おれは今一人暮らしのプー太郎だ。たまに面接に行ったりするものの、不況の今就職は難しい。保険で結構暮らしていけるので、ぶらぶらと長期バケーションを楽しんでいたのだが、もういい加減尻に火が点いてきた。毎日焦って楽しくない。
でも彼、林田達彦に会っているときは別だ。他の友達だとあんまり愉快じゃない。仕事が忙しいのなんのとしゃべり散らして、おれの悪い思い込みか知らんが、優越感を漂わす。どうせおれは、元々辞めたがっていたとはいえ、ドロップアウトさ。その事を思い知らされ、否が応にもみじめな気分だ。
彼はそんなおれの傷を舐め、癒し、安らぎを与えてくれる。
「大丈夫、きっといい仕事見つかるよ」
……と。
ある日電話がかかって来、昔の仲間でまた会おうと言ってると彼が言った。
昔の仲間とは、あの会社での、仲良し5人組だ。その中であの会社に残ってるのは彼一人なんだが、なぜか殆ど月一ペースで会っている。
中に一人リーダーシップのあるヤツがいて、そいつがいつも音頭を取る。
おれはあんまりそいつらと仲が良かったとは思わなかったんだが、そりゃ、それなりに飲みに行ったりしたけど、何かすっかりペースに巻き込まれてる。
辞めた直ぐ後なんぞ、連絡もなしに突然、おれの家に来たりした。
でも、嬉しかったけどね。あの日はひどい騒ぎだったな。ウチは文化だから、周りの人はさぞかしうるさかったに違いない。
いつもは飲みに行っても静かなおれも、クビ切り直後ということもあって、それに勝手知ったる自分の家で、結構酔って、キレて騒いだ。
あの頃はプーがもう一人居たが、今やおれ一人だ。
「髪、伸びたな」
そいつ、原田が言う。はい、今は飲み屋だ。
そいつって、プーじゃない、リーダーである。
「金がなくて」
おれは素っ気なく、うつむいて言う。
「その位出せよー」
一番お気楽そうな最近までプー、今や販売員の吉田が言う。
「でもまた色抜こうかと思って」
「どうやって」
「オキシフルで。安く上がるから」
「真面目にしてないと、就職できねーぞ」
あきれて原田が言う。
「いいもん、おれ、やりたいことないから、ファミレスかスーパーでも」
「それでもいいよね」
林田達彦、達っちゃんが言ってくれる。すると原田が、
「税金や保険がつらいだろ。もっとちゃんとしなきゃやってらんねーぞ。一人暮らしだろ、赤は」
赤、というのはおれの愛称である。髪が赤いからじゃない。
おれの名前が赤城耕作だからだ。
「分かってるよ。そんなことぐらい。でもしたくねえ仕事なんか、出来ない」
すると吉田が、
「イイトシこいて何ガキみたいなこと言ってんの?赤の赤は、赤ん坊の赤?」
と言う。おれはちょっとムッとし、
「お前におれの何が分かるよ。分からねえのに、そんなこと言うな」
と突き放すように言えば、
「だってアンタ、自分出さないじゃない」
原田が言う。
「でも、そーいう所がいいんだよね。神秘的で」
達っちゃんが言ってくれる。
「そーかあ?」
原田と吉田、二人が怪訝に言う。
「やっぱり人間は素直が一番よ。達っちゃんみたいに」
原田が言う。おれはまたまたムッとする。だったらおれを、呼ばなきゃいいだろ。
そうやって、否定する位なら。
でも、言わない。表情にも出さず、おれはグラス傾ける。
「達っちゃんは、かわいいよ」
吉田もニコニコして頭をなでる。それを見、少し口元を歪ませながら、おれが
「達っちゃんは、誰からも好かれてうらやましいなあ」
と言えば、彼は、
「おれは素直じゃないよ」
と謙遜するが、彼が素直じゃなかったら、一体誰が素直と言えるだろう。
……いや、おれは、結構彼の素直でない面を知っているが。
「ううん……素直だよ。達っちゃんにはいつまでもそのままでいてほしいな」
おれが少し口元をほころばせ、タバコに火を点けながら言うと、達っちゃんはおれを見て照れた。
「そう、そう」
と原田たちも言う。
「皆大人ぶりやがって…。皆だって、素直だろ?赤だって、」
達っちゃんはマジで言う。こういうところが、好きだ。人の良さがにじみ出ている。
徳のある人物とは、彼のことを言うのだろう。といつも思っている。
彼は社会に出るまで、嫌いな人に会ったことがなかったと言った。
おれは嫌いなヤツばかり、人をあんまり肯定の目で見ることがない。
例えば原田は、頭が切れて、良くって、リーダーシップを自然に取るだけあって、しっかりしてるけど、その分わがままで強引な所があるし、人の好き嫌いは激しそうだ。とおれは見ている。
おれは本当は、こういう振り回され、まくられそうなヤツの側には居たくない。いや、飲んだり、遊んだり、他者が介在してたらいいけど、二人で何かしたくない。そういう気配を察してか、ヤツもあんまりおれにからむことがない……わけではない。
おれはヘタすると、こいつのいいオモチャにされそうだ。
それでスキは見せないようにしている。こいつ、からかい、からみは大の得意だからだ。
おれがローな気分でグラスを傾けていると、ヤツがなんだかいやァな目つきで見ている。ノリの悪いヤツとでも、思ってるんだろう。フン……
吉田は、どうということない人物。ほんとにお気楽なヤツだ。あんまり思慮は深くない。仕事の理解度もイマイチだった。仕事そのものは、おれの方が出来ていた。絶対。原田とは、イイ勝負だったと思ってる。
理解度は。何せおれは、技術に終始してしまい、チェックが荒かった。
達っちゃんには、色々教えてやった。
でも達っちゃんは、根気・根性があって、弱音を吐かず、人当たりがいいので、持っている。おれはすぐキレていた。ムチャな仕事なんぞ回されると、もう、……
ヘンな仕事、皆の嫌がる仕事を担当させられていたし。
とにかく吉田は、思慮は浅いがその分ノリがいい。原田といる位なら、こいつの方が落ち着く。分かり易いから。扱いやすい。
そして達っちゃんは、優しい。あんだけキレていたおれを、おれは達っちゃんにだけは誠意込めて接していたからか、「穏やかな、いい人」と言ってはばからない。
だって、なんか優しくしてやりたくなる人物なのだ。おれの筆致では上手く伝わらないかも知れないが…。
原田たちも、それでいまだに皆で会いたがるのだと思う。かわいい達っちゃんと会いたいために……おれはその、付属品。
皆のアイドル、達っちゃんはおれのものだぞ。
ルックスに関しては、この中で唯一の彼女持ち、原田がいいことは否めない。大人びてるし(もう大人だけど)、長身で男前。おれみたいに脱色することなく、ストレートの髪を、前分けにして目の上まで垂らしてる。量
は多くない。サラサラ…と音を立てそう。一般ウケしそうなツラだ。
吉田は、おれと同じくらいの長さの髪に、パーマをゆるく当てている。色は地の色。でも、おしゃれである。販売員なだけあって。こいつも背は高い。顔は、格別
良くもなく、でも全然悪くなく、まあ、フツウだ。特徴はこれといってないからなあ。目が二つで、鼻が一つで……ということになってしまう。ただ言えることは、いかにも軽薄そうな顔付き、表情。彼女が出来ないのは、思慮の浅い、自我のイマイチなさそうな所が災いしてるんだろうな。
達っちゃんは、前述の通り、背は低いし、がっしり型。顔は、まあフツウ。でもいつもニコニコしているので可愛がられてしまう。目もいつも真っ直ぐで、眩しい位
だ。彼は、ごくフツウのショートカット。彼もおしゃれに敏感だが、突飛なことはやらない。……おれみたいには、ね。
そしてもう一人、富田というヤツが、やせててひょろ長く、いつもおれ以上に病んだ感じである。
こいつはしょっちゅう来るわけじゃない。忙しくて、来ないことが多いし、一番早く辞めている。
とにかく、このメンバーは、不真面目だ。達っちゃんを除いて。
原田は意外と身体が弱かったらしく、休みが多く、吉田も何かと休んでいた。おれも起きるのが苦手で、遅刻、休みはめちゃ多く、達っちゃん一人が毎日きちんと出社していたという有様。毎日のようにウチの部長は、
「今日も全員揃わない」
と言っていたものだ。
こういう集まりでさえ、原田が集合時間を決めるのだが、いつも30分位遅れると思った方がいい。時間通
りに達っちゃんみたいに行くと、絶対バカを見る。だからオレは、必ずのんびりと、15分遅れに行くことにしている。それでも達っちゃん一人や、吉田と二人なんてことが多く、当の原田はヘーキで30分以上遅れでフラーッとやって来る。
その時遅れて富田がやってきた。残業続きとかで、青い顔して眠たそう。
彼はデザイン事務所に行っている、グラフィックデザイナー。原田は電算写植。吉田は販売員。達っちゃんも電算。……そしておれが、プー。
前の会社では、皆仲良く電算写植をやっていた。この仕事、どう説明してもなかなか他人に上手く伝わらない。だからあっさり流したいのだが、平たく言えばあらゆる印刷物の文字を打つ仕事である。
原稿が印刷物に仕上がるまでにはなかなか手間がかかる。
まず、クライアントの方でものによってはディレクターが印刷物の企画を立て、ライターやらカメラマンやらで必要な原稿を用意する。で、デザイナーが紙面
デザインをする。ウチの会社にはデザイナーは二人くらいしかいないし、定期刊行物やらいつものやつ、ってのが多いので、クライアントから(クライアントも広告代理店みたいなカッコイイのじゃなくて、普通
の会社のこの仕事の担当者なんかが多い)営業が貰ってきて、そのまま版下の人が原稿や写
真やイラストをレイアウトして、で、電算や手動の写植担当ががそのうち文字の部分を担当する。
文字は印画紙に焼き付ける。写植とは「写真植字」の略だ。巨大プリンター(何千万もするらしい)みたいなので印画紙に出力するのだ。その印画紙や写
真のコピー(本物は貼ってはだめ。アタリという)をレイアウト(ラフ)に合わせて版下用の台紙にカッターで切ったり貼ったりするのが版下の仕事。で、一回出来たら初校といってクライアントに見て貰い、訂正を入れて貰い、おれたちはその訂正を直してまた見て貰い、二(再)校、三校と進み…普通
三校までやる。次に、モノクロの印刷物なら製版という、印刷用の版を作るところへ持っていき、青焼き、四色(フル)カラーなら色校という本番に近いものを出して、最終的に色味やなんかをチェックして、だめなとこは修正して、やっと印刷。
なんでこの仕事が忙しくなってしまうかというと、大抵は納期のせいだ。一応クリエイティブワークのはしくれなので、原稿の出てくるのが遅かったりする。でも、印刷スケジュールは最初っから決まってるので、初校から色校までこっちはきっちりそれぞれの納期には上げて持って行かなきゃならない。まあ、止むに止まれず遅れることも多々だけどね…。しかも、訂正はときにはやり直しに近いものもあったりする。相当進んだ段階での原稿差し替えとか、それまで殆ど朱書きがなかったのにイキナリ色校で訂正タップリ入れてくるところとか(その前の段階で真剣に見ていないのが丸分かり)、明日の午前中までの原稿を定時の終わったあとに持ってきたり…おれは原稿待ちを夜の十二時まで待ってたこともある…もちろんその頃クライアントは原稿持ってやってきた。
町中で、自分のやった旅行パンフや、電車の中吊り広告など見ると、目頭が熱くなるものである。
「何か赤ちゃんは、妖しげになったね」
富田が言った。なぜか彼だけは、ちゃん付けで呼んでくる。
おれはそんなに親しみやすい人物ではない自負があるが、どういうワケかこっちから言いもしないのに、中学からこっち、どこへ言ってもおれは「赤」と呼ばれる。「赤城」って呼び捨てしにくいんだろうか。
「えっ……何が」
げっ。達っちゃんとさっと見交わす。
「やせたねー。髪も伸びたし。色も益々白くなって…。何か物腰が色っぽいよ」
おれはあははと笑い、
「あんまり外出ねーし、まともなもん食ってねーから、やつれたんだよ」
と言うしかなかった。
達っちゃんとは、あのあとキスもして、セックスもヤった。相当長い間、何度もやった。やられた。オロナインを潤滑油に、おれは彼に……
おれたちは、友達の一線を越えてしまった。
おれの喘ぎや息遣いや、全てを色っぽいと彼は言ってくれた。面食いの彼が言ってくれたんだから、有り難く受け取ろう。でも、妖しげだなんて……、
陰鬱。
「おれ金ないから、電車あるうちに帰りたいんだけど、」
12時位におれが言った。
それじゃあ、と皆レシートを取ったり、サイフを覗いたりする。
店を出たところでわあわあ騒いでいると、達っちゃんがおれを露地に連れ込み唇を合わせてきた。
「よしなよ、こんな時に……」
「早くやりたい。したくなった」
「おれだって、早く帰りたい……でも、素直なんだから」
と笑って言うと、彼は少し照れて、
「からかいやがって」
と言う。
何食わぬ顔で戻り、じゃあと別れようとする。
「おれ、今日こいつん家泊まるから」
達っちゃんが言うと、原田が楽しそうに、
「あっ、おれも行きたい。なぁ、皆で行こうぜ」
とか言い出す。
「エーッ。部屋きたねえのに」
おれは顔をしかめて言う。
「お前ん家、広いじゃないか。汚くっても気にしねえよ。いいだろ?」
「でもー」
と渋ると、少し目を険しくさせ、
「何だ。何かあるのか。……達っちゃんはよくって、おれらはダメか」
あまりロコツに嫌がり断ると、不審がられる。おれは達っちゃんと目を合わせ、
「いや、別に……」
「じゃ決まりー。久しぶりだな」
と手の平を返したように、陽気になる原田と、彼ら。
おれと達っちゃんは先に歩き、
「今日はなしだな。明日ヤツらが帰ってからだな」
とおれが言えば、彼はちょっと息吐き、
「身体がもたん」
「あれから一回もしてないくせに……。一日くらい、持つだろ?」
おれの家は最寄り駅から徒歩10分位の、ちょっと変わった造りの文化住宅の角部屋だ。四畳半と六畳、狭い台所の横に、これまた狭いガス風呂(シャワー無)、トイレは四畳半からも六畳からも行ける廊下の先に古い洋式のがある。角部屋なので、窓が多いし、値段の割には広くて住み易い。木造は鉄筋と違ってなんか開放感があっていい。
さて、駅からウチまでの道すがら酒やアテなど買いながら、ウチに着いて四畳半で飲んでて、トイレに行こうと思って廊下への襖を開け、出ると達っちゃんも着いてきた。
電気のスイッチが壊れて真っ暗の廊下で、おれを砂壁に押しつけキスをする。
おれの方が5cm背が高いので、少しずり下がると彼は右手をジーンズの中へ入れる。
「だ…だめだよ」
「お前またはいてないのか。色っぽいはずだよ」
「趣味の問題、じゃねえ、洗濯物の問題だよ。…ねえー、危険だよ?」
「じゃあトイレの中で…我慢も限界」
「ダメだ。トイレは一人で入るもんだろ?」
ガタガタと音がして、少しずつ光が射し込む。おれたちは離れ、達っちゃんが先にトイレに入る。
来たのは、原田だった。達っちゃんが出たあと、おれが入った。トイレは洋式だが、戸は、すげえ昔っぽい板戸だ。面
倒なので、いつもカギはかけないのだが、やってる途中で、戸を開け原田が入ってきた。
「な…、冗談にも程があるだろ、」
おれは出るものも止まりそうになりながら、彼を見、言った。
原田はおれのを掴み、逃げ場のないおれを抱き唇を奪った。
なんでこんな所で、こんなシチュエーションで、……じゃない、とにかく、イヤだ。
出し終わって自由が利くようになったので、とにかく水を流し、手を洗い、濡れた手を押しつけ身を離したが、原田が扉の前に立ってるので出られない。
どころか、おれは窓に頭を打ち、壁にへばりつくだけ。
「どけ」
そういうと、原田は分け目ある、長い前髪の奥で目を光らせ、フンと鼻で笑い、寄ってくる。
おれの間近に立ち、顔が真上にくる。妙に余裕ある表情。
「やめろ。友達だろ、おれたちは……。彼女がいたよな。冗談はこの位で、やめて……」
「お前、キレイになったよ、ほんと」
また唇をふさがれ、舌を絡めてくる。さっきから色々刺激を受け、だめだ、身がとろけそう。脳もや~らかくなってる。
だめだ。こんなことでは。おれは好き者か。どうして今になってこんなに男にせまられるんだろう。昔はなかったぞ。そりゃ、何となーく女っぽく扱われはしたものの……。田舎だったから、何もなく済んだだけか?
それともやっぱり、一度抱かれたから、何か変わっちまったんだろうか。
こんなに急変しやがって。
精一杯もがき、足を踏み、蹴ると原田が離れた。
「冗談でももうやめてね。忘れてやるから」
おれはやっとの思いでトイレを出た。
ハイハイ、何を考えてるんでしょーね原田君は…ワケの分からん野郎だ(笑)。人事じゃなく私の脳みそがおかしいのですよね、ハイ。でもこのトイレで初キッスは、と~~っても好きなシーンだったりするから私もほんとに始末に負えませんね。
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