ブレイクスルー -1-

(これは90年代の話です。時代がかってますが、変に今風にすると展開できない部分多々なのでご理解の上お読み下さい。新しいものでは現在に近づきます)

 彼とおれとは、同じ会社の同僚だった。
 だったというのは、おれは今会社を辞め、プー太郎だからだ。
 何故プーかといえば、おれは会社の都合で首切られた口だからだ。
 そして彼は未だ会社に残っているが、おれたちは仲良くやっている。
「お前を辞めさせるなんてひどい。お前が辞めたら、おれも辞める」
 などとうそぶいていたが、おれが辞めて早三月、彼が辞めよう気配はない。
 でもそれも良しとしている。おれはその言葉を聞きながら、そんなことやりっこないのは分かっていたからだ。彼はおれと違って、誰からも好かれるいい人物だし、真面目なやつだからだ。これで結構好き嫌いのあるやつだと言うことをおれは知っているが、嫌われているやつからも好かれる、徳のある人物だ。
 おれはそういう彼が好きだ。彼といると、色々な灰汁にまみれたおれの思考がきれいさっぱりと洗い流されていくような心地がするからだ。
 それでも彼はあんまり異性としては人気がないらしく、おれが知ってるだけでも失恋ばかりしていた。本人はそのつもりはないらしいが、面食いだからだ。
彼は色黒で、ちょっとがっしりしてて、おれより背が低い。
ちょっと毛深いらしい。
それで、殊あるごとに、色白で、毛が薄く、頭の小さいおれをうらやんでいた。
まーおれは大概のやつからルックス、殊にスタイルは悪くないと言われている。
自分では、全然そう思わない。
なぜって、おれにも彼女はいないからだ。まだドーテーである。
おれは特に目を出すのがイヤで髪を長めにしてあんまり爽やかでないからかもしれんが、あんまり好きなタイプのやつから好かれない。それに、社内恋愛って、皆にばれるのいやだ。そんなこんなで、そういう雰囲気になりそうになると、なぜか態度をコロッと変えたりしたこともある。
とにかく、そうやってうらやましがられると、おれはいつも、
「でもいつも病気に見られるし、毛ずねが目立ってみっともないぜ」
と言っていたもんだ。
おれは人嫌いで、あんまり誠意溢れる対応というやつが出来ない。
ついつい皮肉ってみたり、どうも必要以上にぶっきらぼうにやってみたりする。
しかも、気に入らないやつが許せないので、仲の悪いやつとはとことん悪かった。
随分な子供だ。
それは分かってる。
しかし辞める前に、最高に仲の悪かったやつとは仲直りした。なんせおれたちは共倒れ、同病相哀れむというやつだ。
そしておれは今気ままな保険暮らし、こうして日々を過ごしている。
昔は自分から電話なんぞメッタにしなかったおれが、暇に飽かせて友達に電話をするようになったんだから全くおかしなもんだ。
そんな中でも、彼はやっぱり最上級だ。
彼は、前からおれが一人暮らしの故あってか、時々泊まりにきていた。
彼は常々自分の家の汚さを語り、友達を殆ど呼んだことをないのを聞かしてくれていた。
彼の家は、元文化住宅の大家のいた部屋で、そこだけ二階造りで、しかも、彼の家以外は取り崩され今や駐車場になっているというシロモノで、壁がいかにも取り崩されたって感じで、古くて汚くて格好悪いので、絶対に誰も呼ばないと断固として言っていた。
おれ自身、畳のフワフワした古い文化に住んでるし、おれは最近の鉄筋コンクリが嫌いなので、古い木造についに深い愛着を持つに至っている。
そこで殊あるごとに、家に呼んでよと言っていたが、別に本気で言っていた訳じゃない。半ば冗談、お約束のようなものだった。
それに、そんなところに入れるってのは、凄く特別って気がするじゃないか…。
おれは彼の特別な存在になりたかったのだ。ずっと。
おれがヒマにあかせて書いたかもめーるに、彼の返事が来ていたのは、盆の帰省の間だった。
おれはちょっと首を傾げた。エンピツで書いた文面には(珍しいやつ)、  ――今度家に遊びに来て下さい。
と書いてあったからだ。
そういう社交辞令は言わないやつなのに…冗談かな。
とおれは首を傾げた訳だ。
だがそれが冗談ではないことは、その後すぐに分かった。彼の両親が田舎に帰る間家に来ないかと彼は電話してきた。
おれは二つ返事でOKしたさ。他の人じゃなく、彼はおれを呼んでくれたんだぜ?行かない訳があるか。
前の会社(辞めさせられた会社)の仲間との飲み会の方は金がないからとブッチしておきながら、おれは彼の家に行くのは、幾ら金を掛けてもいいと思っていた。全くとんでもないやつだ。
清らかで優しく、かわいい彼のために、金は(あんまり)惜しまない。
今までも、色々物をやったもんだ。彼には一回分の飲み代の借りがあるが。
さておれが約束の場に、わざとじゃない、電車の乗り換えがまずくて30分程も遅れて行った時、彼はあっさりと、
「遅い」
 と言った。怒ったフリはしているが、怒ってはいない。目で分かる。彼は滅多なことでは怒らない。おれが言い訳すると、彼はけらけらと笑ってくれた。
それから腹ごしらえがてらに、久々にカラオケに行った。おれはドラマの主題歌3連発がやりたくてたまらなかった。
暫く当たり障りのない歌を歌ったあと、まず、「真夏の夜の夢」を歌った。
乗る乗る。おれはぐっと感情込めて歌った。
次に「エロティカ7」を歌った。おれはこーいう歌が大好きだ。
Hで、切なくて、テンポのいいやつ。
でも悲しいかな、実はおれはあんまり声が低くない。カラオケをやり始めた頃、おれは自分がヘタなんだと思ってた。
ところが、実は低い声の女の歌や、男でもキーの高いやつしか音域に合わないという情けない事実が暫くして分かった。
そこで苦労していると、彼もマイクなしに歌う。
 「歌ったら?」
 とマイクを突きつけると、ニヤニヤして身を引き、手を振り、
 「いいよ。おれはこういう歌は恥ずかしくて歌えないから」
 と言う。おれは上目に睨み、
 「歌ってたくせに。本当は歌いたいだろ」
もう一度マイクを突きつけると、更に引く。
彼は、実にサワヤカな選曲をする。おれのようにネットリとしてない。いつもサワヤカ。全くうらやましい限りである。
やがて彼が、
 「デュエットしたい」
 と言い出した。いっつも言うんだ。彼は。
こないだも「カナダからの手紙」を歌わされた。もちろん、おれ女。
おれはあんまり知らんぜと断り、一緒に歌を探す。
 「バービーボーイズは?」
 「サビしかワカンナイ」
 「世界中の誰よりきっとは?」
 「知らん。まともに聞いたことない」
 「じゃ、ロンリー・チャップリンは?」
 「上に同じ」
 「オマエ、全然知らねーな」
 とあきれられる。おれは、一般ウケする歌はあんまり興味ない。ましてや、なんで何のためにデュエットなんか…。しかし、男でおれとデュエットしたがるやつは枚挙に暇がない。面  白がるなっつーの。
 「二人のアイランドは?」
 「良くワカンナイと思うけど…」
 と渋りつつ、探しあぐねたし、歌う。
おれは最初カンが掴めず、割と低めに歌ってたら、
 「違うだろー」
 と横で言う。半分ほどで思いっきり声を作ると、
 「そうそう、」
 と笑いながら言う。
歌い終わると、
 「もう一曲」
 としつこい。
 「おれは知らんっつーの」
これは、と指さされる曲名を殆ど知らんとはねつけて、「三年目の浮気」に落ち着く。
今度はしょっぱなから作り声。とっても地声だけど。彼は笑ってる。
 「こういう歌は、気分を出して見つめ合わないと」
やけでそう言って歌っていると、だんだんおかしな気分になってくる。
おれの中に女がいる、そういうヘンな気分だ。彼も同様のようだ。
曲の終わった後、妙に味の濃い、かつぎこちなく気まずい沈黙が二人の間に横たわったからだ。
おれはもう切々たるHな歌気分ではなかった。
はまりこんでしまいそーだった。
トシちゃんや、ワンズや、なるべくどーでもいい内容のうっすい歌ばかりを歌った。どーにかそういう気分を振り切ると、時間は終わり、彼の家に行った。
彼の家は、おれの凄い想像よりはましだった。
中に上げてもらい、居間で布団を外したコタツに座ると、ビールを飲みながら会社の話なんかを聞かせてくれる。つい2、3日前に飲み会した前の会社の仲間の話も聞く。
 「皆『何で来ないんだ』って文句言ってたぞ。今度は来いよ」
 と言われて、
 「うん」
 と気のない返事をする。
達っちゃん、おっと、彼をおれたちは達っちゃんと呼んでいるのだが、
達っちゃん、おれはあんたと二人の方が、気が張らなくていいのに……と心の底で思いながら。
他のやつなんてどうでもいい。達っちゃんさえ、おれに優しくしてくれれば。
彼と、こうして仲良くさえしていられれば。気に入ってくれたら。
深夜になって、テレビをパチパチとチャンネル変えていると、やらしい番組の所で手が止まった。
多分ビデオ紹介のコーナーなんだろう、すっぽんぽんの女が男の股間に顔を埋めている。男は、気持ちよさそう。
 「うわ……」
二人とも見入る。
真夏で、クーラーを入れているのに、一瞬すっと冷めたあと、暑くなってくる。
ついおれは、黙っているのが気色悪くなり、思わず喉を鳴らすと、
 「き、…気持ちイイのかな、アレ、」
 と笑って彼を見、指さした。
彼は、少し目を外し、画面に目を戻すと、もうそのコーナーは終わっていたのだが、
 「したことないのか」
 「え…まあね。あんたは」
ドーテーで、ソープすら行ったことないのに、あるワケない。でもこの年、25で一度もナイというのも、実に恥ずかしい。
彼はナイと言下に答えると、目の端でおれをちらと見、
 「やってやろうか」
 と言う。
 「してよ」
おれは身を反らし、腰を差しだし、ニヤニヤと言った。
 「じゃ……、」
 と言うと、彼はおれのジーンズに手をかけ、ボタンを外す。おれは焦った。
 「あはっ、冗談だろ?」
 「えっ、冗談と思ったの?」
 と顔を上げる。おれには少し、落胆したように見えた。やめて、と言おうかと思ったが、それならそれも悪くない。彼に任せることにした。
ついに、オ○ニー生活にも終止符が打てることだし。
 「好きに、してよ……」
ドキドキしながら、なるべく笑みを浮かべ言うと、
 「抵抗、しないの?」
 と今更のように言う。
 「悪くない。やめたきゃやめて」
すると彼は、おれのジーンズのファスナーを下げる。身体が甘く、激しく疼いた。
おれはジーンズは直にはくヤツだったのだ。それがバレたのが、ちょっと恥ずかしい。
 「色っぽいヤツだな。お前は」
そう言うと、彼は、もう熱くなってるおれのに口をつける。
 「ホントに、いいの?」
 「だから、好きにして、って言ってるやん、」
畳の上に身を預け、そう言うと彼は舌を使い出す。
「ア……」
 と思わず声が出る。ああなんていい気持ちなんだろう。幸せだ。
だんだんとおれの好きな心地になってゆく。彼の髪が腹を撫でるのも気持ちいい。
今自分がどんなあられもない格好をしているか想像すると、益々感じてしまう。この際だ、精一杯色っぽく悶えてしまえ。
おれは、こういうのが好きだったんだなと思う。彼だからいいのかよく分からない。
 「楽しい?そんなこと」
声を詰まらせ、訊く。
彼は途中で止め、おれの上に身を重ねると、薄目しか開けられないおれの目をのぞき込み、そっと髪に手を振れ、
 「充分楽しい……好きだ」
 と言う。えっ、とびっくりのおれ。
 「ウソ……。冗談も、休み休みにしてよ」
荒い息でそう言うと、
 「好きでなきゃ、こういうこと、出来ないだろ……ホントだよ。ヘンだと思ってるだろ、そんなヤツとは思わなかったって、」
 「でも、……」
 「ずっと、好きだった、……って言っても、信じない?」
 「男だよ?」
 「でも、……キレイだ」
おれは言葉でイカされかけ、薄目も開けてられなくなり、目を閉じ喉をのけぞらせた。
彼はそれから、おれを見下ろし手で掴む。おれは素直に声を上げた。
到底ホントとは思えない。彼にとっても、おれは代償行為だろう。
でも、女の代わりでも構わない。もっと気持ちよくさせてくれ。
 「おれ、好きみたい。…あんたが。大好き。好き、好き…」
身を溶かしながら、今まで誰にも言ったことのない言葉を、言う。
後のことなんて考えない。おれは好きなんだ。こういう心持ちは初めてだ。
それは残暑厳しい8月最後の土曜の夜のことだった。

ハイ、激しょーもなかったですね。こんなやつです、私、ハイ、すみません……。登場人物おかしすぎですよね。イカレてます。しかし手の施しようのない話なので、少しは直すかと思いきやほぼ直しなしかー。

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