱり、馴れてるって、強いよな。土地勘もあるし、写植を選んでしまいそう」
「お前写植キライじゃなかったのか」
「好きでもなし、キライでもない。……結構面白いと思うけどね。それに、ただの写 植屋じゃないから」
 おれもタバコに火を点ける。おれはキャスターマイルドを吸っている。理由は、オヤジが吸ってるから。田舎に帰ったとき、カートンで幾つか持ってきた。自腹ではマイセン、マイルドセブンを買う。
「中国語の写植のコーディネーターなんだ。面白そうだろ」
 原田はぽかんとして、
「ナンだそりゃ」
「おれも、分からん。……面接してみないと」
「お前、中国語なんか分かるのか」
「多少は。趣味でやってるし」
「わかんねーヤツだな。お前は」
 定食が来たので、黙々と食う。
「あのね……達っちゃんと住むことになった」
 原田は食事に目を落としたまま
「そう」
「だからもう急には来ないでよ。電話もあんまり、……」
「そうか。……いいや、お前が電話してくれたら」
「おれがお前に電話すると思ってんのか」
「思ってる」
「……。うぬぼれやがって、あほちゃうか」
 原田はおれのカバンから手帳を出すと、自分の会社の電話番号を書いた。自宅は知ってるからだ。
 10分とかけず、食い終わると、おれたちは店を出た。まだ12:20。
「やっぱり気持ち悪いよ」
 おれが金を出すと、原田は黙って受け取った。
 今度はこぎれいなオフィスビルに入ると、階段の途中にあるトイレにおれを連れ込んだ。
 いきなり個室の、広い、明るいキレイな洋式。
「ちょ……何、」
「ここならゆっくり安心して出来るから」
「ば……昼間だぞ、信じられねーヤツ、」
 おれをフタの上に座らせ、抱きすくめると口付け激しく吸う。シャツをたくし上げ、身体の線に沿って撫で回し、少し親指の腹で胸元をいじった後ベルトを外し、ズボンを下げる。
「あ……っ、全く、……!」
 いきなりくわえられる。ふと前を見ると、良く磨かれた三面の大きな鏡が大理石の洗面 台の上に乗っている。見てられなくて、おれは目を閉じる。
 充分熱を持って持ち上がると、彼は膝を抱え、穴に舌を這わす。
 舌や指を入れられ、だんだん感じはじめると、原田は向かい合わせに座り、おれを膝に乗せると入れてきた。
「あっ、……」
 思わずのけぞる。その喉元に彼は口を寄せる。
 片手でカラカラとトイレットペーパーを取ると、彼は拭きながら抜いた。それは捨て、また破って穴の下に当てている。零れてくるとアレだから。
 そして再びおれのをくわえると、おれの出すものを飲み尽くした。
「い……今、何時?」
 おれが激しく息付き、訊ねると、彼は腕時計を見ながら
「45分」
「早く行かなくちゃ、」
 あわててズボンをはき、乱れた襟元を直す。
 おれが立つと、壁に押しつけ、舌を絡めてキスをする。
「じゃーね。さいなら、」
 おれは外をうかがい出ると、走り出した。原田が追ってくる。
 腕を掴まれる。
「な、何だよ、まだ何か?」
「忘れ物」
 彼はおれのカバンを出した。
「ありがと」
 ビルを出ると手を振る間ももどかしく面接の会社へ急ぐ。
 まさか……まさか真っ昼間っから、こんなことになるとは。
 時計を睨みながら、その会社の入っているビルの前まで来ると、少し息を整えた。12:55。いい位 だ。
 ……しっかし、これって完全に浮気だよな。
 もう絶対に、やめなくちゃ。原田も少しくらい考えてくれたっていいのに。Hで、強引なんだから……でも、強烈に感じてしまう。
 不倫って、こういうものなんだな。
 今日は……キスマークなんか付けられてないよな。鏡を取り出し眺める。
 大丈夫だった。
 男というやつは、女と違って(女性差別じゃありませんよ)一生働かなければならない。必然どうしても自分の一生の仕事というやつを見つめねばならない。色々職を変え長い人生を渡っていくヤツもいる。しかし大抵は、おれの回りも一度やった仕事をずっと続けるか、2、3年で仕事を決めている。おれだって、本当の所はいい会社及び仕事を決めて、長くやっていきたい。だってその方が、生活安定するもの。
 ただ、あきっぽいので、自信がないが…。おれは結局、安定志向の平凡な男だ。平凡な、凡才だ。
 改めてビルを見上げると、今までの会社の下請けにあったような古いビルだった。
 2階のサッシ窓に、会社名が書いてある。
「すみません。面接に来たんですが」
 見慣れた写植機のモニターやキーボード、雑然とした事務所に足を踏み入れる。一人の年輩の男性が別 室、会議室らしい、におれをいざなう。
 その男は、いかにもこの業界にありがちな、あちこち飛んだ半端な長さの髪をした、第一ボタンを外した白いくたびれたシャツ、ノーネクタイの薄暗そうな男だった。
 男は企業案内のパンフを出し、ソフト開発と翻訳の仕事をしていると簡単に語り、「もうすぐ社長が来ますから」と言った。
 やがてその社長が来る。社長は頭をなでつけ、ネクタイをしている。
 挨拶を交わし、おれの履歴書を見ると、
「前はどのような仕事内容でしたか」
と問う。
「電算写植です。…」
「うちも電算やってます。どこの何ですか?」
「ソフトが何処のかは…、文字は写研ですけど、」
「うちはリョービです。文字はモリサワです」
 また履歴書を見て、
「この、一身上の都合というのは、具体的にどういう……」
 そらきたと思いつつ、
「少し体調を崩したので、取りあえず一回辞めて身体を休めようと思いまして、」
とウソ八百。
「中国語は、おできになるんですか?」
「いえあの、趣味程度ですけど、ラジオなんかで」
「すると、ニイハオとか、謝々とか、」
「そういう位です」
 そういうと社長が少し微笑む。少し緊張がほぐれる。
「あの、やっぱり出来ないと難しいんでしょうか」
「全然分からないと困りますけどね。今うちには、上海の人が2人、西安の人が1人います」
 上海…上海は確か、方言にこだわってて発音がエラク違うという話だ。
「上海の人が話してるのは何言ってるかさっぱり分かりません」
「確か言葉が違うんですよね」
「そう。全然違う。『普通話』では、全然…。お酒は、どうですか?」
「は?」
 飲み会でも盛んな会社なのかな?
「……ま、それなりに、……」
「九州の方は、お酒っていうと焼酎が出るんでしょ」
「はあーっ?」
 そんなワケあるか。でもどこに行っても、オヤジはこう言うよな。酒、それも焼酎に強いという先入観があるらしい。
 暫くそれをネタに話すと、彼は、
「で、仕事はオペレーターでなくコーディネーターなんですけどね」
「具体的にコーディネーターとはどういう仕事なんですか?」
「電話やFAXやバイク便なんかで原稿を受けて、翻訳や入力を頼んで、進行を決める仕事です」
 ということは、おれの苦手な人と拘わる仕事かしら。
「それじゃ、営業のような……?」
「というか、進行です。対外することもありますが……」
 それから暫く仕事の内容に関することで話して、分かったことは、納品が写植かワープロのプリント出しで、版下はないこと。残業があること。(多くて50~60時間)
「こういう因果なショウバイをしてたら分かると思いますが、……」
と前置きしていたが。で、納品にも行くこと。
 給料は、今までよりぐーっと下がること。諸手当なし。オペレーターの方が何処へ行こうが給料は多いだろう。ここもオペレーターは技術手当があると言った。
 何か質問はと問うので、休日はと言うと、
「日・祝です」
ときっぱり。ひええぇぇ……今時日祝なんて。この業界、完全週休2日は見たことないが、隔週か、月土曜2回が常識。
 ここも7月(おれが辞めた月だな)まではそうだったが、それからキビシク(経営だな)なったので昔に戻しましたと笑いながら社長は言った。
 うーん。うーん。おれ、我慢できるかな。……
 やっぱり、フツーに写植やろうかな。……それが一番かも……
 でも、面白そうでは、あるけどさ。…待遇面が、悪すぎる……
 交通費を2千円頂き、礼をして帰る。
 達っちゃんは駅前で待っていた。
「どう」
 おれは一通りのことを話した。そして、待遇面が悪いからなーとおれが言うと、達っちゃんは笑い、>自分の会社とその会社を比べて
「全然いいよ。全然違う」
と自分の会社を自慢する。おれはちょっとムッとし、
「でもボーナスなかったじゃないか」
 そういう会社だったのだ。
「でも、受かったら、……ってヘンだな。けど、行くんだろ?」
「ん――」
 暫くして、彼は、
「でも結局、皆写植になるんだな」
と。彼は、こういう面、突っ込んでこない。やめたらとか、せっかくだから行きなよとか。
 こういうとこ、クールだと思う。
 淡々としてる。おれのぐだぐだとした繰り言を、ただ黙って聞いてる。
 安くても休みが多ければ、バイトも出来るのに。
 駅前のスーパーに入る。ビーフシチューのルーがずっとあるので、それをしたかったので、牛肉のスジを買うつもり。だってスジは安いから。
 達っちゃんは、個包装の寿司を買いたがる。どうせ甘エビとかホタテとか高いネタを食いたがるに決まってる。
「贅沢言うな。牛スジを買うんだ」
「牛スジで何すんだ。おでんか」
「ビーフシチュー」
「なんか気持ち悪そう。寿司、スシ、」
「だめだ。すぐ高いネタに走るくせに」
「おれの金で買うからさ」
「……しょうがないな」
 つぶ貝も買ってよ、と言うとおれには食わさんと言う。
「いいよおれは牛スジ食うから」
「ウソ、ウソ……生エビと、甘エビも、食う?」
 ニコニコと達っちゃんが言う。
 帰ってジャージに着替えていると、後ろから彼が抱きつく。
 彼は、おれのスーツ姿に性欲は湧かなかったのかな…。
 訊くのはやめよう。原田のことを口走ってしまいそうだから。後ろに振り向き、おれから唇を合わせる。電話が鳴った。
 おれが取ると、暫しの沈黙の後に、
「赤城君……?」
と驚くような、苦虫を噛みつぶしたような声。おれはニヤけてきた。
「そーですけど。何か?」
「番号聞いてもしやと思ったけど、…元気ですか」
「お世話様で、すっかり健康体、ピンピンしております」
「就職まだしてないの」
「ブラブラと。林田君に用ですか。部長もお元気そうで」
「全然元気じゃないよ。不健康そのもの。林田君遊びに来てるの?」
「まあ、そんな所です。部長、ワープロ下さいよ。退職金代わりに」
 おれは達っちゃんを呼んだ。彼が切った後、
「電話、してきたじゃねえか」
「こういう時に限って、こういうことは起こるんだよな」
「データか何かだろ」
「訂正が入って来たんだって。よくよく言ってフロッピー渡しといたのに」
とぶつぶつ言う。
「ばれたね」
「いいよ部長になら」
「仲良しだと思っただろうな」
「仲良しだろ?」
 結局その日牛スジシチューは作らなかった。感想が楽しみだ。
 その夜、布団の中でおれは我慢出来ず、自分から言った。
「ねえー。今日は、するだろ?」
 彼は照れたようだった。
「照れてるね。どうして」
「毎日やっていいもんかと思って、手を出しかねる」
「かわいいよ。達っちゃん」
 おれは薄暗闇の中でTシャツを脱ぎかけた。彼がそれを取り去る。
 首筋に火のような熱さを感じる。おれは、彼のパジャマのボタンに手をかける。
 口付けされれば、自分から舌を絡める。
「お前、変わったな」
「……そう?達っちゃん任せじゃ、悪いんじゃないかと思って……。自分からも動いた方がいいのかなーと思って。そんなの、嫌?」
「分からん。襲われそうな気になる。今まで淡々となすがままだったくせに……」
「好きなんだもの」
「Hか」
「………。そ。達っちゃんが……」
 おれは恥ずかしくなって、目を反らす。彼の堅く締まった身体がおれを抱き締める。あとは任せよう。彼は…原田とは、違うのだ…。
 体中に愛撫を受け、快感が湧く。おれは恥じらいを感じながら声を震わす。
 彼は、
「きれいだ……」
と呟く。体中がそそけ立つ。中心に、湿り気を感じる。どんどんと身体が熱くなり、息が上がる。その最中に、またしても電話が。
「達っちゃん…で、電話が……、」
 おれは少し息を収め、よろけつつ電話を取った。
 うちの母だった。急にすーっと冷めていく。就職はどうかと問う。
「心配しないで」
といつものように言う。母はおれの状態を知ってるが、癇癪持ちの父は知らない。彼女は田舎に帰るのを勧めない。職がないからだ。
「田舎には…帰らないよ。絶対…」
とおれは言う。
 彼女は頑張りなさいと言った。米や野菜を送るからと言って切る。
 おれは両親にとって都合のいい、可愛い子供だ。おれは両親を欺いている。
 いい子供を、演じきってきた。どこをどうくすぐれば喜ぶのかを、おれは良く知っている。おれは末っ子で随分と遅く生まれた子供だったので、上の姉達を見ながら、恐ろしく癇癪持ちで内弁慶などうしようもないオヤジが何を言えば怒り、何をすれば喜ぶかと、轍を踏まないようにして覚え、実践してきた。職を転々として長続きしない父と、決してよい条件ではないのに日曜も休みなくずっと同じところに勤めに出る母、そんな両親とは余り接触はないので、親はそれに騙される。
 家を出たのも、ボロが出そうないい子供を演じ続けるためだったかも知れない。
「心配するな」と言いつつ、「信じてる」と答える彼女に、内心おれは問題児なのかも知れないのに…と思いつつ、そういうことは匂わせない。
 もう大人だし…と思う反面、おれは何も、大人になってはいない、と思う。
 大人になるための学習を、しなかった。出来なかった。
 他人よりも希薄な、親子関係のような気がする。肉親でさえそれだから、他人は押して知るべしである。おれはいつも、相手の求める所を探って察知し、何者かを演じていたような気がする。
 騙して信じ込ませることの、気持ちの安定することといったら……。
 そしてその裏にある、強烈な孤独感ときたら、……
 おれはそうして、達っちゃんをも、騙していると思う。母と彼は、似ていると思う。
 穏やかで、誰にも優しく、無邪気なところがあり、人を良く見ようとし、どこかのほほんとしている。でも、芯は意外と強い。
 おれは…弱い。そんな自分の内幕を、暴かれることが恐ろしい。どろどろとした、形を成さない、内部。親をだまくらかし、一度たりとぶつかりもしなかった、する術を身につけることの出来なかった自分や、よく見せようとしてしまう、知らない間にそう振る舞ってる自分の中に濃く膿んでいく、屈折の感情。出口のない袋小路の中に。
 誰かに愛されたい、と思う。騙さずに。ありのままに。とげとげしい暗い攻撃性や、皮肉な見方は、ほんとはもう沢山だ。
 しかしおれは、誰一人として愛すことが出来ないできた。心の奥底で、妬み、そねみ、…遠ざける。騙す。
 ミステリアスで掴み所がないのも当然だ。おれは、心を開いて全てをさらけた人が、一人も、家族を含めてもいないのだから。
 そんな性格だから、達っちゃんのような人を見ると眩しい。心が洗われる。どうしてそんなに、人の良い所が見られるのだろう。幸せそうに見える。おれはその幸せに、触れたいのだ。
 知らない間に、彼の優しさに依存してしまっているおれ。手に入れたものは、手放したくない故に、全てを言い出せずにいるおれ。
 おれは彼の、素直さが欲しい。
 だけどこのままでは、いずれ破綻していってしまうだろうことは、おれには分かっている。
 原田は彼と違い、洞察力のあるヤツだから、きっとおれを知っている。どの位かは、分からない。
 原田は、おれの歪んだ性格を矯正したいと言っていた。……
 おれは布団に戻り、
「お母さんだった」
と言えば、
「何か後ろめたいな」
と言いつつも、彼はおれをそっと仰向けにし、さっきの続きから始める。敏感に直ぐに身体が応え始める。おれは原田のときのように、彼の頭に手を差し入れかき寄せる。
 彼がキスする。抱き寄せる。
「おれも、口でしようか……」
と言えば、
「いらない」
ときっぱり。そうだよな。そういう人だもの。今のところは……
「買って、来たんだ」
 潤滑剤を塗る彼に、おれが言う。
「これも使ってみようか」
 ゴムを目の前にぶら下げた。
「好きにして」
 彼はポイと投げ、直に入れる。おれは身をのけぞらせ、
「あ、あー…っ、」
と少し苦痛の交じった声を漏らす。
 暫くはつらいから、相変わらず息も青息吐息だが、でもその声と表情がお気に入りらしいので困ったものだが、暫くすればおれも気持ちよくなる。
 果てて、けだるく横たわりながら、
「あのさ、達っちゃん、……」
「うん?」
「いや、何でもない……」
 言えない。本当におれのことが好きなのかどうかなんて。
 分からない。分かりにくい。彼のことが。
「そーだ。コンサート行こうぜ」
と彼が言う。
「うん?何の」
「ZARD」
「ZARDかあ。ゆれる、おも~い~…♪かぁ。…なかなかいいよな」
 ゆれる、おもい……。
「ねえ……達っちゃん、おれは、達っちゃんが好きだよ」
「急に…。よせよ。恥ずかしい」
「誰も聞いてるヤツはいないじゃないか。でも、彼女が出来たら、いつでも言ってくれ」
「何言ってるんだ、お前」
「おれはいつでも友達に戻れるよ。約束……」
「お前、まだそんなこと考えてるのか。…好きだから、こうして住むんじゃないか。あんなこと出来るんじゃないか…」
 心持ち悲痛な顔で、おれを抱き寄せる彼。
「達っちゃんは、おれとは全然違う。おれはもう、ミステリアスでも何でもないだろ。……おれにとっては、あんたがよっぽどミステリアスだ」
「赤……?」
「おれはあんたみたいに、淡々とはいけないよ。……どうやら、そういう性格だったみたいだ。自分でも、意外だけど……。おれはあんたみたいに、強くない。斜に構えてただけだ。…」
「おれは、幸せだよ……?今。お前はおれの憧れだったんだぜ?随分影響受けたし。違いやしない。同じ感性持ってるだろ?だからこうしてるんじゃないか」
「ん……」
 おれは一応頷いた。

しょっぱなのブランド名ですけどね、私の好きなヤツを適当に書いてますが、Y'sはともかく、タケオ・キクチがそんなリクルートチックなスーツを当時作ったかどうかなんて知りません!お願いです、流してやって下さい。
 中盤~後半の独り語りはほんとはもっと細かく長かったんですけど、流れ的に外せない所だけ残してはしょりました。おかげでもしかしたら分かりにくくなってるかもなー。まぁありがちネタですけどね。今回は若干重めでしたね。次回は重くないです。そんなに。
パート1はカラオケストーリーとばかり、歌と各編密接に関わってます。今回は「ゆれる思い」で次回は「見つめていたい」。

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