グロリオサ 3

 あの時、自分は酔っぱらっていた。もうこれ以上ないくらいに落ち込んで、自棄になっていたんだ。でなければ、あんなバカなこと何故自分がしたのか分からない。
 あれは、彰がまだ小学校の6年生だったころ。まだまだ全然子供で、声変わりもまだで、自分の後ろをニコニコ無邪気についてくるような可愛さを持っていたころ。
 比佐史は眉間にしわ寄せ、その時のことを後悔と共に思い出す。
「なにボケッとしてんだよ。早く。脱ぎなよ。……こんなとこでまで、脱がせて欲しいの?」
 洗濯機、ランドリー、洗面台…そんなもので狭い脱衣所で、ボケッと突っ立ったままの比佐史に、既に全部脱ぎ捨てた彰が声をかける。
 彰が外して、はめたシャツのボタンをもう一度外そうと手を伸ばすと、無表情のまま比佐史はその手を払う。
「………」
 彰は、微かに眉を動かす。
 そして、何も言わず風呂場へ入っていった。
 比佐史は溜息をつく。肩の力を抜く。さっきの表情、くしゃっとした顔。それが、あの時の彰を思い出させた。
 もう、止めなければ…
 そう思って、また息を吐く。
 でも、脅されている。そのことが、自分を絡め取り、身動き出来なくしていた。
 2年前、結婚しようと思ってた女に振られた。2人だけでだけど、婚約もして、指輪も買っていた。なのに、
「好きな人が出来たの」
と言われたショック。その時持っていた指輪は、帰りに川へ投げ捨てた。
 ひとりで立ち飲みで閉店まで飲みまくって、どうにか終電で帰ってきて、むしゃくしゃして眠れず、1人自分の部屋で酒を飲み続けながら、エロ本とビデオで抜きまくった。シラフじゃ勃ちもしなかっただろうと今でも思う。でも酔っていた。
 だから手コキに熱中していて寝てると思ってた彰が入ってきたのも気付かなかったし、まだ丸みのある、若さで輝くような肌をしていた彰がおいしそうに見えた。
「なにしてるの?比佐史さん」
 目を丸くしてそう言った彰に、最初に思ったことは親に言われたらたまらないということ。そして何故か短絡的に口を封じるために犯してしまった。
 でもそれが間違いだった。それが性犯罪だと、小学生だって6年にもなれば分別がつく。「性」は分からなくても犯罪ということは分かったろう。すさんだ声で
「親に言うなよ。言ったらぶっとばす」
と俯せて泣いてる彰に囁いたとき、暗い嗜虐心が満たされたものだったが、その代償は高くついた。その数日後には、立場が逆転していた。
「比佐史さん、こないだ気持ち良さそうだったよね…おれにも気持ちいい思い、させてくんない?お母さんに言われたくなかったら、さ…あれって、犯罪だろ?おれが言ったら、比佐史さん警察に捕まっちゃうよね……」
 そう言ってそれまで見たこともないゾクリとするような笑みを浮かべて、彰は比佐史に迫った。
 子供。しかも男子。それも甥っ子。そんな相手をイタズラしてしまったという後悔とバレるという恐れで、比佐史は言いなりに身体を開くしかなかった。まだまだ子供のそれですら、始めての時はねじ込まれて身体が軋み、灼け付くような痛みを覚えた。
 それ以来、親にバレたら……という脅しに唯々諾々と関係を続けてきてしまっていた。
 でももう、精神的にも身体的にも限界に来ていた。自分だけではない。彰の性向や未来までもねじ曲げてしまいかねないことに畏れをなし、比佐史はいっそバレても今こんな関係にケリをつけるのが互いのためと思った。姉に詰られても、自分が悪者になればいいのだ。まさか姉でも、警察に突きだしはしないだろう……

 彰は湯船の中。仏頂面でへりにかけた腕に顎を乗せて磨りガラスの向こうの動かない人影を睨んでいた。
 比佐史は最近おかしい。いや、こんな関係になってからずっと暗く塞いではいるのだが、輪をかけて最近はおかしい。何か釈然としないものを感じる。
 でもきっと、全ての原因はこの関係と思えば、このまま続けて比佐史が内に籠もり、壊れていったとしても辞めたくない、辞められない、と彰は思う。こういうの、業っていうのかな……とか思い、年にあわないニヒルな笑みを漏らす。
 あのとき、比佐史が好きな女がいて振られたのは知っている。比佐史は男好きではない。強要されているからこんな関係を続けているだけなのだ。
 まさか自分が、彰が比佐史のことが好きだから、抱きたくて、縛り付けたくてやっているなんて思いもしないに違いない。女なんかを作るヒマがないくらい、きつく絡めて、縛り付けて。そんな彰の思いも知らず、比佐史は単なる若くて盛んな性欲の処理係として自分が存在してると思っているだろう。また、そう思わないと本当に比佐史は壊れてしまうのではないか。
 今でも充分罪悪感に潰されそうになっているのに、姉夫婦の1人息子を性的にねじ曲げてしまった、と立ち直れないくらいダメージを与えるのは目に見えている。
 きっと、自分を受け入れてもらえないことも。
 受け入れて貰えなくてもいい。このままずっと、ぎりぎりまで比佐史を抱けたら。
 でも、比佐史は変だ。それがイライラする。なにか焦りを感じる……だから最近彰の束縛は一段と強くなっていた。
 いつから好きだったんだろう。分からない。でもほんとは、されてイヤじゃなかった。痛かったけど、その時見せた比佐史の大人の表情は彰を熱くした。
 眉間を寄せて、いつも白く見える肌がほんのり上気して、うすくきれいな唇が開き…なんてキレイなんだろう、と彰は思った。艶があった。
 そしてこんな比佐史を振るなんて、なんてバカな女がいるんだろう。でもそんなバカはどうでもいい。むしろ感謝だ。もう、二度とそんなへんな虫がつかないように、絶対おれは比佐史を放さない。このまま、逃げられないように、じわじわと。
 でもその関係に軋みが出ている。いつまでも脅す振りをするのか、いっそ打ち明けてしまったほうがいいのか。
 彰の心も激しく揺れていた。
 



END

えっ、これで終わり?とびっくりするくらい中途半端ですが、ひとまず終了させていただきます(汗)一応切りがいいでしょ。謎は解けたでしょ(笑)この先を書くべきかなぁと思ったけど、そうすっとどこまで書くべきなのか、なんかやたらと長くなるんじゃないか、というわけで…。先も読めるっしょ?でわでわ。しかし新しい設定、新しいキャラの出し方ってむつかしい…(汗

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