悪魔に抱かれて

 おれの名前は赤城耕作。当年とって二十六歳。写植のオペレーターだ。
 そんなことはもう知ってるって?そう、原田のおかげであの会社を辞めるハメとなり、やつの思惑通りにさせてたまるかとおれは別の会社へ入った。やっと和気藹々、楽しくやってたとこだのに…と腹が立たんこともない。だって皆いい人達だったんだもの。
「辞めることなんかないよ、赤城君は赤城君で、いい子だもの。別に原田君とそんな仲だって分かっても、あたし達変な目で見やしないよぉ」
 と鈴木さん以下一同言ってくれたが、こっちは決まり悪いわい。盛大なお別れ会をしてくれて、ほんといい人達だった。忘年会は無理だったので、その時歌ったさ、中国語で、「いつでも夢を」。劉さんと歌ったよ。ゴメンね劉さん、こんな男で……。
 ああもう、二ヶ月以上経ってんだよな。結婚式より何より、やっぱりこのことが一番頭に来てんだな、おれ。いや違う。彼のことを思い出すと、ここへ行き着くからだ。彼と、言うのは……
 とにかく、おれ自身写植屋に戻ってからは、原田んとこにヘルプに行くこともなくなった。おれ自身忙しいからだ。よその仕事やってる位なら自分のとこのを消化しなくちゃいかん。
 それでもたまには、原田たちと飲みに行く。その日も原田と青木さんと高階クンと飲みに行ったんだった。
 青木さんというのは、おれたちと同い年の割には落ち着いた人で、あんま騒ぐような人ではない。しかし、高階クンは実にやんちゃである。原田と気が合うのも分かる気がする。
 高階クンは、初めて原田のとこに行ったとき、ヘラヘラと寄ってきた営業だ。
 いつも、あんな感じ。一見、メガネをかけてて利発そう。
 その日原田は途中で徹夜だからと仕事へ戻って行った。
「おれも手伝おうか?」
と言うと、
「ええわ、疲れてるやろ。お前は自分の仕事をちゃんとしとれ。…青木君、おれらは寂しく仕事しよな」
と青木さんと二人で去って行ってしまった。珍しいことである。とは言え、おれはベロベロに酔ってて、これも珍しいことだけど、着いて行っても使いもんにはならなかったと思う。なぜって、ウオッカのオレンジジュース割は効くのだ。ボトルで取って、ジュースお代わりして勝手に割って飲むというスタイルの店で、いつまた来るか分からんからとジュース割を飲みまくったのが災いしたと思う。それに、味はただのジュースだし、喉乾くし…。トマトジュース割は酔わないと言って、他のやつらは皆それだったのだけど、おれはトマジューは大嫌いだ。前、色が綺麗だからとブラッディマリーを頼んで、あまりのまずさに人に押しつけた経験がある。
 とにかく高階クンと二人残され、へろへろしながらも、
「勿体ないから飲んじゃおう」
と残りを全部空けたので、おれはもうグラグラだった。机にへばりついたりしてたと思う。そんなおれを揺さぶり、高階クンは、
「赤城さん、大丈夫?」
と訊いていたが、おれは手を振り、
「大丈夫、ダイジョウブ!」
と陽気に言っていた。
「全然大丈夫じゃないじゃないすかぁ。もー帰りましょ。全部飲んじゃったしさ」
と、彼も若干よろけつつ立つ。おれは立ち上がった。いや、立とうとした途端足がもつれ、「おっと、」と彼に抱き留められてもらうハメに…。情けない。
「ごめんね高階クン」
「いいですよォ赤城さんみたいなきれいな人なら」
「また、そんな。原田に睨まれるで」
 おっと、口が滑った。しかし気には留めてないみたいだ。おれはほっとした。金を払って表へ出ると、
「心配やなァ。送っていきますわ」
と顔をしかめて高階クンが言う。おれは一応、自分で立ってるんだぞ。ちょっとは、いや端から見たら結構揺れてるかもしれんけどさ。
「あほたれ。おれは一人で帰れるわ」
と駅へ向かって歩こうとすると、腕を掴み、車で送ってくからと言う。酔っぱらいの運転なんて…と渋っていると、助手席へ乗せられ、彼は素早く運転席に乗る。
「ちょっと…遅なるで。いいって、一人で帰れるから、」
「信用できひん。大丈夫ですっておれはちゃんと運転できるから」
「いーってば」
「いーのいーの」
 そんなことを言ってるうちに車は動き出していた。おれはだんだん揺すられて気持ち悪くなり、あんまりしゃべれなくなった。
 家の前(一人暮らし、いや二人暮らしの2K文化住宅)で止まってもらうと、時間は一時前だった。
 高階クンは家の中まで送ってくれた。
「気持ちわる、」
「吐きますか?」
「いや、吐かんでもええ。もー、寝る」
 敷きっぱなしの布団に仰向けになり、大きく息を吐くと、高階クンが覆い被さり、キスをしてきた。だるい体に、ぼけた頭に、いい気持ち。でつい、抵抗しそこねた。
「高階クン」
「赤城さんてほんま色っぽいよな。…いい感じ」
「生意気な。ちょ、…何しとん、」
 彼はシャツのボタンを外していく。
「介抱」
「いらん。はよ帰れ」
「そんなこと言わないで…ね、一回だけしましょうよ。ほんとはやってるんでしょ。ここで。原田さんと」
「だめ」
「何で」
「惚れるから」
 彼はプッと吹いた。おれはちょっとムッとした。
「何がおかしい」
「おれも彼女おるし、赤城さんも原田さんがおる…気軽くセックス、しましょうよ。つまみぐいと思て、ね。おれは一回で欲求解消できると思うしさ、おれ、色んな人とやりたい奴やから、そんなに深く考えんと、」
「そんなにようけの奴とやってんの、」
「百人は越えたかな」
「こわ……彼女は何も言わへんの」
「知らないからね。そーしておれは新鮮さを保つ訳。やりたい人とは、やった方がすっとするでしょ。後引くより」
「原田も最初は似たようなこと言うとったぜ。おれに惚れきってるけどな」
 もう、気がつくと高階クンはおれのシャツのボタンを外し終わり、ジーンズのファスナーも降ろしちゃった。掴まれる。思わず顔をしかめる。
「まあまあ心配しないで。おれはほんとに、身体だけが目当てですから。年上の人のね」
「年下にいいようにされるなんて……、」
「最高でしょ」
 あ、身体が感じた。まずいなあ。しかし、巧みに誘われ、身体は新鮮なセックスを欲してる。まあおれも、高階クンに惚れるとは到底思えない。幾らセックスが良くっても。
「一回、だけよ……」
 三つ年下の高階クンは、やんちゃな顔を不敵に歪ますと、ネクタイをゆるめ、スーツを脱ぎ始めた。スーツの人とするのは初めてだなあ。スーツの時にやられたことはあるけどさ。そして、おれとあんまり変わらん体格の彼が覆い被さりメガネを外す。そして枕元に置くと同時にキスをする。ねっとりとしたキスが、…うん、馴れてる。でもおれも負けるもんか、となぜか対抗意識を持つ。相手が年下だからかな。彼の手が脇腹をすべりおり、ジーンズを脱がす。
 首筋を吸われながら、おれは彼を抱き締める。その手を外され、袖を抜かれる。そして全裸にされたおれを見て、
「ほんまに赤城さんは、きれいやねんなあ。きれいな肌してる」
と言う。
「そりゃ気を遣ってますから…言われなれてるから、もっと気のきいた事を言ったら?」
「じゃ、なまめかしい、てのは」
「きれいの方が、くる」
「いっぱい痕つけたろ、」
「傷物には、しないで、」
 しかしけっこーきつく吸う。やな子だな。
「ん…きつくしないで。あんた、男の抱き方分かってんの…」
「粗方」
「痛くしないでね。優しくして」
 おれのあそこも、感じて固くなってくる。それを掴まれ、さすられる。身体が熱く、息が荒くなってくる。
「いい感じ、赤城さん」
 愛撫の合間に、彼が言う。おれは感じるままに声を上げ、身をくねらせる。
 その口を塞がれる。おれは彼にきつく抱きつく。そして身体に手を這わす。
 やがて彼の指が入ってき、彼が滑り入ってくる。
「ああ、」
 塞ぐ口から少し逃れ、声を上げる。
 彼の動きが激しくなる。彼の息が、おれの息が荒くなる。
 イッたのはおれが先だった。その締め付けで、彼も果てる。息を切らしながら、おれの喉元をなめる。
「疲れた……」
「最高、赤城さん」
「それも聞きあきた。色っぽかった?おれ……」
「まーね、」
「まーね?別にいいけどさ。……男は、初めて?」
「うん。原田さんとどーやってるのかなーと気になって。……赤城さんは、前からきれいだなーと思とったし、ステキでしたよ、赤城さん」
「そらーおれも負けられんからね」
「赤城さんはなすがままに美しく応えてればそれで充分ですよ」
「君ほんまに生意気やね」
「年下は不利やなァ」
と彼は口づける。
 そして身を離し、彼はシャツを引っかけ、四畳半の方へ行く。
「何か飲むもんありますか……激しい運動で、喉乾いた」
「冷蔵庫にオレンジジュースか牛乳あるやろ」
 彼は取って返すと、オレンジジュースの一リットルパックを飲みながらおれを見下ろして笑う。いや、眺めながら笑みを浮かべる。おれは堪えられなくなり、布団をかき寄せ、抱く。
 なんか、完全に高階クンの方が余裕。不愉快。なんでこんなに、堂々としていて、男なんだ。おれは、少しずつ布団を退け、身体を開き、
「見て楽しい?」
「それなりに。……誘ってんの?赤城さん」
「そう思う?」
「思う。困るなァ赤城さん。一回だけ、って言うたんはそっちですよ、赤城さん」
といいながらさっさっと覆い被さってくる高階クン。
「いくらおれが良かっても…、」
「アホウ。君はトーシロ。初めてにしちゃ、いい感じやけどね。あんなんでは、あんなんでおれをそーいう風に余裕こいて見下しちゃあかんわ」
「赤城さんがリードしてくれんの?」
「そーいう態度できひんようにしてやる」
「ゾクゾクしてきた。赤城さんのそーいう一面が見られるなんて、コーフンするわ。でもおれを犯すようなことはしないでしょね、」
「君犯しても面白ない。…せんとくわ。君の人生狂わしたらあかんし。…おれのように、なったらカワイソウ……第一したくないし」
「赤城さん、」
 口を塞がれる。身体をなで回されながら、おれは彼の頭を抱え、彼を仰向けに、おれが上の体勢になった。馬乗りになって、口付けしながら、絶えず身体に手を這わされながら、
 やばいなあ……、
 と少し思いつつ、なぜって、こんなムキになって、よく考えたらおれのする事って、好き者の女のすることと一緒やん、と思って、大口叩いて失敗したかなと思って、
「おれ、やめた、」
と口を離し、身を起こそうとすると引き寄せられた。
「そんな、その気にさせといてそれはないでしょ、赤城さん」
「いや、恥かくと益々不利になるから、」
「プライド高いのね」
「ソープ嬢の方がきっとおれより上手い」
「気にすんなよ。赤城さんやからゾクゾクしていいんですよ」
「いやおれは冷めてきた」
「リードしてとは言わんから、……じゃおれが、またしよっと、」
とひっくり返される。なんて熱意なんだ…不安になってきた。
「原田に、怒られる、」
「おれを原田さんと思えば、」
「全然違う。おれとんでもないことしてしまった、酔った勢いとはいえ…、高階クン、」
「そんな顔しないで。ね。ぼくが悪かったです。すんません。謝ります……」
と少し身を離し、頭を軽く下げる。でもおれは、泣けてきた。あんまりの情けなさに。
 いくら気軽く誘われたからって、浮気は、浮気だ。やっと達っちゃんとの縁を切って、そんな心配無くなったとこだのに、おれはやっぱり、好き者なのか。
 原田以上の、スケベじゃないか。原田に十発くらいぶって貰わないと気が収まらないかも。だって彼はおれ一人で満足してくれてるのにさ。おれだけこんなつまみぐいなんかしちゃってよ、しかも、彼の同僚、後輩。ああー、だめだ。だんだん暗くなってきた。
「赤城さん……元気出してよ、赤城さんは悪くない、オレがやりたいばっかりに、……もう二度としませんから、」
 涙はこぼしたくない。あくまで年下にみっともない所を見せたくない。どうにかゆるみかけた涙腺の活動も止まり、目を開け彼を見、
「ほんとに?」
 返事の代わりにキスされる。やべー。やべーんじゃねーか?少なくともおれは、惚れないけどな。
「なあ、おれに惚れてなんか、おらへんよな」
「自意識過剰赤城さん。せいぜいセフレですよ」
「あんたも分からん子やね」
「白い透き通った肌に、桜色の唇に、薄い瞼、長いまつげ。見てたらどーしてもキスしたくなりますよ」
「メガネかけてへんから、余計きれいに見えるんちゃう?」
「うん、そー思う。…なんてね。あれあんまし度入ってへんし。おれ、0.7」
「普通そのくらいじゃメガネせーへんで」
「メガネに憧れとってん。賢そうに、大人っぽく見えるでしょ、」
と、細い金縁のメガネをかけて、食らいつくようにキスしてくる。
「ね……今だけ。おれさっきので火がついちゃったから、やらないと収まらなくて。まだ時間あるし、ね、赤城さん」
「下手に出てるように見せかけて、君も、強引な子やね……」
「ほら、……」
と、おれの手を自分のに触らせる高階クン。かなり固くなってる物体がそこにあった。
「舐めて」
 おれがそう言うと、彼はえ、と言う。
「舐めて…おれは、火がついてないから、それが出来なきゃ、楽しむ資格ない」
 言いながら恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。
「おお、凄くいいわ、赤城さん。魔性の女っぽくなってきた、まさにシャロン・ストーン並」
「それやめて、萎えちゃう、」
「目一杯ほめてんのに?」
「前……な、原田と付き合う前のオトコ…実は、おれも原田も友達で、原田に強引に間男されて、最低の別 れ方したおれの元カレが、おれを罵った言葉の中に、な……」
「魔性の女?」
「いや……、おれの目を、誘惑の目だと……」
「まあそれは、自覚した方がいいんちゃいます?」
「おれはいつもいつもお色気丸出しか!原田はおれをきれいというより可愛いと言ってくれるぞ!おれは男らしくないんかえ、」
「つまらないことで怒りますね赤城さん……今日酔ったときは全開やったけど、まあ日中は、さわやかなお色気、って位 かね。上目遣いにぱっちり見つめられたらかなり来ますよ。んでじ――っと見られたら、……ま、そう気にせんと。どうしたって赤城さんは男やから、……でも、おれって三人目?それ以上?」
「百人目」
 目を閉じそう言うと、
「またまた。百人目ってのは、おれみたいに、一度や二度のセックスでは、こまこま気にせえへんのですよ。気軽く、ちょっと運動してみよか、てな感じで……」
「フン……。余裕こきやがって。気にくわん。年下のくせに」
「気にくわんてのは、気に入ってるってことですよ赤城さん。困るなあ」
「あんた原田によう似とる!」
「やっぱ気に入ってんだ…ね、赤城さん。三人くらいは、知らないと。いいセックスは出来ひんって、」
「だんだんえげつなくなってきよる、相手が、」
「それは、ね、格が上がってる、ていうことなの」
「もーほんまいや。あっち行って。うっとおしい」
「成る程。可愛い訳だ」
 くっくっと笑う彼。ムカ……可愛いとまで、言われちゃった。
「ムダなおしゃべりはやめて……やるんなら、早くして。おれは三時には眠りたいし」
 おれは目一杯つっぱって、見つめてやった。彼はまたメガネを外し、口づける。
 クソ……可愛いとまで、言われる位ならやる気が失せても突っ張ってやるべきだった。彼の頭が降りていき、舌を付けられる。当然のこととて、そう上手くはないけど、初めての相手だけに、羞恥心が増す。彼の頭を抱く。原田のような感触。サラサラ…とした、髪。
「もういい、」
 程々のところで、あんまり息の荒げないうちに、言う。
「いや、楽しくなってきた、」
 言うだけあって、執拗に、上手くなってきた。でも彼に飲むことはできないだろう。
「いいから、もう充分。オレもその気になったし、……」
 彼はもう少し舐めて、上がってきた。おれを抱き寄せる前に、おれが喉元に舌を這わす。そのまま彼から仰向けになる。丹念に愛撫してやる。
「いい顔、赤城さん」
 おれは無視してやった。そのうちしゃべられんようにしてやる。じわじわと降りていって、おへその回り、あの辺にさしかかる頃には、結構ハァハァ言い始めた。
 大腿、足の付け根…感じているみたい。おれは、持てる技巧の限りを尽くして、彼のもんを愛撫した。
「どう。いい?」
 彼は薄目をあけ、ニヤリとし……それが精一杯みたい。
 彼のなら飲める。おれは全てを受け止めた。
 身を起こし、目が合う。息を切らしながら、彼はおれを引き寄せ、
「すげ、こわ……赤城さん」
「良かったよ、面目が立って」
「お返し…赤城さん」
とおれをひっくり返し、また彼は顔を埋める。あーこっちもいい感じ。
「ん……高…階クン、もういいって…、ん、やめとけ…」
 でも、やめない高階クン。おれは身を捩り、堪えながら、
「もう……出……る。無茶しないでおけ…な、」
 おれは片手でティッシュの用意をする。それをそばまで持っていくと、彼がそれを奪い、
「じゃあ、」
とおれを背後から抱き取り、手や口で愛撫しながら、右手でさする。
 出た。身体が硬直する。
 はぁーっ、と大きく息つき、頭を反らす。と、キスされる。
「三時まで、まだ三十分あるんやけど、」
「また元気になってんの?」
 そっと触れると、充分な硬さ。
「来て」
「イキナリ。ええん、」
「君に多くは望まない。……大丈夫、悲しいことに、もう馴れたし、さっきのがあるから、」
 彼はオレの足を肩に引っかけ、入れてくる。少し動いた後、
「おれが、上になろか……」
とおれが言うと、
「じゃちょっとだけ」
 馬乗りになって、身体を揺らしながら、口付けたり、手で愛撫したり。
 やがてまた下にされて、好き放題かき回されて、彼は終わった。
「赤城さんのが、」
と手をかけようとする。おれは振り払う。
「いいって。疲れるし、もう眠い。…出るまでの疲労を考えたら、」
「また、しよな。赤城さん」
 起き直ってまたジュースを飲みながら高階クンが言う。おれは布団をかき寄せ、
「高階クン……約束、ちゃうで」
「だっておれ、赤城さん気に入ったもん。赤城さんもおれ気に入ったでしょ?」
「またやろう思たら、きっとおれがリードせなあかんわ」
「全く、いい感じやわ、赤城さんは」
 おれを見てニヤリと笑う。やな子……。
「きっと原田さんとはもっと凄いことやってるんやろな。今回は、年上の人……とのいけない情事を満喫したし、……おれ笑ってるけど、赤城さん怖くなりましたよ」
「だったらそのナメたツラやめたら、」
 高階クンは煙草をスーツのポケットから探り出し、一息吐くと、
「そーいうワケにはいかん。これがおれの地やし」
「おれもクソ生意気な年下の男の子との情事楽しめたよ。じゃあ、おやすみ」
と目を閉じ寝返りを打って壁を向くと、
「おやすみ」
とおれを抱き寄せ、長々と舌を絡めて口づけられた。
 次の朝、目覚めが悪かったのは言うまでもない。だけど風呂に入らなきゃいかん。昨夜はしつこくやったし、一回おれは腹にぶちまけてるし、気持ち悪いわい。しかし困ったちゃんは、隣で寝ている、まだあどけない雰囲気のこの子である。昨日と同じスーツでなんて…行かせていいもんだろうか。
 おれは彼を揺すった。
「起きて、」
 うざったそうに手を払い、目を閉じたまんま、
「何時、」
「六時半」
「早すぎる。あと一時間半は寝れるわ」
「自分ん家と間違えてんちゃうか。お前昨夜と同じカッコウで原田に会うつもりか」
と言えばうっすらと目を開け、おれと目を合わすと、
「あ、」
と目を見開く。
「まじー。……やりすぎたわ、ああん、眠いよォ」
と布団に潜る。
「おれに迷惑かけんなよ。それがなんだ、アバンチュールの倫理だろ」
「構わんとって下さい。おれ一週間は同じスーツで通てますし、」
「シャツもネクタイもか」
「シャツ位は変えますケドね。原田さんもそこまで見いひんって……」
「だめ。…早く、帰ったら」
「別にえーやん。……よー考えたら、男同士友達同士やん。昨夜は遅なったし、おれは単に赤城さんに泊めてもらったの。酔ってたから、すぐ寝た、それでええやん」
「………」
 そう言われれば、そう言う気もせんでもないけどさ。
「じゃあ、おれは吐きそーとかいいながら、布団に転がり込んで、すぐ寝ちゃったということで、」
「おれが泊まろかなー言うたら、」
「おれが勝手にせいと言って寝ちゃったと、」
「グー、GO」
 高階クンは布団の中から手を出しOKのサインをする。
 おれは立って風呂を沸かしに行った。うちはシャワー無しのガス風呂なので、四十五分にタイマーを合わせ、布団に戻る。
 高階クンは思いっきり寝ていた。
 ドライな子だな……こーいう子は初めてだな。まぁおれは、三人しか、男ばっかり、しか知らんけど。
 枕元の、彼のタバコ、銘柄は原田と同じラッキーストライクを一本貰う。元々吸ってたのか、原田に洗脳されたのか……?
 吸いながら、物凄くやな想像してしまった。
 高階クンは原田に憧れきっていて、惚れている。それでおれに手を出して、おれの程度を知り、原田にアタックする……考えただけで、気色悪く、胸クソ悪くなってきた。昨夜の酒が込み上げそう。
「起きて、」
 四十五分後、再度おれは彼を揺すった。
「洗わんでいいから、湯につかってよ」
 寝ぼけ眼で湯につかり、頭も湯で流すと、彼はもう上がった。バスタオルとと歯ブラシを渡すと、おれは風呂に入った。
 上がると、服はきちっと着てるけど、まだ眠そう。
「思いっきり低血圧っぽいな」
「これがいつもの、赤城さんは知らんでしょーけど、オレの朝ですから、」
「そーいや悪びれずに遅刻多いて原田言うとったな……」
 歯を磨き終わると、もう八時だった。
「カフェオレでも飲む?」
「ん……」
 電子レンジでミルクを温め、インスタントコーヒーをぶち込む。
「ん……おいしい」
 少しは目が覚めたようである。
 おれは六畳の方へ行った。ゴミ箱を点検して、シーツも、別に汚れてはいないし、昨夜脱ぎ散らかした服をランドリーへ入れた。オレジューを冷蔵庫へ戻す。
「手慣れてるなあ赤城さん」
「初めてじゃ、ないもん」
「で、おれは何人目?」
「もう夜は明けたんだからその話はよそうや……。しまいまで、やな子やね」
「じゃ、さいなら可愛い赤城さん」
「あのな……君、平気なん、原田に会うの、」
「まあね……もうその時が過ぎちゃえばね。でも赤城さん、ちょっと気に入ってるからなあ」
「その上に立った言い方やめろっつってるだろ、」
「ダメ……そうそう戻らへんかも。ゴメンね赤城さん」
「もう、会うのよそうな」
「暫くはね」
「ずっとだよ」
「ちょっとずっとね」
「あのなー、おれに惚れんなよ、」
「大丈夫やって、ほんのちょっと、えー身体してるだけの相手やもん。ネッ、」
 そしておれの左手の薬指に触れ、指輪をなで、
「人妻、」
「今頃気付いた?」
「いや、昨夜ずっと。お陰で余計いけない気分にさせて貰って、えー気分でしたわ」
「あきれた……。おれはそんな、ゲームはできひん。だからおれはもう除外にしてくれよ。絶対やで」
「まー惚れられても困るし……」
「おれは絶対惚れへんわ!」
 さてその日、いつものことだけど、おれより遅く原田が帰って来た。
「高階のヤツ、お前のこと可愛い可愛い言うてゲラゲラ笑ろとったけど、お前何してん?」
 あちゃ~~…と頭を抱える。あのクソガキ、
「おれ、今までになく酔っぱらって机にへばったりしてたから、よう覚えてへんわ」
「あのガキに弱み掴まれたら一生祟るで」
「お前の弟子やもんな」
「おれはあんな口の軽い、向こう見ずとは違う、もっと大人な、」
「まーおまえの方がちょっとは重いか」
「体重やないで」
 ちょっとドキ。でもただの冗談である。
「分かってるよ。口と性格。あんたがヘビー級」
「赤」
と腕を掴まれる。おれは彼の膝の上に座って、頭を抱えキスをする。丸二日ぶり。いや昨夜、トイレでしたっけ。飲み屋の。
 ちょっと訊いてみようかな。
「なぁ原田、おれって何人目?」
「ん……?初めて」
「それは男でやろ。トータルでやんか、」
「ん――、十人もおれへんで。ソープ嬢入れても」
「少ないな」
 おれはニヤニヤと笑う。
「じゃあお前は」
「知ってるくせに」
「何と比べてそんな生意気な、……」
「高階クン。百人切り目前て、自慢してた」
「人数じゃないよ。内容よ。そんなことで自慢になるのは、貰った病気の数だけでしょ」
「成る程」
 そのまま脱がされる。おれも彼を剥く。そのまま彼は仰向けになり、おれが上に。
「最初の方に比べたら、ほんま赤もすれたよな」
と言われてしまった。

 次の週、おれは自分の会社が退けた後、原田に呼ばれて彼の会社へ行った。雑居ビルのワンフロアー。大体この業界はそうだ。おれの今の会社もそう。
 前おれが手伝った定期刊行物がまた来たから、決まり事や仕事の説明だけしてほしいと呼ばれたのだ。
 おれは気が重かった。まだ、日が浅い……記憶が生々しすぎる。重いガラス扉を押し開けると、いつもの雑音。だけど、いつまでたっても馴れない。よその会社は、よその会社だ。そっと入って、奥へ進んで行く。
 営業は、入ってすぐのコーナーにある。心が乱れる。グリーングレーのスーツの後ろ姿に、ドキリとする。高階クン。立ったまま電話してる。おれは横をすり抜け、黙って通 り過ぎようとした。が、電話を切った高階クンはおれに気付き、満面の笑みをたたえて、
「あっ、赤城さん、いらっしゃい」
と言った。全く、何も無かったかのように、平然と……。おれはなるべく平静に、
「ああ、……今晩は」
と言って奥へ行った。
 原田の横に座って、手順やなんかを話していると、高階クンが原稿袋を手にやってきた。
「原田、チーフ。すんません、お仕事取って来たんですけどォ、」
 いつもの軽やかな口。
「今忙しいから、課長んとこに持ってったれよ。皆おれのとこに持ってきやがって、課長ヒマそうにしてるで」
「そりゃ、原田さんが頼りになるから。ネッ、赤城さん」
 突然振られてあせる。おれは下を見たまま、
「う、うん……」
「高階、あっち行け。赤はお前、嫌いみたいよ」
「あ~~らごめんなさいお邪魔しちゃって。原田さん、これ一応課長の方に回しときますけど、今日中には見といて下さいね」
と去って行った。ホッとする。
「高階クン、……相変わらず、軽くて元気やなー」
「アホやもん。さて、続き……」
と一通り終わると、おれはトイレに行った。戸を開けた所で、ばったりと高階クンと出会う。彼は全く普通 だけど、おれは目を反らす。身体も強ばってる。彼は笑い、
「赤城さん、そんなに意識しないで、……勘ぐられますよ、あんまり意識してると」
「君は……よくそう平然とできるな……おれには理解、できへんわ……」
 すると彼は頭をかき、
「参ったなあ。おれ赤城さんのこと抱かんといたら良かったわ」
「おれは君みたいに、ドライじゃないからね。経験も浅いし」
「大丈夫ですよ、赤城さん。……ゴメンナサイね、赤城さん。赤城さんがそんなに気にする人やとは、……思えへんかったから…」
「おれも嫌んなるけど、人が気になって、…重たい、ヤツなの。だから、あの、……もうおれとしたいとは、思わへんやろ?」
「さ~それはどうかなァ。…なんてね。安心してよ、赤城さん。もっと、軽く、か~るく、考えて。でないとぼくも、困るし…」
「……。付いていけない、あたし」
「あの時とは偉い違いやな。その二面性に戸惑う。……じゃ、これからも仲良くしましょね。赤城さん」
と笑いながら去って行った。……到底おれには、理解できない人物。
 あまり近づかない方がいい。心を、かき乱されるタイプだ。理解できずに翻弄されて…おれは大胆になったときは自分でもびっくりする位 積極的に軽くなるけど、いつまでもそのまま突っ走れない。必ず立ち止まって、振り返り、一々点検し沈むときが来る。落差が激しいのは相変わらずだ。殊に、あんな人物と拘わっていては…。まさに彼は、そういう意味では、原田以上だ。おれは軽く、ドライじゃない。
 それから原田の会社に行くことはなくなった。だから、もう高階クンのこともかなり忘れていた。原田の話題に上っても、意識せず聞くこと出来た。
 だけど、それで終わりじゃなかったのだ。それは、ひどくおれには唐突に思えた。

エロ描写、とってもアッサリ、下品で色気無し。原田君ほんっとごめん(汗)
しかし高階の台詞回しは実に巧く言ったのね私的には大満足。

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