バタン。
ドアが乱暴に開けられる気配がした。
「あれ?おまえ髪は?」
部屋の中にいた日向は缶コーヒーをもったまま、振り返って不思議そうに尋ねる。
勢い良くドアを開けた人物--若島津は、固くつぐんだ口と、瞳の奥にちらりと燃える色を日向に一瞬向けると、スタスタと部屋に入り、自分のベッドにダイブした。スプリングが音を立ててきしむ。
「…………」
「なんだまた切れなかったのか?もうあきらめろ。似合ってるからいいじゃないか」
若島津は顔を上げようともしない。そんな彼を見ながら日向は軽く笑って言う。
「たかが髪型くらいでよ…」
「たかがじゃないっ!」
つっぷしたまま、若島津が怒鳴る。
「ちくしょ~~おれだってサワヤカ・ヘアーで普通の男子になりてぇ~~っ。若島津くんサワヤカ~~!って言われてぇー。悪目立ちはもういやなんだ~~!!!」
「そんなこといったって、お前。お前の髪の毛切れんのはおばさんだけなんだろ?」
それも肩下まで。それ以上は不可能。
若島津は今日の日曜日の昼下がり、意を決して理容室に出かけて行った。
彼が髪を長く伸ばしているのは、趣味でもなんでもない。切りたくても切れないからだ。
本当はいい加減伸びすぎた髪にうんざりしていた。彼は髪を切られるのが苦手だった。
別に首を切られる訳ではないと分かっていても、首筋に感じる髪の切られる感覚とか、耳朶に響くハサミやかみそりの刃物音や、ときおり触れてしまう金属のひややかさが、背筋を貫き、いてもたってもいられなくなる。ぴくりと身体が反応してしまい、表情にも出るのが自分でも分かってる。
そんな恥ずかしい姿、晒せない。散髪タイムは地獄の責め苦に他ならない。
それも右側はたいしたことないのだが、左側が過敏に過ぎた。
彼はいつしか自分の前世が首をかかれた武士ではないかと思うようになっていた。
それでも幼年期は母親がむずかる息子を連れて馴染みの散髪屋へ連れていっていたのだが、空手を習い始めてどれほどかした頃、うっかり店のオヤジを一撃で倒してしまってから、彼の母親は自分の家で、自分が切ってやることにしていた。
そのときも大変だった。いつも大変だった。
まず風呂敷を首に巻く段からぞくぞくする地獄の始まり。 いつも他の子みたく短髪にしたいと頼みながらも、母親が髪を梳き、ハサミを持ち、首筋で髪を一房取られるだけで降参する。
結局肩すれすれが彼の我慢の限界だった。それすらも、「ちょっと待って、」とぞくぞくする背筋を抑えながら、何度も中断しながら切り終える。
粗方切り終わると、きれいに整えようとする母親に、「これでいい」と勝手に風呂敷を取ってしまうので、必然彼の髪型はいつもガタガタのザンバラだったわけである。
小学校を出て、寮生になった今(中学2年)、勿論帰省の度に母親に切ってもらっていたが、妙な確執もあってなかなか家にも帰れず、かと言ってそんなやっかいな自分に合わせてくれる床屋があるわけもなく(探そうという気力もなかったが。恥ずかしいので)、若島津の髪は小学校時代と比べるべくもなく長く伸びるようになった。
なまじ顔がきれい目だったので、彼は際だって目立った。
余談だが、本物のホモは日向に惚れ、いわゆるノンケ野郎が「若島津なら抱いてもいい!」とぬかして二人は閉口していた。
若島津がサッカーを志したのにも、この髪が多少は影響しているかも知れない。
まだサッカーを始める前、格闘技でないサワヤカスポーツ(彼は意外やサワヤカに憧れていた)を求め、もっともメジャー・スポーツである野球を志した。空手で鍛えた反射神経と動体視力で、イチローも真っ青のミート力と選球眼を持ち、長打力も備えていた。ピッチャーはさせてもらえなかったが(やってた期間が短かすぎ)、どの守備位置でも超ファインプレーを連発し、リトルリーグの監督を喜ばせた。
しかしその監督が、期待の余り、
「若島津!お前なら甲子園も夢じゃないぞ、絶対行ける!」
と言ったとき、若島津の脳裏をよぎったのは、うだるような大観衆の甲子園の晴れ舞台ではなく、おのがうなじに当てられるバリカンの姿だった。
次の日、若島津は野球をやめた。
それから紆余曲折あって当時マイナースポーツだったサッカーに傾倒するようになるのだが、それはまた別の話。
若島津はいつまでも顔を上げない。
今日こそは多少のことは我慢してでもきりっとした短髪(反町くらい)にしてやる、と意気込んでで出ていっただけに、ショックが大きいのだろう。
「……おれ、一生このまんま、かな」
はーっと溜息が聞こえる。
「それもいいんじゃねえ?マジ、お前似合ってっし。おれも好きだぜ。その髪」
むさい男所帯、同室で、後ろ姿だけでも女の象徴ロングヘアーが拝めると心が和む。日向はそう思っていた。
「………」
若島津の頬にさっと朱が走る。
「でも、おれ、マジイヤなんだ。こんなことで目立ちたくないのに、色々あることないこと言われて。気にしないフリすんのももう疲れた。(切られるのが苦手というのは、なんだか恥ずかしいことと本能が教えて言わない)」
また溜息が漏れる。
日向は本気で切って欲しくないと思っていたが、そんな若島津の気持ちもよく分かる。
「まぁ、いつか切れるさ」
「いつっていつさ」
「いつか」
「慰めにもならねえ~」
「じゃあおれが切ってやろうか?」
え、と若島津の頭が動く。日向は
(こいつ、さすがに自分で切ろうとは思わないんだな。意外とかっこつけ…いや、昔っからかっこつけ激しいガキだったか)
などと思っていると、
「……いや、いいや。ほんと大変だから。多分引く。あんた殴りたくないし」
「おふくろさんは殴らないんだろ?」
「もう加減を掴んでるからな。それにあんたみたいなセンスないのに切られて表歩けなくなりたくない」
「悪かったな!…勝手にしろ、」
つきあいきれん、といった調子で日向が自分の椅子に座ると、若島津もベッドの縁に座り直した。
ちらりと日向を見上げると、すぐに目を泳がせ、
「やっぱちょっと試してみようかな?」
と誰にともなく言う。髪に関しては最高に煮詰まってるらしいことが伺えるアクションと言葉である。
日向はいつもからかわれ主導権を握られる立場が逆転する予感に、ちょっと心の高揚を覚えつつ、表面上はあくまで優しく、素っ気なく、
「そっか、じゃ、ちょっと待て」
と櫛と筆立ての中の工作用ハサミを引っぱり出しながら言う。
(さぁてどういう風に嫌がらせしながら切ってやろうかな~。いきなり首筋か、やっぱ。五分くらいまで刈り込んでやろうかな。まことちゃんカットがいいかなぁ。なんだかワクワクしてきたぞ。)
机の端に立て鏡(若島津のもの)を置き、それが見えるベッドの端に若島津を座らせると、喜色にはやる内面を押し隠し仏頂面で日向が後に陣取る。
肩にバスタオルをかけ、がしがしと櫛けずると、
「こんなのはなぁ、一気にがーっと、ざくざくと切っちまえばなんてこたぁないんだよ。理容院とかは丁寧にやるから気色わりぃんだ」
と、いきなり弱い左側の髪を一房すくう。うつむいた若島津がびくりと反応する。
(――我慢、がまんだ…。そうだ、ざくざく切ってくれりゃすぐ済むんだ。…でも、早くも背筋とケツがこそばゆい…気持ち悪い…)
「いくぞ」
そう宣言すると、若島津の心の準備もまたずに、いきなり一房切り落とした。
ばさり。
いつもの慣れない感覚が毛先から頭皮に至り、全身を一気に貫く。
「あ…っ、」
かすかに声を上げ、あごが上向く。背筋が硬直し、しなる。
それはまさに…
「!!」
日向はその反応と、鏡に映った悩ましげな若島津の表情に一瞬にして打たれ、あるところに感じてしまった。
若島津もいきなりやらかした自分の恥ずかしい反応にパニックになり、とりあえず、
「あっ、やっぱいいです、もう終わり、」
とうつむき背後の日向を押しやる。
「あ、ああ、…」
日向はそう言ってしばらくじっとしていたが、
「ちょっと、」
と後も見ず部屋を飛び出す。
そのまま走ってトイレの個室に直行すると、たかぶるそれを…頭を離れないさっきの表情が浮かぶなか、抜いた。
それでも興奮は収まらず、続けて2回。もの凄く感じてしまった。いい×××ーだった。
(親友で抜くのかよ、おれよ。でもこの後ろめたい感じが最高にクルんだよな~…喪服未亡人とか、女教師みたいなもんかな。当分のオカズはこれになりそう)
一通り落ち着きカラカラとトイレットペーパーを引っぱり出しながら、ゆるく息継ぎ考える。
(……ちょっと気まずいかな。あいつだって男だからおれが何しに出てったかくらい分かるだろ。でも別にあいつが好きなわけじゃ、やりたいわけじゃなし、ちょっと反応しちまっただけだし、どうッてこたないよな。……でも、切るんじゃなかったなあ…)
思い出してまた身体が熱くなる。
それでもすっきりした顔で部屋のドアを開けると、ぼすっと顔に枕が直撃した。
「ヘンタイ!」
若島津が顔を真っ赤にして立ちふさがっている。
「あんたは…あんたは、おれで…おれを…」
(やっぱりばれてる…)
日向は内心やべえぇと思いつつ、ここで逃げたら寝床がなくなる。勤めてなんでもないようにほほえみながら、
「しょうがねえだろ、事故だよ、事故!お前も男なら分かるだろ?」
「きぇぇぇぇぇ!!!!」
次の瞬間日向は自分のベッドでおねんねしていた。
若林に、にやにや笑いかけられながら、
「そりゃ、お前性感帯だよ♪」
と言われてやはり瞬殺するのももう少しあとの話。
ちなみに反町はその事実に気が付いていたがコワイので知らんぷりしていたし、日向は下らない風説「男に性感帯はない」というのを信じ切っていたという。
END
なんかキャラ崩壊しててすんませw
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