グロリオサ

「ハイ。彰(あきら)君に」
 そう言ってスラリとした手に小さな白いポチ袋を持って差し出されたのは何年前になるのか。
 彰はふと思った。
 5才だ。自分はまだ5才のガキだった。その年から幼稚園で、ちょっとだけお兄さんになった気持ちがしてその年の正月はとても気分が高揚していたのを覚えている。
 そして、生まれて初めてのお年玉を叔父から貰った。幼稚園とお年玉。楽しくて忘れるワケがない。
 あれから10年経った。まだまだその叔父に言わせればガキと言うが、自分では充分育ったと思える。もう、あの頃見上げるばかりで、大きくて少しの恐れと憧れを持って見ていたその人は、いつも膝に抱いて可愛がってくれたその人は、長くて短い10年の経過の中で今では自分の中で逆の立場になっていた。

「彰、あんたそろそろ彼女でも出来たんじゃない?」
 家族団らんの夕食時、狭いダイニングでテーブルで自分の向かいに座っている母親の佐和子がお代わりのビーフシチューを渡しながら彰に言った。顔はニコニコ、というよりにやついてる。彰はぶっきらぼうに目も合わさず、貰った皿にすぐにスプーンを突っ込み
「いいや。なんで」
と答えた。佐和子はふふ、と含んで笑い、
「だって、今日の夕方、電話あったのよ。三好さんて子」
「……なんで?」
「さあー。分からないわ。あんたいないって言ったら、すぐ切っちゃったし」
「……あのさあ。彼女のワケないだろ?彼女だったら、家の電話なんかにかけてこねーだろ。ケータイの番号知らねぇーようなヤツ、そんなこと思うなよ」
「あらー。…そういやそんな時代よね」
「大体オレは受験だから、」
 そう言ってがつがつと食べ終わった彰は、茶を飲むと乱暴に口元を拭い、自分の右側に座って黙々と食べている自分より優に一回りは上の男を見る。
 仕事から帰ったばかりらしいきっちりとグレーのネクタイを締めた、白いシャツ姿。もう30になろうかというのに、決して細くもなよってもいないが滑らかな肌のせいか、スラリとして随分若く見える。目を伏せる睫が目を引き、染めているせいで少しだけ茶色く光る髪がサラサラと音を立てそうな。何故か同居している、母親の弟、比佐史(ひさし)。
その向かいには自分によく似た長身で骨っぽい父親がいて、彰の向かいには母親の佐和子。佐和子と比佐史は兄弟だけあって、良く似たフワッと柔らかな印象を醸していた。
 でも、そんな外見とは裏腹な比佐史を、自分は知っている。と彰は心で思う。
「でもその三好さんて子の策略かも知れないじゃん」
 佐和子は相変わらずのんきな声で、そんなことを言っている。我が息子の受験より、カノジョの在不在の方が関心が高いらしいのは、やはり女といったところか。
「どんな。イキナリ親から攻めようって?この若さでそんなヤツそれだけでお断りだよ。……比佐史さん、また、あとで勉強見てくれよ」
 彰が顔を比佐史に向け、そう言うと比佐史は少しだけビクリと身体を震わせ、
「ああ、……」
と答える。
「彰。お前もいい加減比佐史君に甘えてベッタリな性格、どうにかしないといかんぞ。比佐史君はお前と違って、仕事で疲れて帰って来たばかりなのに、」
「いえ、いいんです。お世話になってるんだし、……」
「そう気を遣ってくれるなよ」
「そーよぉそもそも私たちが転がり込んで来たんだし、」
「いえ……」
「じゃ、おれ、用意して待ってるから。……あっと、その前に久しぶりに風呂でも一緒に入る?」
 彰はそう言うと、席を立ちドアを開けて二階の自室へ上がっていった。その遠ざかる足音を聞いて、比佐史はもやもやと焦燥を感じる。

 この家、いかにもなマイホームを醸しているこの一戸建ては、もともと佐和子や比佐史の実家だった。7年前、定年を迎えた彼らの両親は、折からのブームに乗って、自給自足の田舎暮らしを父親の草深い田舎で始めると言い出した。
「ウソだろ?」
 比佐史はそう言って目を丸くした。しかし両親は穏やかに微笑み、父親の実家が空き家になるので、と落ち着いて言う。確かにそのちょっと前、田舎に残っていた祖母が死んだ。しかし比佐史は生まれてずっとこの家に住んでいたし、この家もまだローンが残っていた。
「おれは帰らないぜ、」
 その頃比佐史は大学を出てやっと社会人になったばかり、就職活動に足を棒のようにして、やっと入った会社だった。佐和子はもう結婚して出ており、親子3人で賃貸マンションに住んでいた。
 もしそんなことになればこの家を処分してローンを済ませ、自分はどこか1人暮らしをしなければならないのではないか。社会人になったばかりとはいえ、薄給で自宅から出ようと思ったこともない比佐史にはとんでもない話だった。
「家も出ない」
 そういう息子に母親は、勿論よ、と言い、でも部屋が余って困るから、佐和子達が住まわせてくれと言ってるんだけど、どう?と水を向けた。
 別にイヤもない。自分は家に居たところで、帰ってくるのは遅いし、食事と風呂以外は自室で充分。これが男兄弟で兄嫁とかだと色々近所でもやっかいな面があるかもしれないが、実の兄弟は姉。身内だからゴハンを作ってもらってもそれほど気兼ねがいらない。甥っ子の彰は昔から自分によく懐いてるし、でも大人になるにつれ疎遠になっても、別にどうってことない。
 そして、この不思議な同居が始まった。
 両親は田舎で充実した日々を送っているらしく、殆ど連絡もない。人間年を取ると、やはり田舎が恋しくなるものだよと語っていた。

「……比佐史君、でもこの家を出たいって言うのは、うんと言えないな」
 彰の出ていったダイニングで、佐和子の旦那、圭祐が言う。
「そーよ水くさい……」
「いえそんな、」
「なんでだい?やっぱりおれとか彰が居ると気を遣わせてしまうのかな…?それなら出ていくのはおれたちでないと、なんだか追い出すみたいで、」
「いいえ、ここは姉さんの実家でもあるんですし、家族がある……彰君も、懐いてくれて嬉しいくらいだし、おれは1人だし、なんか1人暮らししてみたくなったんですよ。でも姉さんたちが出ていってここで1人暮らし、っていうのはやっぱりなんだか変でしょう?おれが出ていって狭いマンションで暮らす方が、らしいでしょう?」
「でもなんで今更……もしかして彼女でも出来たの?」
 佐和子はまた、そう言うことを小首を傾げて言う。比佐史は曖昧に笑い、
「いや…別に……」
「あんたも早く、結婚しちゃえばいいのにね」
「とにかく、その話はまたゆっくりしよう、」
 圭祐が言うと、比佐史は頷き茶碗と皿を重ねて立ち上がる。
「あら、あなたも比佐史もこんな時間にいるなんて滅多にないことなのに、今日話しましょう?彰が寝静まったあとでも、」
 それを聞いて比佐史はそっと苦笑する。まずあり得ない。彰が寝静まる前に、自分が人事不省に陥るのがオチだ。
「いえ……。特に急ぐことでもないし。ただ、彰君には言わないでおいて欲しいんですけど、……」
 すると佐和子がウンウンと頷く。
「そうね~あの子、あんたにベッタリだから、そりゃショック受けるでしょうね……だからやめときゃいいのに、」
「比佐史君の身にもなってみろよ。あんな酒の相手にも出来ないガキにあそこまで懐かれて、」
「でも我が息子ながら結構大人っぽくて格好良くてバカでもないと思うけど?」
「そういうのを、親バカって言うんだろ?」
 そんな夫婦の言い合いに、比佐史はまた曖昧に笑うと、流しに食器を置き、彰と同じように二階へと足音を立てながら上がっていった。
 薄暗い二階には、部屋が2つあった。奥に比佐史の部屋と、手前に元は佐和子の部屋だった、今は彰の部屋。比佐史はひとつ溜息をつくと、手前の部屋のドアをノックした。「どうぞ」と低い、でもまだ幼さの残る声がする。
 ドアを薄く開けると、彰は椅子にあぐらをかいて座り、一応シャーペンを握り、机に向かって背を見せていた。勉強机と、スタンドの明かり。床に散乱するマンガ雑誌、比佐史はああ学生だなあと妙な感心をする。
「ちょっと着替えてくるから、」
 そう言ってドアを閉めようとすると、俊敏な猫のような動作で、寄って来ドアに足を挟まれる。ガッと音がして彰の身の手応えに比佐史は怯む。
「おい、……」
「そのままで、いいよ……風呂入るって、言ったじゃん」
「バカ。冗談じゃない。家の中でまでこんなの着てられるか……」
 するとぐいと彰が喉元に手を伸ばし、ネクタイをぐっと引き寄せる。
「気にしなくても。すぐラクなカッコさせてやるよ?……」
「何がラクだ。……風呂は断る。疲れてるから勉強見てやったら、おれは直ぐに部屋に戻って寝る」
「ああいいよ。終わればね……」
「別におれに見て貰わなくても充分出来てるくせに」
「そんなことねーよ。比佐史さんのお陰で、おれやる気モリモリ出てんだろ。……早く、来てよ」
 そう言ってぐいっと引き寄せ、彰はきつく抱き寄せ、目下の首筋に舌を這わせた。
「………、」
 比佐史の身体が彰の腕の中でびくりと跳ね、胸が上下する。その反応に更に強く抱き込み、足でドアを蹴って閉めると、そのまま彰は部屋の隅のベッドに比佐史を押し倒した。

えー。前書いたと思います、「ガキ×大人」、脳内では悶々と楽しんでいたのですが、ちょっと文章にしてみました。しかしなんつーか、私ってコメディ書きだと思っていた期間が長かったのですが、なぜかSSとかだとそういうお笑い要素が全く出てきませんね…ほんとに私なの?とか思いつつ(汗)えーとですね、タイトルには毎度の如く意味はないです。ついでに言うと、設定とかおかしくても、安直でも浅くてもごめんなさいよ!所詮エロ書きたいだけだから…ていうかこの話面白いか…?て今更思ってきちゃったよ。でも2、3回で終わるから。カンベンしてにょ。

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