ブレイクスルー -13-

 おれは家に帰っても、原田が気になり、電話をしたかったが、我慢した。
 次の日、また会社に原田から電話がかかって来、何時になるか分からないけど、今日家に来たいと言った。しかし、その日は皆さんがおれの歓迎会をして下さると言うので、遅くなるかもと言うと、終わってから電話して、と言われた。
「髪、切ったのね。なんか、別人みたい」
 27才という、進行兼事務の宮川さんがおれに言う。前髪だけパーマを当てて、バレッタで長い髪を留めている(※時代を…以下略)。大人っぽい、清楚っぽい人だ。
「そうですか……?金の入るアテがないと、髪も切れなくて」
「中国語、シュミなんですって?」
「まあ……宮川さんも、出来るんですか?」
「殆ど全然。実は文字校してても、字を追うだけで、あんまり分かってないの。だから発音は全然って感じ。中国にでも、行きたいの?」
「そんな所です……」
「男の人、少ないでしょ。でもソフト開発してるもう一ヶ所の方では、殆ど男の人なのよ。だから、辞めないでね……」
「それも中国人?」
「どうだったかしら。あんまり居ないと思うけど」
 FAXで原稿が来た。クライアントに電話をかけて、それは写植の訂正だったので、納期や書体、級数などを聞いて、分かりましたと切る。
「お世話になってます、を忘れないでね」
と言われた。見た感じ、ムチャな仕事じゃなかった。そこで、伝票を付け、名前と顔を覚えるために、おれが劉さんというショートカットの女の子に頼みに行く。
 劉さんは、普通の女の子だ。留学生という話だ。
 劉さんは、納期を聞き、原稿を見、唸ってる。多分押してる仕事があって、挟めないんだろう。今日中なんだけど。
 日本語だったらいいけど、中国語の文字訂正はおれには出来ない。
 とりあえず文句は出ず彼女が受け取ったので、おれは席に戻る。
 すると一息付く間もなく、翻訳してもらってる人のとこに原稿を受け取りに行ってくれと言われた。今日はあんまり、ヒマじゃないかも。
 翻訳の人は個人宅だった。30才位の、疲れた風な、男だった。
 中国人だそうだ。通された書斎らしい部屋をちらちら見ていると、おれの好きな道教関係の本が沢山ある。ここでコネを作らなきゃあの会社に行ってる意味がない。おれは思い切って、
「道教関係の本が、いっぱいありますね」
と言う。すると彼はちょっと笑い、
「興味ありますか」
「はい。殆どそれだけって感じです」
「何か貸しましょうか?」
 おれは慌てて手を振り、
「いや……!読めません。まだ。日本語でも時間かかりそうで、まだいいです」
 彼は更に微笑み、
「名前何でしたっけ、」
「赤城です」
 差し出すメモにフルネームを書くと、
「何か行事とかあったら、お知らせしましょう。…分からないことがあったら、いつでもどうぞ」
と言われた。もっと話したかったが、仕事を持って帰らないといけない。名刺を頂き、礼して帰る。
 おれは嬉しかった。もうあの会社、辞めてもいいや……などと不遜なことを考える。
 残業が終わるのを待って、7:00位に予約の入れてある居酒屋へ行く。
 前の会社のことを色々訊かれた。
 9:00位に予約が切れて、お開きになる。女の人たちはカラオケへ行くらしいが、おれは断った。
 そして原田に、電話する。彼は居た。きちんと残業してるらしい。
 おれは先に帰って、彼を待つことにする。
 彼が来たのは、11時近くだった。服装は、早々と革ジャンにTシャツ、ジーンズ……だったが、おれは一目見てぎょっとした。頬骨の高いところにあざ、口元に、傷。
「原田……!やったのか!」
 彼はおれの表情に目をくれ、
「そう、昨日行って来た。おかげでおれは落ち着いた。もうどうとなれ、だ」
 そして靴を脱いで上がると、すぐにおれを押し倒す。
「ああ……!せっかちだな、お前は!」
「今日はもう、いい?」
と言いながら、パジャマの中に手を入れ、尻を撫でて、穴に触れる。
 「だめ」と言うと、背けているおれのあごを掴み、口付けられる。
 薄目を開け、やっぱり原田は、何て素敵なんだろう……とキスに酔う。
「タバコは吸ってないか?」
「まだ一本も。我慢してるよ」
「いい子だ」
 ボタンを外しながら、首筋に顔を寄せる。
「口寂しくなったら、いつでも言え。キスしてやる」
「原田もやめたら?健康のために」
「おれはやめん。……でも、お前と会ってる間は、我慢するか。お前がのみたくなったら、困る」
「お風呂は?ごはんは?お酒は?」
「奥さんみたいだな」
「それとももう……寝ちゃう?」
「それ……!」
と言いながら、ボタンを外し終わったおれの身体を抱きかかえる。
「やっぱり、お風呂に入ろっかな。昨日入ってないし」
「フケツ……。触らないで。病原菌」
 それから暫くじゃれあって、おれは湯を沸かす。
 湯を沸かす間に、原田に昨日のことを訊くと、まぁ大体のことを話してくれた。
 殴られた話や、2人の間で交わされたやりとり、話しながら、タバコに無意識に火を点ける原田。
「キスして、やろうか……?」
 彼はタバコに目をやり、
「ああ、すまん」
と押しつぶそうとしてやめ、灰を折り、シケモクにしている。またこれを吸う気だな……。
「じゃあ達っちゃんとは仲直りしたのか……?」
「あいつもおれの押しには負けるらしい」
「お前は無敵なヤツだな。いつかしっぺ返しが来るぞ」
「これだけじゃ、足りんか?」
と傷を突き出す。おれは顔を寄せ、頬の傷を舐め、切れた口に舌を這わす。
 すると彼の舌が迎えに来、またキスをする。
 一緒に風呂に入った。彼のやったことといったら、湯船の中でおれを壁にもたれて立たせ、口でしてくれる、どていねいに身体を洗ってくれる、ついでに弄ばれる。
「狭くってソープごっこが出来ない」
とぬかしていたが、はっきり言って本当の所、おれはソープに行ったことがないから、どんなサービスしてくれるのか、具体的に知らない。
  そう言うと、
「今度体験学習に行こう」
と言いながら擦り寄ってくる。というか隙間なく密着してくる。
 おれもしっかりと洗ってやった。彼のアレを、タオルごしでも手で掴むのは初めて。つい恥じらうと、彼はそんなオレを見て喜ぶ。しかも、……。なんかムカついたから、強く握ってやったら、更に……
 湯船につかっていると、達っちゃんのことを思い出し、暗い気分になった。
 彼もそれを察する。そして頭をくしゃくしゃとする。
 相当長湯して上がった後、おれたちはすぐに寝た。
「あのね……」
「うん?」
「すぐやめたら、根性なしと思う?」
「は……?何を。H?」
「ばかめ。仕事……」
「保険残ってたっけ?あんまりいいことじゃないけど、2日3日で辞めるのは多いからな。見切りをつけるのは、引きずるよりは早い方が別 にいいかも……でもお前、今日歓迎会までしてもらっておきながら……、だからよく考えろと言ったのに……、」
 彼が睨む。
「何する気だよ」
「写植……。いや、いい、辞めない。……あのさ、目的達しちゃったんだ」
「何の」
「これ」
 おれは彼の下からはいずり、ジャケットのポケットから名刺を出した。
「張さんか。この張さんがどうしたんだ」
 例の人物は、張玉喜という名前だった。おれはニヤリとし、
「おれの探し求めていた、理想の人物」
「穏やかじゃないな。何者だ。……男?女?」
「30位の男だよ。いい男」
「フン……その手に乗るか。おれを妬かそうったって、ムダだぜ」
「でもこの人、友達になりたいな……どんな人か良く分からないけど。とにかくそれで、もう中国語はどうでも良くなっちゃったんだ」
「あんまりお薦めできねーけど、まぁ、辞めたいんなら早い内だな。全く、お前ってヤツは……」
「辞めないよ……」
 彼がおれを愛撫する。穴に指を突っ込み、
「どう、」
と訊く。まだ痛い。顔をしかめてそう言うと、「しょうがないな」と諦める。
 髪型が変わったので新鮮らしい。ヤンキーがかったボーズを犯してる気分だそうだ。
 彼はまだまだ、おれを相手にやりたいことが色々あるらしい。
 アイデア盛りだくさんなヤツだ。この夜は、大筆を出させ、全身くまなく筆で探られた。おれは布団の上で笑い、喘ぎ、身を捩りのたうち回った。
 書き忘れていたけど、うちの布団は、少し広い。和の組布団だったが、思い切って掛けは羽毛を買ったので、綿布団の掛け布団は敷き布団の下に敷いて、余分を折り返しているので、30cm位 横に広い。それで2人で寝ても、身体が痛くなることはない。セミダブルくらいの広さかな。
 セックス描写が荒くなったって?だって殆ど毎日だぜ。
 もうボキャブラリーが尽きたのさ。
 彼は次の日おれの服を着ていった。
 仕事は少しずつ忙しくなった。納品待ちで残ることもある。皆おれに優しくして下さる。いい会社だ。休みさえ多ければ。
 おれは土曜の夜、達っちゃんに電話した。昨日もかけたが、まだ帰ってませんと言われた。
 土曜は、出てくれた。おれはどきどきし、一つ一つ確かめるように、
「明日、会ってくれないか……?」
と切り出した。彼は長いこと沈黙した後、低く、押し殺したような声で
「いいよ……」
と言った。おれは溜息をつく。
「原田は……今日も来てるのか?毎日……」
「今日は、まだ……。毎日、来てるよ……」
「そうか……」
「あの……達っちゃんの物、どうしよう……明日、持って行こうか……」
「……いい。いらないよ。そっちで処分してくれ」
「じゃあ、大事にとっとくよ。CDや、服や……。捨てるなんて、おれには出来ない。だけど、あの……悪いけど、合い鍵、返してくれる……?」
 胸を刺す一瞬。言いたくない言葉だ。
 彼は再び沈黙し、少し震える声で、
「分かった……」
と。おれたちの付き合いは、恋は終わったのだ。と思う。
 泣いてはいけない。何もかも、片づけないうちに。
 待ち合わせ場所と時間を決め、電話を切る。
 胸が苦しい。心が落ち着かない。
 原田が来る。顔を見た途端、おれは無性に抱きつきたくなる。
 キスをされると、落ち着いてゆく。
「今日は、燃えているな」
 布団の中で彼が言う。
「何もかも、忘れていたい。今だけは……。忘れさせて。お前だけを、感じたい……」
 彼を抱き寄せる。彼は耳元で、穴に触れながら、
「今日は、もういい……?」
 おれは微かに頷く。彼は丁寧に穴を馴らし、おれは実はまだ少し痛かったのだけど、恐る恐る、といった感じで侵入してくる。
 おれは眉間に皺を寄せ、喉をのけぞらす。久しぶりの、傷の癒えきらない身体の内部は、存在感のありすぎる彼に驚く。貫かれる、という表現がピッタリだ。
「痛い……?」
「そっと、して……」
 おれは彼と溶け合ってる。一つに繋がっている。それを強く感じる。
 おれは彼に突き刺された獲物であり、彼はおれに飲み込まれた獲物なのだ。しかし、太陽なのだと思う。
 全身の神経が感覚が、一点に凝縮されていく。
 口で舐め合うだけでは得られない何ものかが、この行為の中にある。
 確信めいたものが、快感と共に、身体のすみずみにまで流れていく。
 おれと彼は、「一つ」なのだと……。
 おれは強く縋り付く。指先が震える。
「久々で、凄く良かった……」
 彼がおれの中で放った後、耳元でささやく。
「おれも……。実感する」
「何……」
「愛してる。……」
 身体を繋げたまま、口付ける。
「明日、達っちゃんに会うよ。おれは……」
「そうか」
 彼がまたおれを狂おしく愛する。


 日曜日の昼下がり、喫茶店の窓辺のテーブルで、達っちゃんは何より早く鍵をテーブルの中央に置いた。
「はい」
「ありがとう」
 おれは手を伸ばし、音を立てないように取る。
 音を立てたら、2人の間に漲る緊張や、どうにか保っている、罪悪感の上に被せた平静が破られそうだった。
 何かが、壊れそうだった。
 鍵を丁寧に黒いスイングトップのポケットに仕舞うと、ここへ入って初めてまともに彼を見る。彼は頬杖で、外を見てる。
「そんな顔で、見るな」
「えっ?」
「目を細めて、眉を寄せて、工藤静香みたいな顔してる」
 つまり、眉が下がって、顔をしかめているんだ。おれは目を落とし、
「ご……ごめん。嫌がってる訳じゃなくて、つらいんだ。悪いと思ってて、まともに顔見られなくて、それで……」
 ウェイトレスが注文の品を持ってくる。彼はミルクティー。おれはオレンジジュース。
「夏でもないのに、ジュースか」
「う……ん。ちょっとワケありで」
 バカだな。おれって正直者。彼が顔をしかめ、
「原田か」
「うん。……」
 頷くおれ。タバコ吸いたくなっちゃったな。緊張しすぎて、気持ち悪い。
「どんなワケが、あるんだ」
 刺すような目で、おれを見る。
「お肌のために……」
 沈黙。
 堪らないこの時間。ここだけは、耐えられない。おれはタバコを出し、ジュースを見ながら、火を点ける。ジュースを飲むから、いいだろ……
「タバコも変えたのか」
「本当は吸わないようにしてるんだけど……」
 また余計なことを。おれって緊張してると、とてつもなく素直な小心者になる。
 普段は結構あることないこと言えるくせに……。
「それもお肌のため、か。悪かったな肌に悪い男で」
「そんなことない、達っちゃんは悪くないよ、悪いのは、おれ、……」
「お前は完全にあいつのものなんだな」
 絞り出すように言う彼。おれは締め付けられる。
「ごめん……彼なしの生活なんて、おれは考えられないよ。おれはあいつにのめってる。夢中だよ。……酷?」
「かなりね」
 彼はぬるくなったミルクもシュガーも入れない紅茶を飲み干す。
「出よう。出て……どこか行くか?」
 おれはタバコを揉み消し、ジュースを飲み、
「明るくない所の方がいい。映画……はあんまり良くないし、昼間だけど、カラオケに行こうか。歌い放題じゃないところ」
「歌歌いに行くわけじゃないもんな。じゃあ行こう」
 彼が立つ。レシートをおれが取る。
 奢らせてくれと言うと、彼が困ると言うので、きっちりと別に払う。
 人目を気にせずに済むボックスの中で、向かい合わせでなく、ソファに横に座る。
 顔を見ずに済むからだ。
 彼はそれとなくおれに目を走らせてる。足や、腕や、……体に。
「くそ、」
 彼はソファに拳を突き立てる。唇を噛んでる。
「おれは…好きなのに。こんなに……今でも、」
「達っちゃん、……」
 彼はおれの方を見る。目が合う。反らせない。
「赤……、」
 抱きつかれる。覆い被さってくる。おれは彼の両の二の腕を掴み、力を込める。
「達っちゃん……、や、……やめて、くれ……ないか。済まないけど……」
 どんどん声が小さくなっていく。
「赤……お前はおれを受け入れてくれただろ……おれに身体を委ねてくれたじゃないか。何で今更、そんな……何で、あいつに……。どうして今更、抱けずに済ませられるんだ」
「お願い……他のことならどんな償いでもする。本当に難しいのは分かってる。でも、それだけは止めてくれ。殴りたく、ないんだ……」
「そんなひどいこと、言うのか。お前が。間男したお前が」
「ごめん……でも、けじめはつけないと、」
「おれとずるずるいくと思ってるのか。おれが忘れられずに…おれの方が、か?正しくは。お前にとっちゃおれは大した問題じゃない、そうだろ」
「そうだよ、」
 身を切る思いで顔を反らしそう言う。彼がピクリと身体を震わせ、力を抜く。
 おれは身を引き、彼から離れて立ち上がる。彼はソファにうずくまったまま、顔を埋めてる。やがて肩がわななく。彼は声を殺し、泣いている。
 切ない。どうしてこんなに愛してくれたのだろう。愛していてくれたのだろう。
 どうしておれは、それを信じてなかったのだろう。どうしておれは、彼を愛し続けられなかったのだろう。どうしておれは、原田に惹かれてしまったのだろう。
 彼がこんなに激しくおれを愛してくれていたなんて……おれは、バカだ。
 だけど、抱かれてはいけない。絶対に。それがどんな感情の下にあっても。
「達っちゃんは、きっと普通の、優しい女の子が出来るよ。おれみたいな、実はHで、すれっからしの、ひねくれ者じゃなく、さ……」
「おれは頭が良くて冷たい位の、目のきりっとした、鼻筋の通った美人が好きなんだ」
「達っちゃん……、あんたに合うのは、ほんわかした、可愛い子だよ」
「お前が好きだ……」
「応えられない。お願いだ、許してくれ。困らせないでくれ……」
「一度この手の中に手に入れたと思ったのに……」
 彼は手を強く握りしめる。
 おれはこの密室で、耐えられなくなる。ドアを開けて、逃げ出してしまいたい。
「原田は、アタックしていいと、言ってたよ……」
「えっ?」
 びっくりして彼を見る。おれはそんな話、聞いちゃいない。
「おれが好きなのを、止める権利はないからって。当然だよな……てめえのやったことを振り返れば、」
 そして彼は涙の枯れた顔を上げ、おれを見上げ、
「好きだ、好きだ、好きだ、愛してる愛してる愛してる!赤……」
 だめだ。おれはどうしたらいいか分からなくなる。
 2本目のタバコに火を点ける。深く息を吸い、少し落ち着いたような気がする。
 震える指先に挟まったフィルターの文字を見る。
 逆さを向いた、丸の中のLUCKY STRIKE。
「お願いだ、諦めてくれ……。うちの女の子、紹介しようか……?年上だけど、清楚な美人がいるぜ。気の強そうな女の子も」
「女なんか……!」
「達っちゃん、君はいたってノーマルな男なんだよ、」
「お前におれの何が分かる、」
 おれはパカパカと一本をせわしなく吸い終わり、旨かったと思いつつ、
「どうしても、諦めきれない……?」
「嫌いになったら、諦める」
 おれは顔が引きつる。どうしても、友達には戻れないか。
「どうやったら、嫌いになる?」
「判らない。……イヤ、」
 彼は仰向けになり、目を閉じ、腕を乗せ、
「おれに抱かせたら、あまりの尻軽さに呆れるかも……」
「達っちゃん!」
 おれは怒鳴った。彼はくっくっと喉の奥で笑い、
「どうしても、イヤか…?どうしてイヤなんだ。また心がふらつくんじゃないのか?」
「確かにおれは尻軽だ。反論出来ないよ。でも、そこまで言われる筋合いはない、どうしてそんなに、そんなこと言うんだ、素直な達っちゃんに戻ってくれ、」
「おれは素直さ。正直だよ。思った通りに言ってる」
「おれはあんたが、イヤになってきた」
 彼は腕で目を隠したまま、
「良かったじゃないか」
 涙が光る。
「良くなんかない……!おれは嫌われても、嫌いになりたくない、」
「好かれるというのは、疲れるものなんだぞ」
「身を持って感じてるよ、」
「好かれる努力さ。お前の余りしない……」
 おれは黙って立ち尽くす。3本目を取り出す。
「何としても抱かれる訳にはいかない。原田と約束したんだ」
「あんな男……!」
「せっかく来たんだ、何か歌おうぜ、」
 おれは後ろを向き、100円玉を2枚、音を立てて入れる。
 彼がしゃがんでるおれに、後ろから抱きついた。
「やめて……!ヤケドするぜ、」
「もう充分してるよ、おれは、」
「判ってないな……!タバコを持ってるんだぜ、おれは今、」
「お前の白い肌に、ケロイドが一つ、……凄いだろうな」
 おれは背筋がぞっとした。
「赤……!」
「やめてくれ……!それ以上やったら、あんたにこの火を押しつけるか知れん、」
「やってみろよ、」
 おれを凄い力で抱き締める。おれは歯の根が鳴る。指がまた震える。
 おれは右手を出来るだけかざし、広げ、彼の視界に入るようにして、タバコを上下に持ち替え、……どこにしようと考えながら、男の身体だ、傷の一つくらい、どうってことない、痛いのはキライだが、人が、好きな人が痛がる位 なら、自分が痛い方がいい。
 手の甲の、人差し指と親指の間の、血管のちょっと上に、そろそろと寄せていった。一気にいけない、痛がりなおれ。目を閉じる。
「バカ!」
 彼がタバコを払う。火の粉をまき散らし、つるつるの床をタバコが転がっていく。
 ここで無傷で帰れない。おれはもがき、タバコを拾おうとする。
 彼は更に強く抱き締める。
「放してくれ、思い知らせてやる、」
「やめろ!……傷なんか、作るな!……タバコのあとは凄く汚いんだぞ、」
「おれにおあつらえ向きだ、」
「やめてくれ……!こんなに、きれいなのに……、」
 彼が震える。また泣いているんだ。
 彼はひとしきり泣くと、離れ、またソファに仰向けになる。そして急にがばと起き、タバコを丁寧に足で消す。
「ね、……何か、歌お、」
「歌ってくれ……お前の声が聞きたい」
「………」
 おれはしょうがなく、「恋せよ乙女」by WANSを歌う。
 彼は低く笑う。
「選曲するな」
「次、歌いなよ、」
「じゃあ、……ドリカムでも歌うかな、」
「珍しいね、女の歌?」
「『忘れないで』か、ZARDの『もう少し、あと少し』どっちか歌ってくれ」
「達っちゃん、……」
「早く、」
 おれは、「忘れないで」を入れた。マイクを彼に突きつける。
「あんたが歌うんだろ、」
「……お前の、ために、」
 切ない歌詞が流れる。この曲はおれのレパートリーだった。
 でも、もう二度と歌えない。歌える訳がない。
 曲の途中で電話が来、あと10分ですと言われる。長い1時間だった。
 歌い終わり、マイクを握りしめたまま、目を落として座っている彼。
 何も変転しなかった。平行線のままだ。
「もう二度と、会わない方がいいかも知れない。残念だけど……」
 おれが言う。彼はその姿勢のまま、
「そのようだな」
「彼女が出来たら、真っ先に知らせてくれ。……」
「約束するよ……」
 一度だけだ。原田許してくれ。おれは、甘いヤツなんだ。
 おれは彼の横に座り、両手で顔をこっちに向けさせ、
「さようなら」
 唇を重ねた。
 彼がおれを抱き寄せない内に身を離す。そして立ち上がる。
「ライブには、行きたかったんだ。けど、誰か探してくれ。……会わないけど、電話はする。いいだろ」
「分かったよ。……赤、最後にもう一度だけ、言わせてくれ。最後だから……」
「何、」
「赤、愛してる。……」
 おれは涙が盛り上がるのを感じる。
 つらい。どうして本当に、上手くいかないんだろう。
 どうして断ち切らねばならないんだろう。本当におれってヤツは、どうしようもないヤツだ。最低野郎だ。
「時間だ……。出ようぜ」
 わななく声でおれが言った。彼も立ち上がる。
「この辺で別れるか」
 彼が繁華街を歩きながら言う。
「何か、寂しい……。こんな別れなんて。こんなものかも知れないけどな。別れなんて」
 原田は、一体どんな思いで彼女と別れたのだろう。
「まるでお前の方が捨てられる側みたいじゃないか」
 自嘲気味に彼が言う。
「ゲーセン、行かない?」
「……ボーリングが、いい」
「ちぇっ……」
と言いつつ、ボーリングへ行く。何としても、もう一ついい思い出を積み上げたい。
 しかしおれは、どうしてこうボーリングが上手くならないんだろう。
 ボーリングで、またスペアを取り損ね、ガックリしていると、彼は大したフォームでもないくせに、ストライクやスペアを出す。
「お前はほんとに、ヘタだな」
 にやにやしつつ、モニターのスコアに見入る彼。おれはゾーンにしゃがみ込み、後ろを向き、
「うるさい……」
 やっぱり、人のいる明るい所はいい。でも、一度は籠もって、人に聞かれてまずい話をし、醜態を晒さなければならなかった訳だが。
 おれのスコアは110止まり。彼は160位。
 それなりの気晴らしにはなった。
「また、行こうな……」
 駅で彼が言う。おれはほっとする。
「うん。もっと練習する」
「原田相手じゃ、ボロカスに言われるぞ」
「やだな」
 顔をゆがますと、彼が笑い、
「そーいう顔も味がある。……そーだ。お前は、可愛いヤツだったんだな…」
「何それ、」
「別に……、良かったよ。カラオケで別れなくて。じゃあな。さようなら」
「さようなら。……電話は、するよ……」
「別れたら言ってくれ。まだ彼女がいなかったら、すぐに口説くからさ、」
「そうするよ。……」
 同じ私鉄の、始発の駅で、それぞれの路線に別れるおれたち。
 彼が背を見せ、去りゆくのを見送ったあと、踵を返し、ポケットに手を突っ込み、鍵を見る。握りしめる。
 切なくない、嬉しくない、肩の荷が下りた安堵感がそこにあった。


「おかえんなさい。遅かったのね」
 原田がドアを開けてくれる。くわえタバコで。
「タバコは、止せよ!」
「お前はどうだ。今日は吸ったか?」
「こらえきれず、3本。でも、オレジュー飲んだから!」
「じゃあキスしてな。早く入れよ」
「待って、この鍵本物かどうか確かめないと、」
「達がそんな味なマネするヤツと思ってんのか」
 おれは外にもう一度立ち、原田に鍵をかけてもらう。差し込んで回そうとしても、回らない。そんなバカな…、と抜いて見ていると、原田がドアを開け、
「どう、」
「開かないよ、」
「もう一度やって見な、」
 また回すと簡単にカチャリと開いた。原田が開ける。ニタついてる。
「お前……!」
「そう、おれ」
「キスなんか、してやらない」
「じゃあおれがする」
 ドアを閉めざま、抱き締められ口付けられる。熱く、激しく。



END

ラヴラヴな二人…色々なH、お風呂、筆プレイ、と改めて打ちながら、「これだけのネタ出しながら、スルーかよ、勿体ねえな~」と思ってしまいました…。まあ、私のエロなんて萎えものですけどね。少なくとも自分じゃ萌えないから、個人的にはどうでもヨロシなのですが…。
 自分でも信じられない結末を迎えてしまったこの話、喫茶店からの別れ話はスゲー気に入りの部分だったりします。スリリング、つーか。異常にヘヴィーに終わってしまったこの話ですが、実はオリジナルはモチロン、長いの書いたのもこれが初めてで、キャラ達に愛着が湧き、そしてどーしても二人のラヴラヴな日常が書きたくなって、ソッコー続きを書き出してしまったのです。でもモチロン、私のことですから、ただのラヴラヴなんて、あり得なかったのです…スリルと緊張感がないと、駄目みたいです。読むのは大好きなんですけどね、ほのぼの、ラブラブ。
 とはいえ、さすがにコレを書いて三角関係もホドホドにと反省したので(この結末ってシュラバ好きな自分への落とし前みたいな気もします。さすがにもうここまでヘビーなものは書きたくない~)そんなにヘビーなことは、もうないです。
この話は最初キャラなんかどーでもいいから、ゴーカンだろうがリンカンだろうが書きまくろう!と思い立ち、書き始めたものです。まあポルノですね。ネットもない時代、商業も同人も手に入れる術を持たなかった頃の自家発電です。ただ、赤城君は色んな人(何人にも)にヤられるんだけど、優しく心洗われる達彦君に癒されて、それを乗り越えていく…てな構想だった気がします。しかし何でこうなったんスかね~。
 でも原田、書いててもっと書きたくなってきちゃったんですよ。…

(以下サイト再開リニュ時入力)
というより、途中から私原田のイタコに成り果ててまして、今見てもなんだこいつ、こんなやつよく描写できたなあと他人のように面白く眺められます。原田のこと以外でも全体的にセリフや描写も今見ても好きな部分、自分でも楽しめる部分も多いのですが、実は10年前に入力していらい初めてリニュがてら読み直ししたんですけど、苦行以外のなにものでもないわ。苦痛すぎてお腹壊しました(笑)苦痛の主なものは作品に纏わる過去の痛い思い出ですんで皆様は作品を楽しんでくださいw
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