ブレイクスルー -3-

「長いんじゃないの」
 達っちゃんが怪訝そうに言う。
「うん…。まあね」
 原田も平然と戻って来、皆で飲んでいると、食う物がなくなってきたと吉田が言う。
「もー寝たら?」
 おれが言うと、買ってこいと吉田が言った。そこでおれは達っちゃんを呼び、立ち上がると、原田が、おれが行くと達っちゃんの肩を引く。
 達っちゃんは、せっかくの二人きりになれるチャンスと喜んだに違いないのに、原田め。
 おれだって外でなら思いっきり抱きつけるのに。
 吉田らが達っちゃんを引き留めるので、彼は渋々座った。
 おれと原田は、近くのローソンへ……。
 外へ出て暫く黙って歩いていると、民家の塀におれを押しつけ、またキスをしてくる。原田はおれよりでかいので、覆い被さるようだ。
「早く買って、帰ろうぜ。…ヘンに思われる」
「ヤツらは知ってるよ。おれの考え。これも計画のうち」
「えっ?」
「好きなんだよ……でも、ちっとも冷たいだろ、お前。だんだん色気も出てきて、もうだめだ、おれ」
「ウ~~ソばっかり。お前だって、おれに大して感心なさそうだったじゃないか。達っちゃんばっかり可愛がって、おれに電話もしねーくせに、何を根拠にそんな話が信じれるか」
「今までそーいうこと想像すんのもイヤだったけど、もう今は全然馴れたんだ。色んな情報仕入れて。お前のこれを、」
 と言ってヤツは腕を差し入れ掴む。
「舐めるのも、後ろに入れるのも平気さ。どころか、やりてえ」
「おれは、イヤだ」
「だったらもっと抵抗してみろ。殴れば」
 側に寄りすぎのヤツを押し転がして逃げようと思った。けど、片手でおれの喉を押さえるので、しかももう片方は手を動かすので、力がこもらない。
 近くの何かの会社の裏側に、おれの両手の自由を奪い、引きずっていくヤツ。
「お前~、友達だろ?」
「友達なんて、おれは思ってない」
 おれはイヤだったけど、ヤツの腹めがけて殴った。けどヤツは予想していたらしく、上手く身を引きダメージはあんまり受けなかったようだ。
「その程度か」
「おれはイヤだよ。殴ったり蹴ったりするのは。血は見たくない」
 両手を押さえられ、両足に体重を乗せられコンクリの冷たい硬くざらつく上に、おれは仰向けになって二人進退窮まっている。
 両手を左手で頭上に押さえつけると、原田はハンカチを取り出し、後ろ手に合わせておれの手首を縛った。頭上に縛られたら、おれは両手で頭を殴ろうと思っていたのに、抜け目ない。
「こんな、強姦して、あとどうするつもりだよ。もうおれはきさまなんかと絶対会わない」
「おれの気持ちも分かれよ。少しくらい優しくしてくれたっていいだろ、」
「女もこんなに強姦するのか、お前は、」
 ヤツは黙る。
 が、唇を合わせ、激しく吸う。シャツのボタンを外す気配がする。
 左右にはだけ、両手が身体を這う。
 ヤツはじわじわと頭を下げ、舌を這わしつつ、両手がジーンズのボタンを外す。
 ああおれは、今ほどあのことを後悔したことはない!家に帰ったとき、パンツをはいておけば良かった。
 原田は腰回りをなで回しながらじわじわと脱がせていく。
「お前、いいシュミだな。手間は省けるし、とても色っぽい」
「やらしいんだろ、悪かったな。どうせおれは、やらしい男さ。だからこんな目に遭うんだな」
「おれはそそられたぜ…。観念したか」
「いや、」
 原田は、裏側を舐めている。ぞっとするような、背筋を走る感覚。でもきっと、熱く、でかくなってんだろな。悲しい男の性。でも、声は出さないようにしなくては。
 目を閉じ息を詰めていると、突然噛まれ、「うっ、」と呻いておれは目を開けた。
 原田は引き剥がされ、達っちゃんにブン殴られた。
「何、やってるんだよ、原田」
 達っちゃんが言う。おれは身を起こし膝を立てる。
「や…ちょっと抱いてみようかな、…なんて、」
「友達じゃなかったのか、おれたちは」
「もうしない…よ。悪かったな」
「本当に?」
「うん。誓う誓う。魔がさしたんだ。こいつけっこー色気あるからさ……」
 原田がおれを指す。
「魔がさす程度で、男のアレがなめれるか、」
 おれは低く低く言った。
 達っちゃんは、原田を先に帰らせるとおれの戒めを解き、抱き寄せた。
「おれって、淫売みたいにやらしいのかな。誘うようなこと、全然してねーよな」
「気にするな。……でも、きれいになったよ。すごく」
「喜んでいいやら、悲しんでいいやら、」
「外見はそうでもいいじゃないか。汚いよりは」
「また帰ったら気まずいな」
「フケようか」
「おれん家が心配だ」
「ここで一発ヤッて帰りたいな」
「ご冗談を……」
「5分で済むから」
 彼はおれを膝に抱き、そろそろと侵入してきた。痛い。
「ねえ……どうしておれが好き?男が抱けるの」
「お前は?」
「分かんない。ただ、平気」
 そう、それが正直な所。達っちゃんは好きだ。でも、愛しているとまでは、言い切る自信が全くない。
 二人ともくぐもった声を上げ、息をつく。おれのは達しなかったので、収まっていく。
 おれはジーンズをはき、先に立って歩きながら白い綿シャツのボタンを留める。
 帰り着くと、三人は割と静かに飲んでいた。
「もう遅いから寝ようよ」
 おれは言った。
 6畳の隅の敷きっぱなしのおれの布団は、おれと達っちゃんが寝る。コタツぶとんやら座布団やら、あるだけの寝具を出すと、彼らはその辺で転がった。
「眠れない」
 達っちゃんが布団の中で言った。
「その内眠くなるよ」
 おれは唇を寄せた。彼が抱き寄せる。ヒゲが伸びてきたのだ。ざらつく。  おれは夕方出る前に剃ったし、まばらだけど、…
 おれは身を離し、タバコに手を伸ばす。おれは少しくタバコを吸うが、最近量が増えたが、達っちゃんは吸わない。
 そのせいでおれは感度が鈍いのだと彼は言った。確かに彼なんかと比べたらおれは大層持ちがいいけど、実は初めての夜も、おれがイキかけた途中からガマンできなくなったのか入れられたのだけど、おれは喘ぐ割にはなかなかイかず、彼が終わって、また入れられてやっとイッたのだ。
 でも、5分でイクなんて、達っちゃんの方が早すぎるんだ。中坊じゃねえぞ。
「あんたが、ヘタなのかも知れんじゃん」
「原田とおれと二人がかりで、一度もイッてないんだろ」
「う……」
 くわえタバコでおれは呻く。ドキドキと心臓が鳴る。
「おれの自制心だ」
「やっぱりお前はインラン…あっ、」
 おれは達っちゃんを蹴った。
「もう寝な。こんなこと話してんの聞かれたら、まずい」
「お前さ、…就職できなかったら、田舎帰るのか」
 達っちゃんの口からは、初めて聞く言葉。腹にナイフを突きつけられたような心地。
 おれの田舎は、九州の片田舎。帰ったら、おいそれと会えない。
「おれは何してもここに残るよ。この家が好きだし。田舎は職ないし」
「そうだよな…良かった」
「いつも、言ってるじゃないか……」
 原田達も、言ったじゃないか…絶対帰るなって。…言ったんだ、突然来たときに。そう言えば、原田の彼女は就職できなくて、田舎に呼び戻されたんだっけ。
 それで、欲求不満なのかな……?
 一箱終わったので、くしゃくしゃと握りつぶし、新しい箱を開ける。トントンとやって一本出そうとするが、おれはあれが出来ない。時々まぐれで出来る。悪戦苦闘していると、達っちゃんが不器用と笑う。
 さんざん振り回し、どうにか出して口にくわえ、ライターで火を点け…100円ライターも最初は苦労したっけ。昔は器用な方だと思ってたのに。
 おれはちらと、電気のついてない暗闇の中に横たわってる3人を見る。原田は一番手前で、向こう向いて身じろぎしない。吉田がその横で、完全に寝息を立てている。もう少しでいびきになりそう。富田も、向こう向いて大人しく横になってる。
 皆、寝たのかな……。
 仕事のことを考える。電算の腕そのものは、悪くなかったと思うぜ。多少は荒っぽかったかも知らんが。大体、納期がきつすぎるから難しいんだよな、版下は。やってる内に訂正が入るし。……もういいんだ、版下なんか。おれもイラストか何かやろうかな。
 腹這いになってふかしていると、達っちゃんが背後から抱きつき、胸元のボタンを外し、片手を股間に伸ばす。
「や・め・て……。声を出すよ、おれは」
 おれは慌ててタバコを揉み消すと、股間に伸びる手を掴んだ。しかし彼は手を休めない。おれはもう片方の手で布団をきつく掴み、顔を枕に沈める。
 声を、出さないように……息も荒げないように、衣擦れの音さえも起こしてはいけない。
 達っちゃんはこのように、単なる正直者なのだ。結構肝は据わってるし、おれには出来ん芸当だ。
 おれは、自意識過剰なのか、人目が気になり、なかなか思うとおりのことが出来ない。
 おれは気をはりつめ、一生懸命息を抑えていた。が、時折喉が鳴る。
 胸は激しく上下しているが、静かに静かにと気を遣う故に、つらい……長い。
 焦れてきつく弄ばれるたびに、顔をしかめる。ラジオかなんか付けてりゃ良かったな……。
 いい加減やばいかもと、おぼつかない手でティッシュ代わりのトイレットペーパーをちぎり、布団の中へ入れた。
 顔はそーとー歪んでるはずだが、声さえ出さなきゃ今はいい。おれはやっとその苦しみから解放された。我慢できず、脱力と共に大きく息を吐き、息が…収まらない。まるで今が上りつめる時みたいだ。しかも、彼が手を離さない。
 時々握ったり振ったりするたび、息遣いが変わる。
 放して……。
 そう言うと、彼は、
「もっとしたい」
 ああー、その気持ちは分かるよ。おれだってしたい。でも、もーだめだ。
 あとは声を抑えるなんてできやしない。
 フロ場に行って…トイレに行って…ベランダで…だめだ、どれもひどく不自然な気がする。
 でも、眠くなってきた。……
 気が付くと朝になっていた。周りを見回すと、誰も起きていない。
 おれはシャツのボタンをはめ、ズボンのボタンとファスナーも上げ、寝直した。
 が、すぐに身を起こし、顔を洗って新聞を読み、洗い物を始めた。
 9時くらいに富田が起きた。
「仕事に行かなきゃ」
「また休出か?」
 使い捨て歯ブラシを渡すと、彼は眠そーに歯を磨く。
「えっらいなー。尊敬するよ。…体壊すなよ」
 うんうんとうなずき、顔を洗い終わると、彼は帰ろうとする。
「じゃあ頑張って」
「赤ちゃんもね。…またね」
 玄関まで送ると、彼は少し笑って手を振った。
 昼頃、いかにも寝覚め悪そうに、原田と吉田も起きて来たので、歯ブラシを渡した。
「こんな用意してるのか。女みたいだな」
 歯ブラシを見ながら原田が言う。
「田舎から送ってくるんだよ。なぜか使い捨てを大量に」
 二人は大人しく歯を磨き、顔を洗うと達っちゃんに挨拶して帰って行った。
 原田は、いつものように素っ気なく、余りおれを見ず帰って行った。
 おれはそれから、達っちゃんを揺さぶる。
「二人になったよ」
 するとおれに抱きつくので、
「早く起きてよ。歯磨いてヒゲ剃って、フロに入ってくれたら考えてもいい」
 と言えば、むくむくと彼は起きた。
 おれはフロを点火し…文化のフロは、ガス風呂追い炊き機能付きシャワー無しの、超狭いフロだ。半畳分が湯船、半畳分が洗い場、20分にタイマーを合わせて、やがて鳴ると、種火を残し、湯温を見る。
「一緒に入る?」
 おれが言うと、うーんと唸り、いい陽気を見、彼はやめとくと言った。
 彼は白日の下に体をさらすのが、恥ずかしいんだよね、まだ。ウチのフロ場は窓があって、明るい。
 二人とも入った後、昨日の残りや、レンジ商品などで腹ごしらえして、それからどちらからともなく、また6畳間に引きこもり、それから…やった。
 夏の終わり以来、2度目。
「赤……」
 と最中に呼ばれる。
「昨日は、ヤバイとこだったよな……」
「気の迷いさ……冗談だろ」
「そうだよな…あいつはモテるもの。わざわざ男なんか、」
「………」
 そう、きっとあなたもそうなんじゃない?と思っても、口には出さなかった。
「アアッ……」
 と叫び、背を弓なりに強ばらせる。彼はその背を抱き寄せ、
「いいよ……」
 と呟いた。
 それで夕方になってしまい、彼を駅前まで送って行った。
「帰るなよ」
 改札の前で、おれを見て彼が言う。
「ここから?家に帰らなきゃ、今夜どこで寝るの」
 おれがニヤニヤと言うと、
「バ――カ、田舎にだよ」
「うん」
 おれは素直に頷く。
「また電話する」
 彼は改札の中に吸い込まれ、人混みに紛れて、見えなくなった。
 就職……か。また、焦燥感が沸いてくる。
 宴は終わった。激しく疲れたが、おれは原田を憎めはしなかった。
 明日は久々に職安へ行こう。

更に原田君何を考えてるんでしょう…(汗)。また彼のいいとこなしで切れてしまいましたね(笑)。それにしても達彦君のキャラがイマイチ固まってませんよなあ。スケベなのか淡泊なのか、どっちじゃい!まあ淡泊なんですけどね。キャラ立てとしては。でもここは必要なんで珍しくスケベ心を出してもらいました。

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