BIRTHDAY・UPPERSIDE

「お誕生日、おめでとう」
 原田がそう言って薄い黄色のスパークリングのワインのグラスを差し出す。
「ありがとう」
 おれの前に置かれている、同様のグラスを掴み、軽く音を立ててぶつける。
「赤城さん今年で幾つでしたっけ?」
 おれの左側から、にゅっ、という感じでグラスを突き出される。
「高階クン」
 ムッとして彼の方を見ると、にま~っという感じで口元を歪め、
「女とちゃうし、年訊いても失礼にならへんでしょ。…それとも、女の思考回路に、なってきた?」
「あのなあ、おめでとうも言わんと、イキナリいやなこと言うなよな」
「あっ、すみません…。赤城さん、おめでとうございます。今年も、ハゲあがりませんように、」
「君な、一言余計やねん、」
「赤、前から言うてるけど、そん時はア○ランスな」
 がっくり、おれはうなだれる。なんで今年の誕生日はこんなことになってしまったんだ。素敵な雰囲気も何もあったもんじゃない。それどころか、この組み合わせで、凄くいやな予感する。とても楽しいひとときなんて、過ごせそうにない気がする。
「女性ホルモン、打ってみたらどうです?」
「おれはカマとちゃう、」
「まあまあ…。おれも別にお前に胸脹らんだり、ケツ大きなったりして欲しないしな。すね毛も気にせえへんから、いいよ別に」
「言われんでもせえへんわ、」
「あらあら、今日の主役が…。原田さん、あきませんよ、今日は赤城さんに楽しく優雅に過ごしてもらわなあかん日やねんから、そない怒らせちゃ、」
「なんでおれやねん。お前がハゲの話始めたからやろ、」
「赤城さん、これ好きでしたよね」
 そう言って高階クンは我が家のフローリングのリビングの中央にある、生成のラグの上の布団を外したこたつの上の(ややこしい…)幾つか並んだ皿の上から生春巻をおれの取り皿に置いてくれた。
「生ハムサラダも」
と言えば、原田がハイ、と取って皿に置いてくれる。
 それでちょっと気分が上向きになり、顔がゆるむ。
「相変わらず食い意地はってんなァ。これだけで機嫌直しよる」
「そういう単純さが、赤城さんのいいとこ、カワイイとこですよね」
 ムッとしたけど、顔には出さないように、だって顔に出したらまた単純とからかわれるに決まってる。
 それにしても、ニョクマムで頂くこの生春巻は美味しい。テーブルの上には、この生春巻、生ハムサラダ、大エビフライ、豚の角煮(皮付き)、無着色最高級明太子、クラゲと茸の胡麻味噌合え、カツサンド、そして中央にどーんと冬でもないのに、鍋が。しゃぶしゃぶするのだ。
 どれもこれも、おれの好物ばかり。
 でも、ウチで調理したワケではない。おれたち2人は勿論、高階クンも相変わらず1人暮らしだけど、誰1人料理は好きでない。得意でない。おれは好きなもんは作るけど、なんか年を経るごとに、仕事が忙しくなる程にやらなくなった。
 だからデパ地下で買い込んできたものだ。大体今日は平日だし、仕事の帰りだし。その代わり、普段と違って金に糸目をつけず好きなものを次々買い込んだ。
「湯、沸いてきましたね」
 高階クンがそう言い、鍋の蓋を開ける。もわっと、濃い蒸気が上がる。
 そして皿に盛ってある食材をぽいぽいと放り込む。
「すいませんけどおれお腹空いてんで。ご飯早速貰っていいですか」
 高階クンは自分の横に置いているジャーを開け、茶碗によそう。「おれもくれ」と言う原田に、先に渡している。
 おれは自分の皿の上の春巻、サラダを食べ終え、ワインを一口飲み、エビフライにかぶりついていると、原田が最高級無着色のふっくら立派な明太子を箸でつまみ上げ、
「この色、お前のんに似てるよな」
などと言う。高階クンの手前、恥ずかしさでおれは頭に血が上り、熱くなるのを感じながら、
「ば……!」
と言いかけると、
「似てますね。ピンク色、てゆうか肌色のちょっと濃いのんて感じですよね」
と高階クンも平然と返す。すると原田が、
「なんでお前がそんなこと知ってんねん」
「去年夏に海行ったやないですか」
「ああ、そうか」
 ヒヤヒヤする。てゆうかそんな話を平然としないで欲しい。おれのアレの話題なんて…メシ時に、いやだ。
「こうギューッって吸ったったらな、」
と原田は軽く目を閉じ立派な明太子を口に含み吸い上げる。なんかおれが吸われてる擬似感覚に襲われ、腰が砕けそうになる。
「ああそれ気持ち良さそうですね」
 高階クンがまたなんでもない調子で合いの手を入れる。彼は鍋の肉をつつく。
「一気に元気になりよるねん」
「カワイイですねぇー」
あっはっは、と笑う2人。そんな2人を呆然と見ながら、おれは顔を熱く、身体を硬直させて固まる。
「どないしてん?早よ喰えや。高階に全部肉持ってかれるぞ」
 原田が不思議そうにおれを見た。
「そんな話しながら、メシが楽しく食べれるか、」
「なんで。食欲性欲は、直結してるらしいで?」
「おれの話題なんか、食欲進むかっ、」
「おれは進むけどな。この明太も、めちゃおいしい」
 今度は先っぽをれろれろと舌先で舐め上げる原田。おれの先端が、むずむずする。
「ちょ……、マジでやめてや。食べられへん」
「なんで。……直結しすぎて、感じてきた?」
「そんなんちゃう、」
「お前はほんまに、お前が一番エロいで。ワイ談してるときに感じて勃てるヤツがおるか、」
「普通のワイ談やったらおれかって平気やわ、」
「赤城さんへの言葉責めですもんね」
 高階クンは、目を伏せ肉にかぶりつきながらそう言った。おれも原田も暫し無言で彼を見る。
 その空いた間に、「何?」といった顔を上げる高階クン。原田は明太子の先を少し噛みちょっと破った後、中味を吸い上げ、ご飯を一口食べ、
「……お前さあ、今でも赤のこと好きなん?」
「大好きですよ」
「こんな話してて、お前もよう平気でメシ食えるなあ、感心するわ」
「おれは原田さんと同じ。凄く増進してますよ。もちろん、」
とちらりとおれを見、
「赤城さんもさっきからめちゃめちゃ美味しそうなんですけどね、」
「お前、でも実際のところやったことないやろ。男。お前やったら、どないする?」
 そういうと原田は、白いトレイから、まだ2腹残っているウチの一つを高階クンが左手に持っている茶碗の、まだ湯気を纏っている白くツヤツヤとしたご飯の上に載せる。
「原田!」
 いい加減正気に返ってその手の話はやめるつもりかと思いきや。何しやがる、
「そうですねえ、」
 高階クンは箸で挟み上げ、まじまじと見つめ、
「何したら悦んでくれるんやろ…今、反応見てたら分かるんすかね、」
 そして妙にヤラシイ動きで舌を裏だか幹辺りにこすりつけた。
「や、……やめて」
 身体が、熱くなる。じんじんする。
「あ、悦んでくれてますね」
高階クンは先の方だけくわえると、吸い上げながらくびれと思しきあたりを舌を尖らせ抉る。か……、カンベンして欲しい。
「………」
 言葉もなく俯き堪えていると、
「なかなかスジがええやん、高階」
「やってもらってますしね。色んな人に」
「お前も相変わらずやなぁ。マジで早死にするで」
 高階クンはくすりと笑い、目を伏せ先端をちゅ、と音を立てて吸い上げた。瞬間ゾッと何かが身体を走る。
 これ以上、堪えきれなくなった。
「はらだ、お前はなんでそう平気やねん。おれのこと、大事やと思てくれてんのとちゃうかったん?」
 少しあだっぽい声をなるべく抑え、やっとそう言う。
「だから、おれのそんな顔、誰にも見せたないって…、」
「ま、それはそうなんやけどさぁ、時々無性に見せびらかしたくもなるワケよ」
「このロシュツ狂、お前らなんか、こうじゃ!」
 おれは自分の割り当て分の明太をつまみ上げると、噛み千切ってやろうかと思ったが、ほんとに何も口にしたくなかったので、グラグラと沸騰している鍋のなかにジューッと突っ込んだ。
「うわ、」
「赤城さん、それは残酷でっせ、」
「赤、これ一腹幾らと思てんねん、千円やぞ、」
「うるさいわい、」
 湯に踊らされ、白く変色し小さく固く締まっていく明太を一瞥し、おれはいい加減こたつを立ち、後ろを振り返らず寝室へ直行した。
「原田さん、あきませんやん今日の主役を怒らしたら、」
「人のせいにすんな言うてるやろ、お前がノリ過ぎやねん、」
 そんな2人のなじり合いが、後ろから聞こえた。
 寝室になっちゃった6畳のドアを開け、カーテン越しに漏れている灯りのみの暗い部屋に青白く浮かび上がるベッドの無地のシーツに身を投げ出すと、脈を感じるものを俯せのまま右手で直に探ってみる。
 ヤツラはおれの誕生日を祝ってくれるんじゃなかったのかよっ、おれ、折角のご馳走を殆ど食べれてないじゃねーか、どうせヤツラがここぞとばかりに食い尽くすに決まってる。そうか、そういう作戦だったんだな…なんか、鬱。おれの誕生日なのに。
 そのままなんとなく撫で回していると、どうしてもヌキたくなってくる。隣の部屋に人が居て、恥ずかしいこともどうでもいいくらいに。
 でも、我慢しよ。こんなとこで、幾ら見られていなくても、そんなことしたらおれもロシュツ狂だ。
 おれは薄暗い部屋の中で、枕元の週刊マンガ雑誌をめくり意識を反らす。
 早く高階クン帰ってくれないかな…そしたら直ぐに原田にくわえてもらって…また身体が疼き、熱い溜息が漏れる。
 なんでこんなことに、なったんだ。2人だったら、あんなエロ親父クサイことされたって、応えてやれるのに。ご飯の上に載っけてやってもいい。そんな発想すら出来る自分もすっかりエロ親父になったのかも、と思う。
 今週はかなりヒマだった。だから週の中日の今日、いつもならヒマでも電話がかかってくると困るから、7時位まで残ってるのを、定時の6時に揃って事務所を出た。実は高階クンが
「ぼくは残って電話番してますよ」
と言ったのを、社交辞令で
「いいよ別に。…高階クンも、ウチに来る?」
とか誘いをかけたのはおれだったりしたのだ。だって、普通断るだろ?断ると思ったから、誘ったんだ、なのに…クリスマスはつらいから、とウチに来るのを断った高階クン、今回は「じゃあ、」と立ち上がりさっさと帰り支度を始めた。
 今更「来ないで、」とも言えず…原田も、「ウチで暴れなや」と言うだけだったし。
 全く、甘く優しく、出来ればロマンチックな夜を迎えるはずが…失敗したぜ…自分の甘さにほぞを噛み、浅めの呼吸をムリヤリに落ち着かせ、全身から力を逃がすと、そのまま寝た。

 ズボンのポケットに入れていた携帯が、メールの着メロを奏で、それでおれは目が覚めた。一体どれくらい寝ていたのだろう、そう思いながら携帯を取り出す。銀色の、二つ折りのそれを片手で開きながら、薄闇にほの青く輝くモニタを見る。寝ていたのは、30分位のようだった。
 新着のメールは、高階クンから…、メールを寄越したということは、帰ったのかな…。何も言わずに帰ったとしたら、ちょっと悪かったかも…、と思ってしまう。つい、見るのをためらい、他にも何件か届いてたメールをスクロールして、未読の一番古いのを開く。それは、達っちゃんからだった。達っちゃんはいつも、毎年こうやってメールや、電話をくれる。律儀な彼らしく、1年も欠かしたことはない。おれは、忘れがち。何日か過ぎて、「おめでとう」とかメールする、いい加減野郎なのに、……
 彼からの「おめでとう」は、原田とはまた別のリズムを生んでいて、見るとああ、誕生日なんだなと妙な再確認を促す。
 林田達彦 : 誕生日おめでとう。今年も2人仲良くな。また遊びに来てくれな。未知も待ってるから。
 彼はあれから、色々大変だったけど劉さんと結婚してしまった。凄いなあ……と思う。おれよりずっと、日中の架け橋なのだ。そして、2人の間には今年3才の子供が……おれのことを、あーちゃんと呼んでくれるとてもかわいい女の子。原田のことは、ゆうちゃん。
 それからおれは次々とクリックしていく。
 張 玉喜 :おめでとう。もう君らも10年近く経ったなあ…。どう?うちも別れんとやってます。なんか仕事あったら、下さい。
 張さんらしい…とつい笑ってしまう。
 鈴木時子 :Happy Birthday!! おめでとう~~vvいい夜過ごしてる?お邪魔したらごめんね~(笑)
 イイエ、別に……(苦笑)。鈴木さんはなぜだか未だに独身。最近は賀状友達、だけど、性別や距離を感じさせない、不思議な女の人だといつも思う。
 管野智章 :おめでとう。
 それだけかよ…まあいいけどさ。
 原田道隆 :おめでとうございます。これからも兄貴をよろしく。いつまでもきれいなお義兄さんでいてください。
 ………。
 潮崎武志 :またおれよりオッサンやな。今度また、皆で飲み行きましょう。紹介したイラストレーター、ちょっと難ありやけど、腕はいいからカンベンな。
 彼は今、「tide」という屋号でフリーデザイナーやってる。元々デザイン系の専門学校に行っていたから自然な流れだろう。紹介されたイラストレーターは、今度やる定期物の薄い情報誌のカットや、表紙イラストを描いてくれる人の紹介を頼んだものだ。彼の専門学校時代の後輩らしい。まだ会ったことはない。難ありって、どんな難があるんだろう…?
 土井崇明 :おめでとうございます。今度の取材旅行、楽しみにしています。
 土井さんは、その情報誌を一緒にやってるカメラマン。前はフライデーみたいな雑誌にも写真が載っていた。中近東まで行ったことあるらしい。でもまあ、不況ですからね…こんな仕事でもやってくれる。ロケ物が上手い。とにかく安心出来る仕事の人。ついでに、オトコマエ。取材旅行は、クライアントの担当者と、コピーライターと、4人で行くので、念のため。

 ………なんか男ばっかりだな。と思いつつ、他の友達からのメールも見ていき、……最後に残った高階クンのメールを開くために、親指に力を込める。
 ――今日はお邪魔して済みませんでしたね。でももう去りますんで、あとはヨロシクヤッテ下さい。でも、来て良かったですよ。こっちがエエモン貰えました。おれは未だにあなたのこと好きですから、でも、女も好きなんで、ご心配なく。
 高階クン……。ほんと、彼には早く結婚してほしい……。だって、やっぱりちょっと、つらいよ……
 一つ溜息つくと、それからおれは携帯を折り、元通りポケットに収めた。
「赤」
 ドアの方から、声がした。あったかい、包むような。目を遣ると、微かに笑う。
「高階クン、帰っちゃった……?」
「ああ。やっと帰ったで。ホンマ邪魔やったなあ~」
「原田…、そんな言い方、」
 って、自分も若干そう思っていたとしても、人に言われると、こうなる。
「全部食べてもーたん?」
「また食いモンが先かお前は。」
 そう言って、でも笑いながら寄ってくると、ベッドに両手を付き、おれを取り込んだような形で上から見下ろす。おれも、見上げる。
「だって、……」
「何が食いたかった?」
「………」
 彼の顔が降りてき、サラサラ…とひんやりとした髪が頬に触れる。そのまま唇が寄って来、唇を塞がれる。
「明太子」
「ん?」
「食べるより、…食べて」
 おれはそう言い、…それだけで、なんか動悸が荒くなり、肌が火照り、股間がぎゅーっと充血した。少し、足を開き、自分でファスナーを下げながら、彼を見上げた。彼も、吸い付けられたように見つめる。
 と、そのときだった。
 おれの胃袋が、グーと鳴る。
 淫靡な空気もどこへやら、急に現実に引き戻され、堪えきれないといった感じで、おれたちは吹き出した。


END

「高階交えての3P」ってのが頭を離れなかった私、そういや原田と高階って仲良いはずなのに2人の会話、気の合うところってあんまりしっかり書いたことない。それに普通の3Pじゃ…と自分じゃひねったつもりでこれ(擬似3P)書いてみたんだけど、書くほどに「ベタネタ…?」との思いが広がります。いいんだ…同じネタでも、どれだけ独自性が出せるかだよね。明るい3P、いかがでしょう?それだけじゃあんまりなので、少しはカワイイ、ハレの要素を入れてみたり
んで、タイトルにはいつもながら意味はありません。

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