アニバーサリー・ディ -3-

 いい夫婦の日。
 なんでも11月22日はそういう日なのだそうだ。道隆クンに言われて初めて知った。それもあって、お母さんの誕生日は9月、だけど旅行をこのころに決めたらしい。
 今日の部の観光も和気藹々と済み、旅館に着いてまた一悶着。
「だから何でおれらの部屋に着いてくんねん。あっち行け言うてるやろ?あほう」
 おれたちに割り当てられた部屋の入り口で、カバンぶら下げ道隆クンを振り返り、原田が言う。道隆クンはヌケヌケと上目遣いに、
「和生さんも言うたやん?独身の者同士、仲良く、」
「何が独身や。お前はおれらのこと知ってるやろ?そやったら気をきかせたらんかい。おれらの邪魔すなや」
「不審がられて、バレても兄貴はええの?」
「何やお前チクる気か」
 ずいと近寄り、凄む原田。
 その時通りかかったヤッサンに、道隆クンは
「うわーんヤッサン、兄貴がいじめる~~部屋に入れてくれへん、」
と泣きつく。ヤッサンは、不思議そうに自分より遙かにデカイ原田を見上げ、
「勇二にいちゃん、何でいじめんの?可哀想やからいじめたりなや」
「う……、それは……、」
「部屋に入れたってや。可哀想やから」
「……」
 じっと真っ直ぐな目で見上げられ、原田は無言で部屋に入る。
「ありがとな。ヤッサン。ヤッサンはええ男や」
 道隆クンはそう礼をいい、頭を撫でると平気でおれの後に付いて入ってくる。
「道隆クン……、」
 振り返ってそう呼びかけると、深々と頭を下げ、
「よろしくお願いしまっス!赤城さん」
「………」
 うう。おれには口出しできない。ヨソ者だから。
「今はええけど、寝るときは追い出したるからな。今日は、何よりおれの素敵なバースディやぞ。廊下に追い出しても、おれと赤の素敵な夜を捻出しちゃる」
 原田は振り返ると、ビッと指さし、そう宣言した。
「それはそれとして。ゴハンの前にお風呂入りませんか赤城さん?」
「なんで赤やねん。大体人の話聴け、」
「え……と、原田どうする?」
「あかんあかん、おれの赤の裸を、お前みたいなやつに見せられるか」
「お兄さん。男同士ですやんか。ほなら兄貴達はいつ風呂入るん?」
「お前らの入らんとき。あ、家族風呂借りよっか、赤」
「いやらしなぁ~それこそバレルわ兄貴。バレたないんなら、おれらと仲良く風呂入ろうや。赤城さんと兄貴とだけやとおれもドキドキするからさ、」
「だからムリせんでええと言うてんのに、…おれら?」
「ヤッサンと和生さんと、」
「またヤッサンをダシにするかお前……」
 そうブーたれつつ、バレたくはない、という弱みを抱える原田は、連れだって大浴場へと歩いていく。
「今ならまだ間に合う。後悔せんうちに、やめとけや道隆」
「何が後悔なん…兄貴、大事な赤城さんおれに取られる心配してんの?」
「あほか。マジで後悔しても知らんぞ」
 小声とはいえ、何を話してるのだこの兄弟は……和生さんはゴハン食べてから入るということで、来なかった。道隆クン曰く。夫婦の語らいの時間捻出に違いない。だからといって、そんな話何も分からないと思ってるのかヤッサンが。おれはヒヤヒヤするぞ。
「ヤッサン。サッカー上手なった?」
「うん」
 力強く頷くヤッサン。なんかかわいい。子供はほっとするよかわいくて。彼は少年サッカークラブに入っててかなりいい選手らしい。で、折に触れ試合の話なんかをそれはそれは目を輝かし聞かせてくれる。
「なぁ。ヤッサンも赤城さんと風呂入りたいよなあ?」
 唐突に道隆クンが訊く。これまたヤッサンはこくりとうなずき、「うん」と言う。なんか、かわいい。
 大浴場の脱衣場に着くと、各々近くにロッカーを占め、脱ぎ始める。おれも着ていた茶色のニット地のシャツのボタンを外し、脱ごうとすると原田が衿を引く。
「あのな……」
「道隆にサービス無用。あいつが入ってから脱げ」
「なんで赤城さんは脱いだらあかんの?入れ墨とかしてんの?それとも傷でもあるん?」
 もう素っ裸のヤッサンがまたも不思議そうに見上げ…、チッと舌打ちし、おれの衿を離し、原田は脱ぎ始める。
 大浴場でそんなに警戒しなくても。おれはごく自然に脱いだ。
「いやー男同士やのに、やっぱドキドキするな。なんか男やけどやっぱ普通の男の身体とちゃう気がするわ。なんか目の毒や」
「せやからやめろと、」
「肌きれいなーさすが。女っぽいとは言わへんけど、…うわ!」
 裸になって、タオルを前にあて、軽く髪を掻き上げると、ワクワクとした声でそう言い、おれを見ていた道隆クンが声を上げる。
「?」
 不思議に彼を見れば、ちょっと紅潮し、
「赤城さん、もっかい腕上げて」
 そう言いつつも、脇毛があるからびびってんのか?女とちゃうぞ。と言われるまま上げれば、道隆クンはカーッと顔を赤くする。
「兄貴、……生々しいなあ。旅行て分かってんのに、そんなとこ……うわーやっぱやめときゃ良かった、ドキドキする、」
 言われてバッと腕を下げ、脇をしめた。原田は、ニヤッとする。
「だから後悔するて、言うたやん…」
 脇の下、そういや昨夜きつく吸っていた。あれが残ってるのか!ということは、足の付け根の内側も多分……、
 おれは、タオルをしっかり腰に結わえた。
 ヤッサンは、意味が分かってないよな…と彼を見れば、意味は分かってないようだが、ほけっとおれを見ている。
「何?」
「赤城さん、なんか色が…ううん、」
と首を振る。まだなんか色違いのとこがあるのか?ヒヤヒヤして隅の鏡に寄って前から背中から見てみたが、特に変なところはないみたいだけど?
 なんだか妙ながら、風呂は中でヤッサンの学校での話を話しつつ、入った。

 風呂から上がり、浴衣姿で皆で料理を囲む。
「では、お母さんの健康を祈って、」
 和生さんが代表して言うと、
「おれの誕生日は?」
「ああ。じゃついでにそれも、」
「じゃ、乾杯?」
 道隆クンがビールをとっとと注ぎ回り、ビール瓶片手に言うと、
「待てやあほう、」
と原田が言う。
「ヤッサン、贈呈式」
 そう彼が顎をしゃくると、はにかむお年頃のヤッサンはちょっと黒く灼けた頬を染め、手元のバッグから何やら箱を出す。
「おばあちゃん、えーと、……おめでとう」
 料理の並ぶテーブルの上を、手に押されてその箱がおばさんの前まで滑るように移動する。
「ありがとう、やっちゃん。開けてもいい?」
 ニコニコしておばさんが箱を取る。
「うん」
 おばさんが嬉しそうに開けた箱には、多分清水と思われる、藍で絵付けされた湯飲みがひとつ。
「いつまでもお元気で」
 そう文字が綴ってあり、似顔絵らしきものが描いてある。世界に一つしかない、ヤッサンの茶碗。
 いいなあ。そう思ってお兄さんとお義姉さんを見れば親らしい慈愛の表情…。どんな高いブランド物のプレゼントより、きっと心に響く。家族で絵付けにでも行ったのだろう。この日のために。原田も、あの道隆クンも、みな暖かい目でそれを見守っている。
 いいなあ。この家族は『心』の伝え方を心得てる。そう思う。この暖かさが、おれを憧れさせ、好きだと思わせる。この家族の一員になれたらと思う。
「ただ絵を描かそうと思てんけど、実用品の方が絶対喜ぶわと思て、」
 見た途端、ウワーと声を発し、じっと見ているおばさんに暫したち、和生さんが言う。
「現金なオバハンやから、そうやと思うで」
 原田が言う。
「ハイ。あとこれおれたちから……」
と和生さんが、立派な袋の金一封を出す。
 うちと違って、なんせうちの両親が還暦のとき、おれは就職するかしないか、姉貴たちは皆独身で独り暮らしで貯金もなく……、て悲惨な有様だったしさ。なんでこんなに言い訳がましいのだ…
 とにかくうちと違って、それぞれ甲斐性ある息子が3人、中味も立派とみた。
「ええなぁお前ばっかり、」
 横から見ながら、先に一杯やりながら上機嫌なおじさんが言う。
「まぁまぁ。今日はいい夫婦の日やから、お父さんもお元気で、これからも仲良く、」
 道隆クンが言う。
 でもそれよりおばさんはヤッサンのプレゼントが気に入ったらしく、ためつすがめつ眺めながら、
「ありがとう…ほんまやっちゃんありがとな。おばあちゃん嬉しいわ~こんな嬉しいことあらへん、」
「やっちゃん1人でこれだけ嬉しいねんから、孫がもっとおればもっと嬉しかったのにな」
 くいっとやりながら、おじさん…ちょっとひゃっとする。
「ええ年頃の男があと2人もおんのにな」
 和生さんが言うと、
「おれより道隆の方が結婚は早いと思うから期待しといてくれや」
「なんでえな。勇二かって仕事軌道にのってんやろ?」
「でも道隆の方が甲斐性あるし…どや、もててるやろ?」
「まぁ自分で言うのもなんやけどさ…正直言って、もててます」
「自分ももっとモテまくっとったくせに。会社勤めやなしに企業起こすなんてお前らしいけどな。そろそろ彼女作ってもええ頃ちゃう?」
 そう和生さんに言われて、口元にだけ笑みを浮かべ、原田も乾杯もしてないのに、ビールに口をつける。
「おれは……まぁ、そんなおもんない話すなや。今日はおれの誕生日でもあるねんからさ、おれへのプレゼントは、そういう話は今後一切ナシでええわ、」
「原田、」
 横からなんとも所在なく声をかければ、また微かに笑い、テーブルの下で手を掴まれ、そっと指を組まれた。誰に見られる気遣いもない。この角度からだと。おれもぎゅっと握り返した。

はいはい。エロへの遠き道程…。ま、次にはイケルか、終わるかと思いま。なんとかちょっといい話、ほっこりする話になってきたぞ!とりあえず遅れてすみませんです。

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