深 海 -2-

 高階は勝算あったのだろう。
 決着は割と簡単に着いたと白石は思う。
 いやまだギブアップはしていない。ゲームは終了していないはずだと。


「カズ君。はよしてや」
 相変わらず自分の横でテレビを見ながら缶ビールを飲んでいる高階の手から缶を奪い、リビングのローテーブルの上に置くと、白石は高階に詰め寄った。高階は、一瞬身を引く。
「何をはよせえって?」
「分かってるくせに。電車なくなる……」
「こっからやと遠回りですもんね。白石さんおけいはんやし。わざわざ来てもらってすいませんね」
 そう、口元を歪ませ全くすまなさそうに言う。
「分かってんやったら、はよしてや」
「……。でもおれ、今全然ヤル気ないし。白石さんがやってくれんと……」
「結局いつもそれやな」
 まだ詰め寄った体勢と、詰め寄られてのけぞった体勢だった2人は、軽く白石が肩を押したことにより、高階がそのまま仰向けになった。
 その太腿の上に乗り上げ、白石は高階を見下ろす。
 リラックスしきった高階の体に、ニヤニヤと見上げる顔。
 その余裕を、剥ぎ取りたい、と白石は眼下の部屋着のウエストゴムに手をかける。
「ん……」
 取り出したものを口に咥える。
 表情は崩さないが、微かに高階の眉間に皺が寄る。その様に白石は充足を覚え、更に舌を使う。
「……さっすが、男のツボ心得てはる、……」
 途切れ途切れに、高階が言う。その声音に、白石は更なる充足を得る。大分育ってきたものから口を離すと、自分のパンツのベルトを音を鳴らして外す。
 そのままファスナーを下げ、腰を上げ、パンツを下着ごと勢い良く下ろすと、自分で軽く慣らし腰を沈める。白石の口から溜息が漏れる。
 高階は、動かない。でもそれも大体いつものこと。白石は目を閉じ自分本位に快感を求めていく。
 この男なんて。ただの棒。それ以上でも以下でもない。
 そう、割り切って。
 そのとき、テーブルの上の携帯が鳴る。高階の携帯だ。彼は器用にそれを取ると電話に出た。
「何?」
 少し息を詰めた声。
「……ああ。明日なら、ええで。…っお前も好きやなぁ…沙紀」
 高階がそこまで言った瞬間、携帯が反対側の壁まで飛んでいった。
 音を立てて壁にぶつかると、床に落ちる。
「やってるときに呑気に電話なんかしやんといて」
「……あんたもわがままな人やなぁ」
 ニヤリと笑い鋭い目をくれると、高階は身を起こし逆に白石を寝かせ、腰を掴み激しく突き上げはじめた。
「っあ、」
 白石の口から声が漏れる。高階の少し顰めたような顔は、さっきまでみたいな散漫な意識の顔ではなく、自分の体に没頭し集中している顔だ。その顔が、白石は好きだった。

「仕事の疲れ、癒されました?」
「……あんたとおると、余計イライラするわ」
「そりゃ、わざわざ来ない方がええんとちゃいます?」
 白石が終電を逃さないよう慌てて帰宅の準備をし、玄関へ行くと、高階が送りに着いてくる。からかうような口調でもって。
「……。お邪魔しました」
「いえいえ」
 そのまま玄関で別れると、高階はドアを静かに閉めた。
 そのあっさりとした様に、分かっていても何かが胸を刺す。
 ほら、ここに来ても、癒しにはならない、あの男はイライラの元にしかならないのだ、と白石は改めて思うのだった。

 1人になった室内で、高階は寝室へ行くと枕元のブラックライトを灯し、煙草を吸い始めた。
 やっぱり、あの人はあの人だ。誰も代わりにはならない。とこういうときにそれを強烈に感じてしまう。
 薄闇の中、かつて見たあの人の体が、艶かしい様がおぼろげに浮かび上がる気がする。
 自分の上で乱れる様も、このベッドで覆いかぶさったときも。腕に取り込んだ体を思い出し、虚空を抱きしめ、唇を寄せる。その表情を思い出すと、むらむらと湧き立つもので身を持て余し、出したばかりのそれに手が伸びる。
 まだ長い煙草を揉み消し、火照りを沈めるために、手を動かす。
 そうしていると、床に転がったままの携帯が鳴り始める。
「チッ、」
 余韻もなく急いで出すと、鳴り続ける携帯を拾いに明るいリビングへ行き、出る。
「もしもし」
「あたし。さっきのことやけど」
「ああ。……何やったっけ」
「さっきの何?誰か来とってんでしょ?」
「まぁな」
「可哀想やん一言言ってくれれば後で電話またかけるわーって直ぐ切るのに。あたしもびびるわ」
「悪い悪い。……で、何やったっけ」
「もう。素敵そうなバーがあったから一緒に行って、って言うたやん」
 沙紀の用件は趣味の食べ歩きの一環のお誘いだった。
「お前一人で行かれへんの?」
「あんなとこ一人でよう行かんわ」
「バーとか、一杯高いよなカクテルとか」
「ええやん。次の彼女連れてく下見になるやん。ホンマ素敵そうやで」
「彼女ねえ。……」
「あんた最近めっちゃだるがりやな」
「ほっとけ。……いいけどお前タメ口すぎ」
「ハハッ、大分年上やったっけねえ。ごめんごめん。じゃ、明日な!」
 それきり、切れた携帯を眺める。


「赤城さん昨日髪切りに行ったんですか」
 翌朝、始業前に自分のデスクで仕事の準備をする赤城の横に立ち、高階は声をかけた。
「そうやで~どうこれ。あの人上手いな」
 赤城は仕上がりに満足そうだ。高階は短くなった髪よりも、首筋や額ににさっと目をくれた。
「なんかさっぱりしましたね……そういや、カラーリングは禿の元、て言うたんですって?」
「えっもう知ってんの?……うん」
「アホやなぁそんなことそれで商売してる美容師に普通言いませんよ」
「……うっさ、分かってるわそんなこと」
「赤城さんほんまどっか抜けててアホ可愛いっすわ」
「アホ可愛い言うな。そもそもあれは君があんなこと言うから……バイト君とかの手前、おれのイメージ下がるからおれで遊ぶのやめてくれる?」
 赤城が声を潜めて言うと、高階は笑い、
「赤城さんいじりはオレの趣味、ライフワークなんで」
「嫌な趣味やなぁ」
と赤城は鼻じらむ。


 バイトも帰り、美奈も帰り、赤城も直帰の、2人きりの事務所内。
 しんとした中、FMが静かに流れる。
 原田はまだ自分のデスクでパソコンをいじっていた。高階も、事務仕事を黙々とこなしていた。
「……赤城さんは、おれ程度の男はなんぼでもいるて言うてたけど、やっぱおるようでおらんですよね」
「いきなり何言うとん」
「いや。……赤城さんは赤城さんで、代わりがおらんいうか」
「何当たり前なこと……ていうかお前まだそんなこと言うとん。いい加減諦めたんちゃうんか」
「諦めましたよ…?でもそう簡単に割り切れるもんとちゃうと思いません?」
「お前もはよまともな彼女作ってくれや。そして結婚しろ。今遊んでる中から選べばええやろ」
「原田さんも赤城さんもおれに結婚しろって……、おれが結婚してまともになると思います?」
「最低でも今よりかマシになるやろ。子供が出来たらかわいいでー」
「原田さんも子供欲しいんですね。赤城さんと別れたら?」
「そんな誘導に乗るか。…男がええんやったら、辛抱強く探せば、赤に似たかわいい男も見つかるか知らんで」
「原田さんは、よく赤城さんをものにしましたね。まだ普通やったんでしょ?」
「そ。お互いな。今と違てイマイチ可愛げもなかったし。やからお前も、普通のやつのなかから探せばええ。雰囲気のいいやつを」
「うーんでもやっぱ赤城さん以外の男って、ピンとけーへんわ。原田さんマジ羨ましいっすわ。細胞からクローン作れたらなー。もうちょい遅く生まれればよかったか」
「お前、クローンなんかで満足できんの。本物でなく」
 高階は暫く考え、渋い笑みを零すと、
「ちょっと、満足できないかも、知れないですね」
「そやからお前はお前の赤を、オリジナルを探せ、いうてんねん。代わりは所詮、代わりや。二番煎じや。満足なんかできるかい」
「余裕の発言ですよね」
「お前も分かってるやろ」
「まあね」
 胸の中を、空しさが、去来した。

久々の三人称はなかなか難しい……主語がないと一人称みたいな気もしてくるけど、いちいち主語入れるとしつこい、うっとーしーし…。しかしまぁ、ほんとに、セリフばっかだなぁーでも地の文挟むと冗長になりそうで最後のパート。しかし高階メインでシリアスやるせない系になってくるとは。我ながら面白いw

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