ブレイクスルー -5-

 窓の外には年経りいい具合に曲の付いた紅葉と、すべらかな幹を伸びやかに、しかしやはり、いい具合に曲の付いた、種類の違うであろう紅葉が、その背景に広がる白い塀やその内に取り込む松、竹といった植物、はては彼方の山まで借景に、窓枠を一枚の絵として完成させている。
 物音一つしない、静かな畳の間に、座卓を置いて一人の老人が着物を描いている。
 仕上げの金彩を施しているようだ。面相筆をすっと早く、あるいは遅く、走らせている。柄は、梅だ。
 そしておれは、それを横目で見ながらじっと正座している。隣にはおれより先に来ていた女の子が座っている。
 老人の後ろの本棚には、浮世絵、国宝の全集、日本画、着物の意匠(デザイン)の豪華本がずらりと並んでいる。
 しかし、長い。待たされる。もう、約束の時間を、10分は過ぎた。
 さっき老人が立ったすきに、女の子と少し話をしたところ、彼女はおれより早い時間を言い渡されていたことや、今独立して就職情報誌のイラストをやってるなんてことを聞いた。
 やっと社長とおぼしき人が来て、女の子が先に他の間へ通される。
 やっぱり着物の世界は小難しそうだ。こんなところで、こんなに待たせやがって…と思う。普通 の日本家屋の間を、とはいえそれが全部この会社の敷地の工房みたいなのだが、かなり歩かされた。
 やはり普通の会社とは大分趣が違う。
「××ですか。遠いですね。どの位かかります?」
 社長とおぼしき人物が、履歴書を見、言う。また、畳の間、台を挟んで、正座だ。
「1時間半でした」
「1時間半ね。ふーん。……」
 うーん。緊張する。しげしげと履歴書を見るオヤジ。
「で、うちは土日のアルバイトと経理と職人を募集しているんですが、あなたは何を?」
 土・日のアルバイト?んなもんで食えるか。あの女の子はそれだって言ってたが…
「あの、描くのをしたいんですが」
「じゃ、職人を希望されるというんですね。職人」
 彼は職人を押すように言う。しょ…職人?何か、凄い圧倒される言葉だ。気圧され、恥ずかしくなる。
「はい……」
「大変ですよ。つらいですよ。……ずっと座って描くんですけどね」
「あの、ずっと座ってるのは苦じゃないです。今までもそういう仕事でしたし、」
「成る程。…どうして職人を希望されるんですか?」
「一生の仕事としてやっていくにはやりがいがあるんじゃないかと思いまして」
 どうにかそう言う。今から思えば、伝統産業に携わりたいだの、他にも色々あったはずだが、職人の言葉に圧倒されて、それが精一杯。
「そうですね。技術を身につけたら、素晴らしい財産になります。…職人希望ということであれば、先生方にも相談しなければなりませんので、10月半ばに連絡します」
「はい。有り難うございました」
 カクカクと緊張しつつ立ち上がり、一礼して部屋を出る。
 あの老人に、一礼して玄関に行き靴を履く。
 職人…職人。きっと弟子入りみたいなことすんだろーな。先生方の部屋の掃除、片づけ、仕事の準備。なかなか仕事教えてくれなかったりして。仕事は盗むもんだとか言ったりしてな。
 どうしても職人というとそういう風に想像が進む。
 途中の駐車場で一人の老人がうろうろ、目を落とし雑草を見ていた。
 きっと煮詰まったか、ネタ拾いだろう。
 おれは小心者なので、すっかり不安に陥っていた。受かっても不安だ。
 描くのが好きだけでやってけるだろうか。家の掃除も、会社の掃除もろくにしてねえおれが。
 やっぱりあさっての写植に賭けるか。神様、あさっては上手くいきますように。
 明日は職安へ行こう。
 でも、結局は写植かよ。営業したくねえと仕事の幅は狭いよな、実際……。
 でもこの写植ってのが、またよく分からないのだ。だから履歴書出したんだけどさ。
 中国語写植の「コーディネーター」とは何だろう。
 おれは趣味の中国語もやっている。達っちゃんは知っている。ヘン呼ばわりされたが。
 だからこれも、趣味と実益を兼ねているワケ。「コーディネーター」が何かは知らんけどね。

 夜、9時過ぎ、電話が鳴った。
「ようー、面接どうだった?」
 原田だった。
「上がりまくり。なんか怖じけてきちゃった。職人だって」
 電話の向こうで笑う彼。
「なんか師弟関係になって、先生方の面倒一々見るのかなーと思うと、ちょっと……。もっと工場っぽい、とは言わんけど、違うもんをソーゾーしてた」
「なんかスゲーな。じじいに気を付けろよ。シモの面倒まで見させられないように」
「そんなことあるかよ」
「遅刻しまくりだったお前に、んなこと耐えられんのかね」
「お前が辞めてからは、殆ど無遅刻、無欠勤だったぜ」
「それまでひどかったから、ニラまれてたんだろ」
「お互い様だろ」
「まぁ、それはいいとして、あんまり忙しい仕事はするなよ。会えなくなる」
「人のこと言えるのか……。今、会社か?」
「うん」
 電話の向こう、後ろで雑音がしている。
「今日、行ってやろうか……?」
「別に」
「あのな、赤、……」
 その時チャイムが鳴った。「ちょっと待って」と受話器を置く。
 ドアを開けると、達っちゃんだった。中に入れる。
「達っちゃんが来た」
「あっそう」
と原田は言い、「じゃまた」と切った。
「電話してたのか。切らなくても良かったのに」
「ううん、話もう終わってたし……。珍しいね。急に来るなんて」
 脱ぎ散らかした服や洗濯物を押し入れに放り込み、新聞を除けて場所を空ける。
「居ると思ったし。お前金ないから」
 居なかったらどうするのさ……と言えなかった。
「今日は割と、早く終わったんだ?」
「うん。……7時半、位?」
「何か、食べる……?レトルトカレーと、ミートボールかキャベツと豚肉の炒め物くらいしか作れないけど?」
「相変わらずだな。カレーは何?」
「ジャワカレー」
 これは達っちゃんの好きな銘柄だ。おれも好きだ。安めだし。
「じゃあカレーにしようかな。ブタの脂キライだし」
「あの脂が旨いんじゃないか。あの味が分からないなんて食通じゃないよ」
「お前の方がヘンなんだよ」
 達っちゃんが言う。
「部長がワープロ欲しけりゃ取りに来いって言ってたぞ。早く来ないと処分するって。でも社長のいないときに来いって」
 部長は大好きだった。飄々として、憎めなくて。社長は大キライ。ワープロは、辞める前からくれくれとせがんでいた。
「嬉しいね。おれのこと覚えててくれたんだ」
「うん」
「でもどうやって社長のいないときがおれに分かるんだよ。アシもないのに」
「本当になー」
 彼が笑う。
 手早くカレーを沸かし、差し出しながら、
「今日は、何か……?」
「用がないと来たらおかしい?」
「そんなこと、ないけどさ……。いつも律儀に連絡して来るじゃん」
 達っちゃんは部屋を見回し、
「いいよなー。一人暮らしってのは。楽しそうだな」
「いつも言ってたな。……でも、金がかかるぞ。親と同居できればそれが一番だよ。それに、一人は寂しいよ」
「お前でも」
「おれは一人好きだけどさ。それでも時々孤独感じるよ」
 達っちゃんは黙々と食い終わり、お茶をすすると、
「あのさ、……就職、どうなってる?」
「え……まだ決まってないよ」
「……ここに、一緒に住もうか」
「エ。……それって、どういう……?」
「もうすぐ保険も切れるだろ。全然貯金ないんだろ。残業なしでも結構貰ってたくせに。ここ4万だろ。そん位 なら出せるし、半分だったら2万じゃないか。だからお前は、気にせずゆっくり職を探せよ。バイトでもいいからさ」
「達っちゃん……」
 おれは1年と一人で居たことがない。出てきて学校へ行ってる時も友達と住んでたし、就職して1年した頃出てきた姉と住み始め1年、姉は男が出来たので別 に住もうと、ここを入念なリサーチの上住み始めたのが1年も経ってない。でも2軒とも2LDKだったのでプライバシーは守れた。
 ここは……ワンルームではないけれど2間だ。
「でもそれって、ヤバくないか。会社に……」
 だっておれの住所を知ってるもの。
「住所変更の必要はないよ。電話も滅多にしてこないし」
「うん。……」
「嫌なのか」
「ううん……」
 達っちゃんがこんなことを言うなんて。なんかびっくりして頭が回らないような。
「狭いよ」
「おれは、いいよ?」
 おれは笑み零れてきた。
「うん。……いいよ。来て。でも大家にばれないようにね」
「じゃ、あさって荷物持ってくるよ」
「あさって?」
 面接の日だ。
「平日じゃん」
「こないだ休出したから、その代休さ」
「ふうん」
「赤……」
 達っちゃんがおれを引き寄せる。少し照れているから、おれも照れる。
 目を閉じ唇を合わせる。
 彼とのキスは、原田のと全然感じが違う。
 どうしても初々しい、というか1回目はギコチないというか。
 おれは背に腕を回し、それからリードしようかと思ったけど、やめた。
 照れちゃうのもいいじゃないか。いきなり馴れちゃうのよりは。
「あさっては面接なんだ」
「こないだ言ってた、中国の写植?」
「そう。もし受かったら……近いから、一緒に帰れるよ」
「また帰りに飲みに行けるな」
「でもそしたら、ずっと一緒だね」
「いやなのか」
「そういう経験ないし、分からない」
 抱き寄せられたままで、だんだんその気になってくる。でも、おれからはなかなか言い出せない。
「風呂に入る?」
 彼がうんと言ったので、水を張り、点火する。
「……でも、家の人、びっくりするんじゃない?」
「寝に帰ってるだけだし」
「そんなもんか」
 おれははっとして時計を見る。
「あっ、中国語が、」
 おれは急いでラジオをつけた。
「分からんなー。何で英語じゃなくて中国語なんだ?」
「いいじゃん。身体が求めるんだから……。一緒に、香港行こうよ。食道楽ツアー」
「アブナソーだから行きたくないな」
 おれは彼の雑音を気にせず講座を終えると、彼を風呂場にいざなった。
「お先にどうぞ」
 彼は一緒に入ろうとは決して言わない男だ。
 今のところは。
 おれも上がると、彼はコタツのはたで横になっていた。
「眠い……?もう寝ようか」
 布団に横になっても、大人しく寝て……。今日はそういう気分じゃないのかな?
 でもおれは昨日ここで、あの男とあんなことをやったんだ。
 どうしておれは平気でこうして寝れるんだろう。いや、あんまり平気じゃない。
 おれはおずおずと腕を回した。
「達っちゃん、ありがとう……」
 頭を胸元に預けると、彼はおれを仰向けにし、少し見つめて唇を重ねた。
 じわじわと、じわじわと情欲が湧く。
 寝間着の足をからめて、抱き合う。
「ごめん。…急に入れてもいい?」
「えっ……うん」
 彼はおれのズボンをずり下げ、胸元をはだけ、
「何かないか?」
 うーんと考え、ヘタなものを使うと下す恐れがあるので、
「やっぱりオロナイン……」
とオロナインを差し出した。
「今度ヒサヤに申し込んどいてよ。仕事してるだろ」
「痛いのか。やっぱり」
「いやその、どうせ塗るんならあれがいいかなーと、」
「何かないかなー。安くて」
「グリセリンはどう」
「何それ」
「病院で使ってたんだ。あれ位の大びんで(と消毒用アルコールを指す)何すんのかなーと思ってたら痔の治療で指を入れたり(といってもゴム手袋着用だけど)中見るやつ入れるときとかに滑りをよくするために使ってたぜ」
 おれは病院でバイトしたこともある。
「色々知ってるな。ヘンなことは」
「そういう人生ですから」
「ちゃんとしたの、買うか。恥ずかしいよな。どっか自販機あったっけ」
「あるんじゃない?そういういかがわしい所に」
 彼が指を入れている。
「あ……っ」
 強い衝撃。鈍い痛み。
 彼はあんまり余技はない。強く抱き締められる。
 出した。おれが半分も、てーか全然いい気持ちにもなってないのに。本当に、もう、達っちゃんは……。
「ご…ごめん」
「えっ?」
「ね……眠いんだ。もう寝てもいい?」
「………」
 おれはちょっとムッとした。自分だけ……
「どうぞ。明日も仕事だものね。気にせず寝なよ」
「悪いな……」
「いいよ。ムリしないで。これから先長いんだから」
 長いんだろうか……。おれは少しく不安だ。
 昨夜原田にかゆいところまで手の届くような抱き方をされるまで、おれは達っちゃんと寝たのは、……8月末に1回、9月は、あの嵐の飲み会がその次、あれは9月の第3週だった。その次の日曜には会わなかった。そして、こないだの日曜、彼がウチに遊びに来て、ヤッて、…とまあ、3回しかないワケなんだけど、おれも達っちゃんも実は初めてで、キス一つでさえ、実にたどたどしかった。最初はただ、ホントに唇を合わせるだけ。それでもコーフンしてくると、自然と口を開き、舌を絡めだした。この年だし、予備知識はお互い持ってる。それでもそれが、ホントの、皆さんがやってるようなキスなのかはよく分からなかった。
 でも昨日やこないだの原田とのキスで、ホンマモンのキスとはこういうものなのかー、とおれは教えて貰った(この書き方じゃまるでおれは原田に感謝してるみたいじゃないか。教えていらんわい)ワケだけど、奴はバリエーションはあるものの、欲情に任せたおれたちのキスは、別 に当たり前だったようである。要はキモチ良さを求めればいいのだ。
 初体験の夜は、この上なく刺激的だった。
 あえて書かなかった初めての夜のことを書こうと思う。
 達っちゃんがおれのことを好きだ、と言ったときは本当にびっくりした。
 だって、出だしはあれだぜ。イキナリ下半身だぜ。普通は、抱き締めるとか、キスが先なんじゃないだろうか。
 彼はおれのを掴んだ後、おれの首に手を回し、髪に手を差し入れ、頭を抱き寄せた。
 そのままじっとした後、
「キスしても、いい……?」
と、でこの辺りから声がした。そして髪の中の手が、一巡りして頬にまで来たとき、
「いいよ……」
と言った途端、彼は熱い息を吐きおれの唇を塞いだ。
 初めておれは、本当に好かれているのかも知れない。と実感した。
 初めて知った人の唇は、こんなにも柔らかいのかと驚く位、柔らかだった。
 彼はいつまでも、そう、2、3分唇を重ねた後、そっと離し、もう一度頭を抱き締めた。
「赤……」
と呼び、
「オレと、付き合ってくれよ」
とつぶやくように言った。
 もう、付き合ってるじゃない。友達として。
 なんて言ってる状況じゃない。
「さっき言ったこと、ホント……?」
とまた、彼は恐る恐る、言う。
「何。……好き、って言ったこと?」
「うん」
「うん。好き。……今のとこ、世界中の誰よりきっと。てとこかな。達っちゃんになら、おれ、何でも許すよ……」
 抱かれながら、彼の肩を見ながら言うと、顎を掴み、上を向かせる。
 おれは上目に彼を見た。彼もおれを見る。
「達っちゃんこそ、マジでおれのこと、好きなの?おれは男でさ、……でも、いいよ。彼女が出来るまで、おれを好きにしてよ」
 すると少し顔をしかめ、
「お前をずっと、こうやって抱き締めたかった。……下らないこと、言わないでくれよ。……哀しくなる。恐くて、言えなかったけど、本当に好きなんだから……」
とまた頭を抱き寄せる。
「付き合って、くれる……?」
 彼はもう一度言う。
「今更改めてうんというのもヘンな感じ。……でも、オレとデートなんかして、楽しいか?」
「今までみたいに、友達でなく、……赤」
 両手で抱き締められる。
 二度目のキス。おれも彼の首と頭に腕を回した。
 今度はさっきみたいに、ただ重ねるだけでなく吸い、その内舌が触れあい、そっと押しつけ、絡めてみた。それが、脳を痺れさせ、胸を、下半身を甘く刺す。おれは片手を背に回し、ちりちりする胸に彼を引き寄せ、収めようとする。
「赤……」
 彼もおれの腰に腕を回しながら、耳元でささやき、首筋に口を寄せる。愛撫される。そそけ立ちそうな位 過敏に感じ、
「あ……っ」
と声を漏らす。
「付き合って、くれる……?」
 愛撫の合間に、彼はまた訊ねる。
「おれなんかで、良かったら……、」
「お前がいいんだ。お前が欲しいんだ」
 何てステキな言葉。イッてしまいそう。
 吐息を漏らすと、
「犯しても、いい……?お前をヤッても、いい?」
「何でもして。気の済むだけやって」
 それから彼はジーンズを荒々しく脱がせきり、入れようとした。
「アッ、」
とおれはのけぞる。
「急には、やめてよ……。女みたいに、ソレ専用じゃないんだから。いくらやっても、濡れないし」
 彼は側にあったオロナインの蓋を開け、指を入れおれにすり込んだ。直腸を刺激されてあんまりいいキモチじゃなかったけど、ちょっとはヘンなキモチになってきた。
「いいよ。……ヤッて」
 その途端物凄い衝撃がおれを突き上げる。腰が砕けそう。思わずにじり上がって逃れようとするおれの腰を、彼が掴む。顔がしかまる。
「痛い……?」
 肩で息し、絶え絶えでしかめ面のおれを見て心配げに彼が言う。
「ちょっと……。でもそんなに、つらくないから」
 ウソだったけど、我慢した。おれは強く、きつく抱きついた。
 彼が動く。いわゆる正常位だから、おれの、……どう書いたら上品かな。どうでもいいや。タマと、アレは、彼のお腹に摩擦される。それで痛みも忘れ、いいキモチに。
 なってる最中に、彼はおれを痛いくらい抱き締め、硬直した。
 出されるのは、結構キモチ良かった。ああ、ヤられたんだな~って。
 そして彼は大きく息を吐き、おれにぐったりと重なる。
 訊いちゃいけなかったのかも知れないけど、おれは訊いてみた。
「良かった……?」
「ん……」
 そして彼は抜き(抜くのはかなりキモかった)、おれの顔を見て、Tシャツの裾に両手を差し入れ、たくし上げ、脱がせた。
 彼は少し身を起こし、全裸のおれを見下ろす。
 そしてまたキスをしたあと、彼は灯りを落とし、オレンジ色の豆球の下で脱ぎ始めた。
 おれはただ、裸の肢体を横たえて、脱いでいくのを見上げていた。
 あの会社では、慰安旅行はなかった。
 だから、彼の裸を見るのも初めてだ。
 それが、おれを抱き締めるために、脱ぐのだ。
 今まで修学旅行や銭湯で見た男の裸とはまるで別物のような羞恥心がおれを襲う。
 そして、彼はおれを見下ろし、すぐに覆い被さって来……
 あとは、別に書くほどのことはない。……ただ、殆ど何も言わず、彼はおれを抱き続けた。薄明かりの下、殆ど無言で、互いの息遣いや、微かに漏れる声以外は、静かな、濃密な夜だった。
「気持、良かった……?」
 それはどの位経ってからだろう。
 彼が身を起こし、タオルケットを取って来、おれにかけて自分も潜り込み、抱き寄せた時おれは訊いてみた。
「良かったよ……。もう死んでもいい位。色っぽかったよ……」
「男の裸なんて、見飽きてるだろ?」
「そういう口のきき方、やめろよ……。良かったって、好きだって言ってるんだから」
 少し、ムッとした口調。気を悪くしたんだ。おれは謝る。
「ごめん……。でも、……ううん、いい……」
「まだ何か、言いたい?」
「ナイ。……」
とおれは擦り寄り、頭を預けると、抱き寄せる。
「色っぽいよ……。表情も、喘ぎも、何もかも……」
 こういうフォローを入れる所が、彼。気を回してくれる。
 タバコが吸いたくなった。おれはジーンズを引き寄せ、
「吸ってもいい?」
と彼を見て言うと、
「余韻壊すなー」
「じゃ、吸わない」
と手にしたタバコを置く。
「いいよ。吸いな……。吸いたかったら、我慢するなよ」
 薄闇を一瞬明るくし、タバコを腹這いで吸う。彼は、そんなおれをじっと見ていた。
「ミステリアス、だよな……」
「えっ?」
と彼を見直す。
「そういう姿だよ……。少し、愁い?を秘めてる感じで。気だるくて」
「よく言うね。そーいうところが、好きなの?」
「いいじゃない。おれにはないとこだし、大人って感じで」
 見かけはどうか知らんが、おれは全然大人じゃない。ただ、冷めてて、彼ほど素直じゃないだけのことだ。
 おれはタバコを揉み消し、また横になった。身を寄せて、黙って朝を迎えた。
 夜は夜、朝は朝。
 眩しいくらいの日光の下、暑さで目覚めたおれたちは、昨夜の痴態もどこへやら、物凄く照れた。互いが、直視できない。
「オハヨー」
とか白々しく言っちゃって、そそくさと服を着込み、顔を洗った。
 それでも、朝食の用意をする間に、後ろから抱き締め、振り向くとそっとキスされた。
「今日は、何する?」
 レトルトのおかゆをすすりながら、訊くと彼は、
「何しよう、」
と上を見るから、少し意地悪く笑い、おれは、
「Hする?」
 彼は照れて、
「あほう。昼間っからやるか」
「別にいいじゃん。……でもやりすぎると、飽きが来るからな」
 軽く目を閉じ茶碗をすすりながら言うと、
「恥じらいないなー。外出て、デートだろ」
「そうだね……」
 茶碗を置き、おれは答える。
 思わず「ごめん」と言いそうになった。一晩で、おれたちの関係は明らかに変わった。
 対等の友達から、彼と彼女になった。
 おれは女じゃないが、彼もそれは承知しているはずだが、女のように扱っている。
 おれにタブーを突きつける。可愛い女のやっては、言ってはいけないことを。
 おれは女の代わりだ。そういう思いが、また沸き起こる。
 顔が女顔で、彼みたいに逞しくなく、声も高くて、細くて、…しゃべってる時はそんなに高くはないが、軽い声だ。そして、色白で、……女の代わりに充分使えて気分が出せる男だから、……運動も、キライだし。
 そんなことを考えながら、押し黙っていると、
「××に行こう」
と、ベイエリアのいかにもデートスポットを言う。おれは顔をしかめ、
「あそこ寒くて、キライ。もう飽きたし。……プール、行かない?」
「水着持ってきてないくせに」
「安いもの。買えばいいよ」
「だからお前は金が幾らあっても足りないんだよ」
 マジで言う。おれも決まり悪く顔をかき、
「……仰る通りです」
と素直に謝った。
 それでもおれたちは、プールへ行った。途中下車して、おれん家に寄って、おれの海パン取ってきて、……有名な、スライダーのあるとこ。
 焼けると痛くなるので程々で上がって、海辺を飲み食いしながら散策した。
 それでも、Tシャツの下の肩は焼けてて少しヒリヒリした。彼に言うと、彼は売店へ行ってカーマインローションたらいうやつを買ってくれて、おれはそれを擦りこんだ。彼に「どう?」と差し出すと、
「おれはそんなに痛くないから」
と。黒く沈着してるものなあ。おれはすぐ赤くなる。でもそれが引くと、あんまり黒くなってない。おれでももっと小麦色の肌になれば健康的で活動的に見えるかなあ…と黒くなった自分の、パーカーに短パン姿など想像していると、
「赤は、しっかり塗って、ヘンに焼けないようにしとけよ」
と言う。
 夕陽が沈む。海辺に、灯りが点る。海は、暗くうち寄せる。
 おれは山の中で育ったので、海には殊更憧れがあった。海を、特にこういう夏の夜の海を見ているだけで、ロマンチックでエキゾチックな気分に浸れる、お手軽なやつなんである。
「昨夜、さ……」
 おれは海を見ながら、口を開いた。
「誘ったときから、ヤッてやろうと思ってた?」
 気持ちいい夜風に吹かれ、髪を抑えながらそう訊くと、
「実は、……うん。告白だけは、絶対しようと思ってたよ……」
 おれは口元に笑みを浮かべる。
「大事に、してくれる……?」
「当然。……そんなこと、心配してるのか?」
「粗末に扱っていいよ」
「したくても、出来ないよ」
 困らせてもかわいそう。その話はそこで切り上げた。

 ……おれは横で眠り込んでる達っちゃんを見た。
 激しかった、といってもやたらに回数が多くてコーフンしてただけだけど(出血の惨事は免れたからね)、のはあの夜だけ。
 あとは、手に入れて安心したのか、それとも淡泊なだけなのか、……代わりだから、情熱が、とにかく一度欲求不満を吐き出して薄れたのか知らないが、おれに言わせれば、淡々としている。いや、原田と比べてしまうからかも知れない。
 昨夜までは、もう、女の代わりとかもあんまり考えなくなっていた。
 だって、ちゃんとおれを求めてくるのだもの。キスして、舐めてくれるのだもの。
 それに、女の代わりは禁句だ。彼は、それっぽいことを言うと、大体不機嫌になる。
 明日の昼間、自分で抜くか……と思いながら、おれははだけられたパジャマのボタンを留め、ズボンをずり上げ、タバコを吸って寝た。

ヘタとのセクースも新鮮に違いない…と書いたこの話、どんなもんでしょ~~ね。いやー更新に時間かかりました。次は(も?)面接編です。

Copyright 2005 Lovehappy All Rights Reserved.