やりたい人

「あ、あの子。オマエのこと好きらしーぜ」
 下校の下駄箱でのこと。隣の男が指さす。その先には隣のクラスのちょっとかわいい子がこっちをはにかみながら見ていたが彰と目が合うと俯く。
 彰も俯くと、
「できなさそうな女には、興味ない」
 隣の友人は呆れ、一息つくと、
「じゃ、あいつは?同じクラスの渋谷。あいつオマエのこと好きらしーぜ」
とお尻の見えそうなスカートをはいてるちょっとハデ目の生徒の名を挙げる。
「すぐやらしてくれるような女とは、したくない」
「ちぇーもてるやつは……わがままばっか言っちゃってぇ」
 それから彰の友人、丹沢は鼻に皺を寄せると、
「なんであんなカワイイ子に興味ないわけよ。……まだ、あの…やらせてくれる人と続いてるわけ?」
と低い声で言った。
 丹沢は彰と比佐史の関係を知っていた。知るきっかけがあったからだったが。
 ああ。続いてる。「やらせてくれる人」と――
 心の中でそう復唱すると、何も言わず彰は先に立ちすたすたと歩いて行った。

 今日は比佐史は帰りが遅い。職場で歓迎会兼用の花見があるから、と昨日から断りを入れられていた。仕事の付き合いともなればそうそう「行くな」とも言えずイライラしつつも大人しく帰りを待ちわびてしまっている彰だったが、本人はそうと気付いてはいない。ただ、むしゃくしゃしている、その程度の認識だった。
 それに最近は、他にも比佐史に関してむしゃくしゃすることがある。
 彰は、さっきから無断で入っている比佐史の部屋の、雑誌の間に挟まっている一冊の情報誌を引っぱり出した。
 週間賃貸住宅情報誌。そのところどころには、上の隅が三角に折られているページがあった。折られているページを開くと、だいたいここから二駅くらい比佐史の会社に近い駅前のワンルームや1DKなどの賃貸マンションのページだった。
「………」
 彰はそれを凝視する。
 比佐史はこの家を、自分の生まれ育った家を今更出ようとしているのだろうか。
 今更……なぜ?
 勿論その理由に自分の存在があるに違いないとは彰も判っている。その証拠に、自分には部屋を探している素振りも見せない。でも、殆ど毎晩抱かれている。
 いつも、苦痛に顔を歪ませながら、…その苦痛は身体的な物ではないだろう。零れる吐息は甘く切ないし、感度もいい。スムーズに受け入れるようになった身体は奥まで到達するとぎゅうと収縮し身体は歓喜に震える。
 でも表情は苦痛を滲ませているのだ。
 「抱かせてくれる人」……それ以上でも、以下でもない、今の関係。
 もやもやとした不満を抱きながらも、彰は自分から一歩踏み込むことも出来ない。
 ガチャリ。
 そうしていると部屋にドアが開く。彰は迂闊にもぼーっとしていたので心臓が止まるかと思うほど驚き、ドアの方に振り向いた。するとそこにも、驚いて丸く目を見開いた比佐史。
「な……にしてる?」
 先に我に返った比佐史が険しい目を向け、いぶかしげに言う。頬や瞳には酒の潤みと火照りが残っていたが、表情は無断で部屋に進入している彰を責めるようにきつい。
「別に……。思ったより、早かったね」
 彰は目を伏せ、自分でも驚くほど平静な声で自然にそう言っていた。
 そういうセリフが、益々比佐史の気分を害することは分かっているのに。
「お前よくそんなセリフ平気で言えるな……、おい、人の部屋で何してる?勝手に入るな、」
 比佐史はそのまま部屋に入ると、机の前に立っている彰の横に立つ。そして目の端に彰の手がかかっている雑誌が入り一瞬ひやりと冷たいものを背筋に感じつつも、もう一度目を上げ彰を正面から睨み付けた。
「……比佐史さんさ、この家出んの?」
 しかし俯いた彰の口から出たのは、相変わらず落ち着いた口調での、その言葉。
「なんで?今更なんで家出んの?……おれの知らない、誰かと暮らすの?」
「お前には関係ない……」
 対照的に掠れた声で答える比佐史を、途端に彰はベッドへ突き飛ばし、覆い被さる。

 吐息に混ざる酒の匂いと、シャツに残っていた煙草や酒の雑多な匂い。
 そんなものに何か心の奥深いところを刺激され、今日も勢いに任せてやった。
 やってる間は思考停止状態で、夢中だけど、ふとした時に覚える飢餓感。
 「やらせてくれる人」は特に抗うこともなく彰を受け入れた。
 いつも苦渋の表情を浮かべ、堪えきれない快感に甘く息を震わせることがあっても、決して自分からは求めない。
 そんな比佐史に、彰はより一層強く抱き締めるが、抱けば抱くほど満たされず、益々飢餓感が強まる。
 不思議な感覚だった。そんな感情を彰は知らなかった。
 判っているのは、比佐史をやってもヤリ足りないくらい、やりたいこと。
 離れて暮らすなんて、許せないこと。
「………」
 もうろうとしている比佐史に、彰はそっと口づけた。鼓動が強まり、息苦しくなる。
 甘い酒の匂い。熱くとろけた口内。一度触れてしまうと、止まらなかった。今まで、何故かすることの出来なかった口付け。禁忌を破ったようで、心が乱れる。
 多分それは、純粋でない自分たちの関係に相応しくない「心」を触れあわさせることを感じさせる行為だからだろう。
 初めてのことにドキドキしていた彰だったが、思いの外比佐史からは抵抗も、何の反応はなかった。唇を離すとそのまま枕に沈みこむ。
 比佐史は、寝てしまっていた。

 家の話は、また明日。明日から、ゆっくりと嫌味を言えばいい――おれは嫌味が言いたいのか……。
 なんとなく自分の心に釈然としないものを抱え、気の重くなるような明日からのことを思い、溜息をつき彰はベッドから身を起こすと、静かに自分の部屋に戻って行った。


END

何が書きたいのか最後の辺りでは自分でもよく分からんよ……すいません(汗)てか最後で比佐史くんと丹沢くんのやりとり入れようと思ったんですが、はしょっちゃいましたあぁぁ…ではまた!
P.S.ふと気になって恥ずかしさをこらえ、「グロリオサ」をひさーしぶりに目を通してみたのですが、えらいこっちゃ、彰君が…好きって自覚あるらしいよ(汗)まあまあどうしましょう…!そのうち直すかー。直すんなら向こうだな。

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