深 海 -3-

「白石さん。ちょっと素直に、可愛くなってみませんか」
 次の逢瀬の時、高階は言った。
 場所はやはり、高階の部屋、リビングに横並びに座って。
「何。いきなり」
「おれが前に言うたこと覚えてません?おれは可愛げのないタイプには、優しくなられへんと……自分でも白石さんに対してちょっとひどいかなー思うんで、ちょっと優しくしたりたいなーと」
「な……!哀れんでもらわんでも、可愛くなくて結構や」
 すると高階はくすくす笑い、
「まぁ、おれは知ってますけどね。白石さんがほんまは可愛い、臆病な人なんやとね。……ま、おれが可愛らしくしてあげてもいいんですけどね」
「あんたにそんなこと出来るん。イライラさせるだけの男が」
「出来ますよ」
 そう言って肩を寄せ、白石を見下ろし、眼鏡の奥で微笑むと、高階は右手で顎を掬い、唇を寄せてきた。
「……!」
 高階が、自分から口付けてくることは初めてで、白石は驚いて目を閉じた。
 すると、唇は降ってこず、くすりと笑う気配がする。からかわれたと知り、目を開けると、高階は間近で笑みを堪えている。
「……!また、からかいやがって……!」
 高階は、眼下のほんのり頬を上気させている顔を見て、笑み零れていた。
 ――素直じゃないけど、素直な人や。
 やっぱり可愛い人やな、と思い、なぜか笑みを引っ込め、身を離す。
 ――やっぱ、あまし、可愛くなってもらわん方がいいな……。
 なぜか高階はそう思った。


「高階さん、飲みに連れていってくれませんか」
 美奈が高階のデスク横に立ち、言う。
 いつも明るく皆を和ませ、しかしどっしりとしたものも持つ。美奈とはそういう娘だったが、今、高階の前に立つ彼女は少し様子が違っていた。
 やや思いつめたような表情。
「あー、じゃ2対2で」
「いえ、あの、2人きりじゃ……駄目ですか?」
 高階から苦笑が漏れる。
「いつも言うてるけど……原田さんから怒られるし、」
「私から誘ったんでも、駄目ですか?」
 そう重ねられて、高階は真顔になると、立っている美奈を見上げた。
「自分で言うのもアレやけど、おれはお勧めできひんで。おれに美奈ちゃんは勿体ない」
「……やっぱり、駄目ですよね」
 美奈は俯き目を落とす。
「美奈ちゃんが同じ職場の子やなかったら、間違いなく誘とったと思うけどね」
「またそんな。……いいです、ごめんなさい。分かってましたから」
 高階は、自分をそういう対象とは見ていない。それは普段の様子を見ていて充分分かっていたことだった。多分妹のようには、好意を持ってくれている。同じ職場の同僚として、大事にしてくれている。しかし、それだけで、多分、女としては見ていない。
 高階や原田辺りから漏れ聞く高階の彼女、及び関係あるらしき女の子は、どれも女としての魅力に溢れているようだった。赤城も、大人っぽい美人の部類だ。内面は、あれだけど。
「でも、そんなこと関係なく、飲みにいくくらいいいじゃないですか?」
「………そーやね。じゃ、行こか?おれ、しばかれると思うけど」
「私からいいました、って助けてあげますから」
「頼むで」


 通りに面した広い窓から、白石は行き交う人を見ていた。
 今日も良い天気だ。ああ、こんなにも人は沢山いるのに、なんであんな男に心乱されねばならないのだろう。
「優樹、手が止まってる」
「あっ、ごめ、」
 同僚に注意され、カルテを纏める作業を再開する。
 そういえばあの男は白石はカズ君と呼んでいるのに、余所余所しく白石さん、のままだ。
 もっとも、白石がカズ君、と呼ぶようになったのも親しみからではない。
 あのマンションのドア前で出会った女がカズ君と呼んでいたからだ。
 金髪に近い茶髪の、蓮っ葉なイメージの女だった。やっぱり連絡を入れずに行った夜、丁度帰るところだったのか、ドアが開いてコートを着たその女が出てきたのだ。白石を見ると目を丸くして見つめ、
「何?カズ君に用?」
 本人からさんざんそういうことは聞いていたが、実際に目にしたのはこのときが初めてであっけにとられて無言でいると、女は後ろを振り向き大声を出す。
「カズくーん、お客さん!」
 若干ハスキー目ながら、女らしい鈴を転がすような声の持ち主だ。奥から足音が聞こえて来、
「お前声でかすぎ。もちっと声潜めてしゃべれ。ここ狭いマンションやねんから」
とぶつぶついいながら高階が現れる。
「あれ、白石さん」
 高階も目を丸く、見開く。白石はそんな彼を見上げ、
「連絡もせんと来てごめんな。お邪魔やったかな」
と少し睨み上げるような感じで言った。
「いやまぁ……邪魔ではないけど。いきなりですね」
「カズくーん、この人誰?」
「お前には関係ないわ…早く帰れよ」
「なんかカズ君の知り合いっぽくない感じ……ここで男の人初めて見たわ。あたしリナです。よろしくね」
「挨拶いらんからはよ帰れ。じゃあな、リナ」
 そう言ってリナの背中を押し出した。
 それからも暫く玄関で賑やかに言い合いをした後、やっとリナが帰る。
「……彼女?」
「いいや。友達」
「……カズ君て呼ばれてるんや」
「不本意ですけどね」
「へー。不本意。おれも呼ぼ」
 それ以来、白石は嫌味も込めてカズ君と呼んでいる。
 その日は結局、そういう気分にならなくてビールを飲んでポツポツとしゃべって、帰った。


「こんにちはー。『融合企画』の高階ですけど。企画部の木下さんお願いできますか」
 高階が綺麗なオフィスの受付で受付嬢に挨拶する。2人の受付嬢はにこやかに挨拶を返すと、若い方が内線で呼び出しを始める。その間、高階は顔馴染みの受付嬢と軽く会話を楽しみながら、電話をする受付嬢をさりげなく見ていた。艶やかで綺麗なストレートの髪に涼やかで大きな目を持つ、清楚っぽい、かわいらしい娘だった。
「君、新入り?」
「はい。今週から配属になりました」
 名札を見て『三井』という名前を習い症で脳に叩き込む。
「ここって派遣?」
「いえ、社員です」
「へー。いい会社やから良かったね。おれなんか、……」
と話かけていると、木下が受付に下りてくる。
「高階さん、お待たせしました」
 木下は三十路風情のスラリとした女である。今日は纏めた髪、白いシャツに膝下のタイトスカートにシンプルなパンプスを履いている。制服姿の三井とは違い服装にも態度にもキャリアを感じさせる。高階は木下を目に留めると笑いかける。
「高階君また女の子に目をつけてたでしょ」
 フロアの隅の打ち合わせコーナーでテーブルで向かい合わせて打ち合わせをしていると、木下が言う。
「そんなことないですよ」
「うちの受付嬢レベル高いのは分かるけど……」
「木下さんには負けますけどね」
「またまた。ほんと調子いいんだから」
 そうは笑いながらも、木下もまんざらではなさそうだった。
 木下も上等そうな女で悪くない、と思いつつ、ふっとよぎる赤城の面影に、可愛さが足りないかな……と引き比べている自分に高階は苦笑する。
「何笑ってんの」
「いやいや。ほんま木下さんには負けますわ」
「なんかやな感じ……受付嬢は男を見る目が肥えてるよ……ねーえ、だったらさ、……今日暇?」
「おれと遊んで楽しいですか?」
「楽しいから誘ってるんやん……」
 そう言いながら木下がテーブル下で軽く、尖った靴先で高階の足を突付く。
「木下さんに誘われたら、イヤとはいえませんね」
「大事なクライアントやもんねぇ」
 木下は小首を傾げ、微笑んだ。

 終業後、2人は軽く食べて飲んで、ラブホは木下が嫌うので普通のホテルへと行った。
 部屋のドアを閉めると、抱き合ってキスをする。
 木下は高階のかわいい顔と、見え隠れするギャップのある危ない雰囲気を気に入っていた。そして調子が良くて面白い。
 楽しいひとときを過ごすと、服を着ながら木下が言う。
「ねえ。今度休みに普通にデートしてよ」
「えっ、休み」
 高階はまだベッドで煙草に火を着けながら言う。
「なんかめっちゃ意外そうやね」
「いやいや。木下さんがそういうこと言うとは想像してなくて」
「休みの日は接待の範囲外?」
「そうそう……て、いや別に、これ接待ちゃいますし」
 木下は高階を振り返る。
「高階君てヤルまでは熱心なのに落したらあっさりしてるよね。キャッチ&リリースというか」
「そうしやんとあとが大変ですからね」
 高階は本命以外の相手には不用意な発言や態度で今後に期待を与えないようにしていた。それは本能であり礼儀でもあり、自分の中のルールとして厳守していた。相手がのぼせるのは勝手だが、本気になったりのぼせそうな相手には手を出さないよう見極めもしていた。
 ちなみに、女を釣るためにその気もないのに今後の交際や金や結婚をちらつかせる男は軽蔑していた。
「やな男」
「あと僕の基本はフカセ釣りですけどね」
「どういう意味?私釣り知らんから分からへんわ」
「知らなくていいですよ」

いやいや、ホモより女とのシーンが多いとか、BLのセオリー外し以前のような気が……まさに誰得。でも高階をメインに書きたい気が多く…必然的にこうなる……でも!ホモのない話なんて書く気沸きませんし、主軸はホモですよ?全ては対比のため。とはいえ書いてて楽しいというか、シーンとセリフが浮かぶ浮かぶ。大分はしょりましたが。だって濡れ場はいらんですよね?今回分の半分は誰得、と思いながらも結構書くのは楽しかったり。でも想像力貧困なのでベタい臭いキャラ、セリフ、シーンのオンパレードな気も。でもいいやw 高階君こんななのに、赤城君の少ない浮気より重く感じないのはどういうことなの…相手がガチかどうかがポイントだなと思った次第。

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