深 海 -4-

「……で、何でデートが釣りなわけ?」
「あれっ木下さん、興味ありませんでした?今更そんなこと言うなら断ればよかったでしょ」
「だからってまさかこんなに朝早いとは……」
 朝ぼらけ、波止場でぼやく。ようやく明け始めた空はブルーグレーのグラデの中、水平線近くが空も波も黄金色していて意外と悪くない。しかし、釣りが分からないがゆえに、適当にOKした木下だったが、出かけるのが夜明け前と明かされて始めて大変なレジャーなのだと気付いた。
「寒……」
 1日で1番寒い時間帯、木下が肩を抱き声を震わせると、高階は自分のバッグから上着を一枚取り出し、無言でふわっと着せかけた。反射的に高階を伺うと、口元を楽しげに歪め、釣り糸を垂らしながら真っすぐ海を見ている。朝焼けに染まったそのゆったりと楽しんでる顔が持って生まれたやんちゃっぽさもあって少年っぽく、木下は見とれる。
「高階君」
「うん?」
 返事はすれども視線は微動だにしない。その顔を掴み自分の方へ向けると、木下はキスした。
 やがて引きがきて、釣り上げると高階は放流する。
「あっ、やっぱりキャッチ&リリース?」
「いや、これは外道」
「人でなしのこと?」
 高階は笑うと、
「その外道とちゃいますよ……狙いと違う魚のことです」
「狙いと違う魚…が釣れたら即放流なの?」
「美味しければ食いますけどね」
「なんとなく分かってきたかも」
「この辺で理解してもらっても困るんですけど。大事なのは仕掛けなんで」
 そういえば釣りといえば竿と針と餌くらいしか知らなかった木下は、他にも色々取り付け、繋ぎ、撒き餌をする様子に釣りも色々あるんだなと思ったことを思い出した。
 すっかり朝も明けた頃、高階は一匹の大きな桜色の魚を釣り上げると、「帰りましょか」と言う。
「高階君ち?」
「いや……」
 ちなみに木下は高階の部屋に上がったことはない。
「うち来る?」
「いや、それも……」
 高階が木下の家に行ったこともない。
 高階は片づけを終えて立ち上がる。
「あー眠い。……どーしよっかな。おれより原田さんの方が捌きが上手いし。突撃したろかな」
 この時間なら突撃すれば間違いなく2人はまだ寝ている。悪戯心がうずき出すと、高階から笑みが漏れる。
 木下を伴い車に乗ると、2人の住むマンションに乗り付ける。
「どこここ」
「まあまあ」
 高階がインターホンを押すと、ややあって「はい?」とぞんざいな原田の声がする。
「おはよーございます。原田さんにお願いあってきたんですけど」
「こんな朝っぱらから、いきなりくんなや」
 そういいつつも、ドアを開けてくれる原田。高階しかいないと思っていた原田は、パジャマの上はひっかけただけ、ボタンも留めていない状態で、目の前の木下に、「うわ」と驚く。
「連れがおるんなら、先に言えよ」

 一旦奥に引っ込むと、高階の装備に用件を察したのか、汚れの目立たない濃紺のシャツに濃い色のジーンズという出で立ちで2人を迎え入れる。
「何釣った?」
 そう言ってリビングでクーラーボックスを覗き込む。
「結構いいでしょ」
「お前にしては、当たりやな」
 原田は木下にソファを勧めて麦茶を出すと、台所に回り、魚を洗い出す。高階はそのタイミングで、
「あー、眠い。原田さんちょっとベッド借りますよ」
と勝手知ったるで寝室のドアを開ける。
「あ、こら」
 まだまだぐっすり寝ている赤城を起こしたくないのと、なんとなく木下の手前男2人所帯を晒すのが憚られ、寝かせておいたのに……と原田は悉く裏をかいてくる高階に舌打ちする。まあそういうところが退屈しなくて面白い、と思っているのだが。
 寝室のドアを開けると、寒色のカーテンの引かれた翳りのある室内の窓際のベッドに、布団に包まれ安らかに寝ている人がいる。こんなときなのに、それを認めただけでどきりと粟立つ心と体に、高階は我ながらどうしようもないなと苦笑する。ベッドに寄って行き、腰掛けると体を挟み込むように両手を着く。
 そのまま、ほの温かい体温が感じられるほどに顔を寄せ、その横顔に耳打ちする。
「赤城さん、おはようございます」
「ん……」
 微かに瞼が震えただけで、起きる気配はない。片手を滑らせ、髪を梳く。
 その緩やかな刺激で、ようやくうっすらと目を開けた赤城は、高階に焦点を合わせると、一気に目覚めたようで、目を見開き、
「ぎゃあっ、な、なんで!?」
と声を出す。身じろいだせいで裸の肩が露出する。
「わーやらしなぁ…裸で寝てるなんて、エロチックですよ赤城さん」
 ニヤニヤ笑って覆いかぶさったまま、高階が言う。
「ちょっと!なんでここまで入って来てんの、原田は?は、原田、」
「原田さんには、おれの釣果をいらって貰ってますんで」
「ど、どいてよ、布団から出られへんやないか、」
「出なくていいと思いますよ。眠かったのに目ェ冴えてきたわ」
「目ェ覚めたんならこっち来ようか高階君」
 後ろから冷ややかな声がする。ドアのところで包丁持って笑いながら原田が立っていた。
「………。チェッ。その姿シャレになりませんよ原田さん」
「慌てて来たもんで」
 首根っこ掴まれ高階はリビングへと連れ出された。
 その少し前、木下は原田1人と思っていた住居が、寝室から何やら小競り合いする声と気配を感じてそうではないと気付いて驚いていた。しかもなんか、女にしては声が低い。そしてやたらに楽しげな高階の声。
「高階の彼女?」
 そっちに気を取られていると、水を流しながら原田が木下に声をかける。
「えーと、あの……」
「あいつ夕か夜釣り専門やから、大変やったでしょ」
「いや、夜明け前からでしたよ」
「へー。低血圧が。どういう風の吹き回し……かっこつけとんのかな。あいつのこと、よろしく頼んますわ」
 そうにこりと笑いかけられて、思わずかっこよさにときめく。
「……でもなんか、どっかで見たことあるなぁ」
 木下もどこかで見たことある顔だと思っていたが、その一言で思い出した。一度、高階と打ち合わせに来た男だと。
 原田は俯き蛇口をきゅっと締めると、手を拭きキッチンを回ってきた。その手になんか物騒な物が握られている。そのまま寝室のドアへ向かう。
 高階が原田に引き摺られてきた後、暫くして寝室から白シャツにジーンズの赤城が現れる。
 ソファに座っている木下に驚き一瞬身を反らす。木下もばつが悪かったが、あえて微笑み、
「お邪魔してます。朝早くにすみません」
とにこやかに挨拶する。
 台所で睦まじく並んで原田が捌き、赤城が盛り付けた真鯛の刺身と松皮焼きに、ダイニングで舌鼓を打ちながら、
「美味しい」
と木下が言えば、原田が、
「まだ半身ありますから、持って帰ります?」
と問う。
「いえ、それは……」
「半身は多すぎかな。じゃその半分では?」
「原田さん。釣ったのおれ」
「お前はまともに料理出来ひんやろ」
「あっひどい」
「じゃーなんでここに来てん。人の迷惑顧みず」
「えーこれ高階クン釣ったん?凄いやん」
「でしょ。赤城さんおれと釣り行きましょうよ」
「こいつは行かへんで。おれにも着いてけーへん」
「そういや来たことなかったですね」
「やろ」
 高階の釣りは割と最近からの趣味で、元々原田の手解きなので、2人は結構一緒に行っている。そこに赤城が居ることが滅多にないことを思い出す。
 原田は木下に目を向けると、
「でも彼女は、偉いやん。こんな朝早くから付き合って、」
「ああそれは、なんか成り行きで……」
「成り行き?」
「高階君が、僕の基本はフカセ釣りとか言うから、どういう意味って訊いたら……」
 原田は笑うと、
「せこせこコマセ撒いて警戒心薄れさせて騙して釣るんは、お前らしいよな」
「入念な仕掛けと的確な読みで狙い通り釣り上げるとか、言えないもんですかね原田さん」
「なんか女の子の話みたいやな、高階クン」
 赤城のその一言で、暫く場が無言になった。

 2人のマンションを辞去したのち、高階の袖を掴み、木下が言う。
「ねえ、本気で付き合ってよ」
 さんざん原田に彼女扱いされたのでその気になってしまったようだ。その間高階も特に否定しなかった。
 高階は振り返り、口の端を上げ、
「おれ、あなた1人で止まらないと思うんですけど、我慢できます?」
「………」
 まだ着ていた高階の上着をかき寄せ、木下は俯く。


 一方その頃。
 客が去った部屋では、2人が噂していた。
「……あれ、高階クンの新しい彼女?」
「やと、エエけどな」
「なにその含みある言い方」
「襲われかけたくせに、お前も呑気やな」
「あれは……!冗談やろ、そろそろ」
「まぁでもここに女連れてくんのは初めてやからな。普通~の、良さそうな女やったし、この辺で早く手ぇ打ってくれへんかなー」
「それにしても鯛旨かったな。あとはアラ炊き、塩焼き、……」
「アラも焼くか潮汁がええなー」
 高階には半身の半分を渡して、残りは全部貰った2人だった。


 その翌日。白石がいつものように夜遅くやって来た。
「あーやっと明日は休みやー」
と溜息つきながらリビングのラグに胡坐をかく。
「お疲れ様ですね。おれで癒されてくださいね」
「そういうこと言うから余計イライラすんねんけど」
 ローテーブルで頬杖つき指先で頬を叩きながら白石が言う。
「全く、イライラするんなら来なきゃいいでしょ。マジで」
「負けっぱなしは性に合わん」
 そう白石が言うと、台所でビールのアテにと、残っていた鯛を昆布締めしたものを切っていた高階が振り返る。
「あれ、白石さん何か負けてました?」
 その表情は見透かしたようなニヤッとしたもので。
「……別に。何切ってんの」
「オレの釣果」
「カズ君、釣りすんの。意外」
「おれ健康的でアウトドアーな男なんで」
 昆布締めが盛り付けられた皿がテーブルにコトリと置かれる。
「ウソ付けや。不健康の塊にしか見えへんけど」
「それは白石さんが不健康やから。おれは相手に合わせますんで。相手を映す鏡というか……」
「よー言うわ。……でも、休みあわへんし夜にここで会うしかないから、不健康ではあるわな」
「一旦ここに入れた相手って、どーにも入り浸るんですけどなんでですかね。やっぱ癒し効果ですかね」
「………」
 ここに来る前はどうしていただろう。最初は飲んでホテル、だったか。俯き思い出しながら、自分がここに来なければ高階は自分から誘いもかけてこないのではないかと白石は感じていた。
「例外は赤城さんくらいか。1番ウェルカムな相手が……」
そして、二言目には赤城、だ。

うっかり前回フカセ釣りとか言わせてしまってから釣りをネットで調べ始めてしまって連日釣りの記事、動画を漁る始末。しかしやったことねぇので本質は分からず、調べれば調べるほど溢れ出てくる専門用語に釣りの深淵を見る。もう完全理解は諦めた。でも釣り話書いちゃった。だってシチュを思い描いたらキャラがしゃべる動くで面白かったので。原田君は何の気なしに釣りする人設定にしておいてよかった。たまにこういうロングパスが活きるので創作面白い。三人組はほんとに勝手に動く喋るレベルに来てるので楽すぎて、他と分量のバランス悪くなるので結構はしょりましたが。それでも多いよな~と思いつつ。色々調べたけど、季節はアレで刺身したかったので須磨か垂水で真鯛を釣った設定。まあ普通にチヌでも良かったんだけど。
あと、だんだんコメディ入ってきたような……。やはり私にシリアスを続けるのは無理の模様。それとも作業用BGMが民生にシフトしたのが良くないのか?
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