こどものおもちゃ 1

「な……、」
 比佐史は自分より少し背の高い少年を顔を赤く染めて見上げながら、文句を言おうとする。しかし舌がもつれて言葉が出ない。
「…っふ、ふざけるな…!おれは、そんな男じゃない……!」
 比佐史がそう言うと、丹沢は「え」という表情で比佐史を見直す。
「エ、アレ?違うの?」
 明らかにそういう男だと思っていた丹沢の顔は妙な照れ笑い、声はやや裏返っていた。
 その答えに心外だ、と怒る比佐史は恥ずかしさで熱く汗の出そうな額を撫でて心臓を落ち着ける。
「違う」
「エー違うんだぁー……すいません、てっきりそれが、彰が掴んでる弱み、だとばっかり。だからそんな関係になったんだと……ほんとごめんなさい……じゃ、何でアイツに?」
「………」
 比佐史は俯く。言えない。言えるワケがない。自分にありがた迷惑な方向とはいえ同情してくれているこの少年に、過ちであれ、自分が先に彰を強姦したから、だなどと言いたくない。
「言えない…気持ちは嬉しいけど、おれはそんな男じゃないから、そんな変な情けはかけてくれなくて結構だ」
 立ち止まってしまっていた商店街の道。比佐史は先に歩き出し、丹沢を振り返らずに言う。
「それに……おれがどう映ってるんだか知らないが、一時の感情だけでそんな凄いこというもんじゃない。後悔するぞ」
「でも、……」
「とにかくもう言わないでくれ」
「そーですよね……気持ち悪いですよね……気の迷いとかそんなんじゃないんだけどな……」
 ポツポツと独り言のように丹沢は言う。でもそれを最後に、無言で比佐史の斜め後ろを歩いて行く。
 どうしてそんなことが言えるのか…。比佐史はその時のことを思い出しては、上手く呼吸すらできなくなりながら、背中に丹沢の気配を感じながら歩いていく。
「あ。おれこっちなんで」
 ほどなく丹沢が後ろから比佐史に声をかける。比佐史は、振り向く。
「じゃ。おれはここで…」
「ああ」

 謝りたいと殊勝に言いはすれども、全くどうしてあんなに軽くそんなことが言えるのか…暗い夜道を歩きながら、比佐史はそのときのことを思い出す。
 やはり、彼らが子供だったからだろう。単なる好奇心の冒険くらいの意味しかなかったのだろう。
 こちらの受けたダメージは、途方もなかったというのに。二度と会いたくない、思い出したくないくらいの出来事だったというのに。
 比佐史と彰が変な関係になってから半年もした頃。彰は晴れて小学校を卒業した。小学生ではなく、まだ中学生でもない不安定で、少し大人になった開放感のある春の日々。そんな春休みの初日はよく晴れた土曜日で、たまたま彰の両親は出かけており、比佐史も特に用もなく、本屋に寄って帰って来ると、朝から友達のところに遊びに行っていた彰が、帰って来ているのが玄関の靴から分かった。でも比佐史を安心させたのは、子供の靴が1人分じゃなかったこと…遊んでいた友達が、そのまま彼らの家にやってきていたようだった。そう言えば、と比佐史が耳を澄ませば、二階から子供のはしゃぐ声が聞こえる。
 なんとなく二階の自室に行くと水を差すような感じがして、比佐史は冷蔵庫からお茶を出し、リビングのソファに座って買ってきた本を読み始めた。

とっても短くて申し訳ない。

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